民法
権利能力平等の原則
自然人と法人
生身の人間である自然人には、権利能力が自動的に認められる
れに対し、人の集まりや財産の集まりに法人格が付与されれば(法人)、自然人と同じように法の世界のアクターとして活動できる
→自然人以外の存在に対して権利能力を与えるかどうかは立法者が判断すべき事項
仮に将来、人工知能やロボット技術が発達してロボットにも人格を与えるべきと将来の立法者が判断すれば、ロボットにも法の世界のアクターとしての資格が認められるやも
cf. 弥永真生・宍戸常寿 編『ロボット・AIと法』(有斐閣、2018)
しかし、自然人に権利能力が与えられるという考え方は、近代市民法原理や近代立憲主義に根ざすものなので、立法者がこれを自由に変更することは許されない
出生と権利能力の開始
民法 3 条 1 項の規定によれば、自然人の権利能力は出生に始まる
ここでいう出生とは、身体が母体から全部露出した時点と考えられている(全部露出説)
この原則に従うと、胎児には権利能力がないことになる
しかし、胎児の父親が胎児の出生前に死亡した場合、このままでは胎児が出生しても相続人になることができず、また、父親が交通事故等の不法行為(民法 709 条)によって死亡した場合の損害賠償請求もできないことになる
⇒このような場合について、民法は特別の規定を定めた
出生と相続
「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす」(民法 886 条 1 項)
「みなす」は「推定する」と異なり、当事者間で合意がなされたり、反証のための主張が行われたりしても、「みなす」規定と異なる判断を許さない意味
胎児の父親が死亡した時点で胎児が事実として生まれていたか否かにかかわらず、その時点で胎児は生まれていたと扱われ、相続人となることができる
ただし、同条 2 項は「前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない」と規定しているので、具体的な相続の手続は胎児の出生以降
出生と不法行為
「胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす」(民法 721 条)
不法行為については民法 866 条 2 項に相当する明文の規定はないが、出生しなければ権利能力を獲得できないので、結論としては相続の場合と同じになる
胎児に代わって母親は損害賠償請求できるのか?
解除条件説:胎児の時点で権利能力があることを前提に、死体で生まれた場合には過去に遡って母親の権利能力がなくなると説明する立場
停止条件説:胎児の時点では権利能力がないことを前提に、生きて出生した場合に過去に遡って母親の権利能力があったことにすると考える立場
解除条件説をとると、胎児の時点で胎児に権利能力があることになるので、胎児に代わって母親が損害賠償請求することができるが、判例は停止条件説をとっている
死亡と権利能力の終了
自然人が死亡したとき、権利能力は消滅する
このことを明文で規定した条文はないし(ただし、民法 882 条「相続は、死亡によって開始する」)、どのような条件が満たされた場合に死亡と判断されるのかについても民法上の規定はない
臓器の移植に関する法律では、脳死した(「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された」〔同法 6 条 2 項〕)者の身体からの臓器の摘出を一定の条件を満たした場合に認めている
しかし、この規定は脳死を一律に人の死とする趣旨で置かれたものではないと理解されており、脳死によって権利能力が消滅するとは一概にはいえない
死亡に関する民法の特別の規定
生死がはっきりしない場合、民法は失踪宣告によって権利能力を終了させる制度を置いている(30~32条)
戦争や事故等(条文上は「危難」)で死体が確認できない場合、それから 1 年間生死不明の状態が続くと、利害関係人の請求があれば家庭裁判所が失踪宣告を行い、権利能力を危難が去った時点で終了させる(特別失踪)
また危難がなくても、生死不明が 7 年間継続すると、同じ手続で失踪宣告ができる(普通失踪)
家族の複数人が死亡した場合、その順番によって相続の方法が変わってくることから、複数人の死亡の順番がはっきりしないときには、これらの者が同時に死亡したと「推定する」規定が置かれている(民法 32条の 2)
同時死亡の推定の規定が使われると、死亡した者それぞれについて相続を考えることになる
この規定は「推定する」であって「みなす」ではないから、推定に不満がある場合に反証を行うことができれば、推定を破ることができる
死亡と相続
自然人が死亡した場合、その自然人が持っていた財産は相続法(民法第 5 編)の定めるところにより相続される
相続という制度の存在理由については、被相続人によって生活が支えられていた遺族の今後の生活を保障するという考え方と、被相続人の意思を重視するという考え方が有力である
相続法の内容は、民法が定めたルールに従って相続される法定相続と、被相続人の遺言(いごん)に原則として従って財産が処理される遺言相続に大別される
相続のルール
法定相続については、相続人となり得る資格を民法が定めており、配偶者は常に相続人となるほか(民法890 条)、被相続人に子がいなければ直系尊属・兄弟姉妹が相続人となる(民法 889 条)
ただし、以下の場合には相続人とならない
① 被相続人を故意に殺害した等相続人が欠格事由に該当した場合(民法 891 条)
② 被相続人との人的信頼関係を破壊した将来相続人となるべき推定相続人を被相続人の意思で除外する相続人の廃止がなされた場合(民法 892・893 条)
相続人が死亡すると、そもそも相続の対象にならない被相続人の一身専属権(慰謝料請求権、生活保護受給権等)以外の財産に属した一切の権利義務が相続人に承継される(民法 896 条)
複数の相続人がいれば、相続財産はこれらの相続人間で一旦共有され(民法 898 条)、最終的には遺産分割(民法 909 条)を経て財産の帰属が決まる
相続の対象は不動産・預貯金といったプラスの資産(積極財産)だけでなく、借金等のマイナスの資産(消極財産)も含まれている
相続人には3か月間の熟慮期間の間に、以下のいずれかを選択することができる(民法 915 条)
(ア) 相続を無条件に承認するか(単純承認)
(イ) 積極財産の範囲内で消極財産に対する支払いを行うことを条件に承認するか(限定承認)
(ウ) 相続を放棄する
このようにして確定された相続人の間で、相続の分割がなされる
遺言がない場合、法定相続となり、民法 900 条に定められる割合で相続が決まる
遺贈
戦後の相続法の通説は私的自治の原則から派生するとされる遺言自由の原則を重視し、法定相続はそのような遺言がない場合に使われる補充的な制度であると考えられていた
民法は遺言の方式や内容を詳細に定めており、包括遺贈(全財産に対する比率による特定)と特定遺贈(遺贈する財産を特定)の形式で財産の全部または一部を処分できる(民法 964 条)
しかしこれを無制限に認めると、法定相続が予定していた相続人の生活利益の保護が図られなくなる
兄弟姉妹以外の相続人に相続財産を留保する遺留分(民法 1042 条~1049 条)
2018 民法改正で、被相続人の親族が被相続人に対して無償で療養監護等を行っていた場合、その特別な寄与に応じた金銭の支払いを相続人に対して要求できることになった(民法 1050 条)
行為能力
1. 成年後見制度
意思と義務・責任
法の世界では、契約によって発生した義務に拘束されたり、不法行為によって相手方に与えた損害を賠償する責任が生じたり、犯罪となる行為をしたことで刑事責任が生じたりする
こうした義務・責任は、権利能力のある者に帰属しうる
しかし、それが判断能力のない状態でなされたものであったとしても、なお義務や責任を負うことになるのだろうか?
法の世界では、本人にとって負担や不利益になる義務・責任が本人に帰属する理由づけとして、本人の意思という要素を重視
本人が十分な判断力を持たない場合(その行為を行った時にだけ十分な判断力がなかった場合も含む)、義務や権利を帰属させないことになる
この考え方が民法上表れているのが、意思能力及び行為能力
成人がこのような能力を欠く場合に用いられるのが成年後見制度
未成年者と親権
未成年者
18 歳に満たない未成年者(民法 4 条)は、定型的に行為能力が不十分と考えられる
法律行為の際に法定代理人の同意を得なければならない(民法 5 条 1 項)
ここでいう「法定代理人」とは親権者のことで(民法 818 条 1 項)、親権者がいない場合には未成年後見人が家庭裁判所によって選出される(838 条~841 条)
親権者等が代理人として、本人である未成年者に代わって契約することもできるし、同意を与えないまま本人が結んだ契約を取り消すこともできる(民法 5 条 2 項)
取り消されると、過去に遡って契約がなかったことになる
他方で、「法定代理人が目的を定めて処分を許した財産」については親権者等の同意を得ることなく未成年者が有効に契約を締結できる(e.g. お小遣いの範囲での子自身の買い物、親権者のお遣い)
ただし、営業の許可を受けた未成年者(民法 6 条)は成年者と同一の行為能力があると扱われる
親権
親権:財産管理(民法 824 条)+身上監護
民法では扶養義務、居住指定権、職業許可権が明文で定められているが、身上監護の内容はこれに尽きない
身上監護の際には「子の利益」を最優先(民法 766 条・820 条)
親権の行使は父母が婚姻していれば共同してなされ(共同親権)(民法 818 条 3 項)、離婚後はどちらか一方が行使する(単独親権)(民法 819 条 2 項)
代理の基本的考え方
代理:本人に代わって別の人が契約の締結等の法律行為を行い、その効果(契約に基づく権利義務関係)を本人に帰属させる制度
行為能力が認められない場合にも対応する制度
契約の行為者と帰属者を分けることで行為能力が不十分な人も契約を締結できるようになり、法の世界に包摂される
代理が用いられると、本人・相手方に加えて、代理人が現れる
本人に代理人に対して本人が代理する権限(代理権)を与えていなかったら契約はどうなるのか、代理人が本人の利益を図らない取引をしたらどうなるのか、といった二当事者関係では考える必要がなかった法的問題が登場する
法定代理と任意代理
代理を使う場面は大きく分けると、①代理を使うことで有効な法律行為ができるようになる場面(e.g. 行為能力)と、②行為能力を持つ本人が必要に応じてその意思による代理人に何らかの法律行為を頼む場面
①の場合、法律の規定で代理権が発生することから、法定代理と呼ぶ
②の場合、本人が代理権を授与することで代理権が発生することから、任意代理と呼ぶ
契約の成立
法律行為
契約
参考文献
道垣内弘人『民法入門〔第 3 版〕』(日本経済出版社、2019)
大村敦志『新基本民法 5〔第 2 版〕』(有斐閣、2020)
内田貴『制度的契約論』(羽鳥書店、2010)