情報を溜める系サービスは10000件で限界を迎える?
デライト.icon
下のリンクを開いてみましたが、バズっている感じではなかったw(いいね/RTが100未満)基素.icon
1万ページを軽く超えるScrapboxプロジェクトをたくさん利用してますが「限界」なんて感じたことはありません。いい加減なことを言わないで欲しいものです。 「情報を溜める系サービスが10000件で限界を迎える」という話題に関して、それがなぜどういう条件で起こるのかという話を書いた。一晩寝かせて明日Scrapboxにまとめよう。 この後、デライト(@Dlt_jp)さんが、説明してくれていますが、私にはよくわかりませんでした suto3.icon 後で読んでみようかなtakker.icon
ちょっとよんだ
ただ根拠は全然わからなかった
もう少し精読してみたいが、いま23:59までの課題をやっている最中なのを思い出したのでそっちを先にやるあほやんtakker.icon
Twitterのスレッドで長文を投稿するのは読みにくいし全体像を把握しにくいな...MISONLN41.icon
情報発信のtoolとして強力なのは現状twitterしかありませんし、こればっかりはどうしようもないですねtakker.icon 自サイトに本文を載せてそちらに誘導する方法もありますが、興味のない人はリンクを踏まないので効果が落ちます(落ちるはず)
Twitterのリンクは基本踏まれないですね。内容にもよりますがCTR5%もあったらかなりいいんじゃないでしょうか基素.icon
話題にしているところが他にもあった
/taskmanagement/玄武.iconこれはなかなか使い所・とっかかりが難しいというのが第一印象です。
Twitterがメモ帳代わり人「そのままTwitterでいいじゃん」ということになりそうに思えました。
そうするとデライトのライバルは、Notion、Roam ResearchやScrapboxではなく、Twitterなのかもしれません。
こんなことになっていたのかwtakker.icon
バズりはともかく、デライトの作者さんがどうして10000ページが限界だと推論したのかは純粋に気になる 単なる誤推論なら訂正してくれればそれでいいし、盲点と突いた推論なら深く考察しがいがある
単純な嘘でしょう 増井俊之.icon
数万ページで運用してる例が有ることを知らずにdisろうとしただけなんじゃないですか
だからその後議論も訂正もありませんよね
あらゆるScrapboxプロジェクトが数千ページmaxなときこれを言われたら、「そうかな?」と信じた人がいたかもしれませんけどね
卑怯千万だと思います
あーでもこれ、Scrapboxに限らず一般的ノート系serviceをまとめてこう言っているのか
Scrapboxって「一般的な」からはかけ離れてると思う
いろんな視点からの意見がありそう
たまたま関連するものを列挙していたったら本題だからそれたものを含んじゃったパターンとか?
個人知識管理サービスの例としてあげただけど「Scrapboxが1万ページで限界に達する」と書かれているわけじゃないみたいな解釈はできそう(それはそれで誤解を招くのでよくない) デライトが輪郭構造というScrapboxと比べても遥かに特殊な仕組みを使ってるから、他が同じように見えてしまうのかも 軽い説明は読んだけど輪郭構造がどういう問題に対処するのかいまいちよくわかってないが
やってましたね。
本当に単なる階層構造なら分類の問題がそのまま引き継がれるような気もする とてつもない情報量を階層構造で扱って問題がでないのかはちょっと興味があるが
分類したいこともあるけど、Scrapboxの教えに従ってなるべく分類をやめてる それでも小さな集合はタグによる分類をしがちなのでやめたい
ページが増え続けるような場合はスケールしなさそうなので
もしかしたら輪郭構造はこの問題をうまく解決しているのかもしれない?
Scrapbox「に関しては」、限界には近づかないという意見
Roam Research usersからもありそう
Scrapboxとデライトのページが同じ単位、同じ性質を持っているとは思えないので並べて議論するものではないと思う
Scrapboxは話題、スレッドのような単位なのに対してデライトはツイートや断片のような単位に見える
後はScrapboxはユーザーにある程度明示的に管理させるけど、デライトはさせない方向性になってるとか?
Scrapboxの場合走り書きを雑に書いたとしても情報として活かすためには編集するしかない
作者さんは次回スレッドで説明してくれるらしいし、それ待ちかな
てかこういう議論こそScrapbox向きだよなあ
これの結果どこぉ。。。普通に気になる
単純に、多すぎると動作が重くなる的な話なのかなと思ってしまった。
コンピューターをなめすぎている?
その視点もあったか
よそのツールのことはよくわりませんが、Scrapboxの限界を知りたいのなら、クラークの三法則の第二法則に沿って、限界まで突き進んだらいいと思いますsuto3.icon ↓ でっかい塊になっているから BG をつけてみようSummer498.icon
bg.icon
これに関しては,言葉選びに大きな問題があったなと振り返ってみて思う hiro.icon
「1万ページあたりで限界に近付く」という表現は,「10000ページの壁」というより「10000ページのぬかるみ」を意図したものだった 要は,どんなツールだろうとそのくらいになると管理上の煩雑さに足を取られるようになってくるという話
当時は倉下さんですら Scrapbox ページが3200くらいという時代
当時の私はデライトで250万以上のページ(輪郭)を平気で扱っていた その後,Cosense 上でもページ数の多さに由来する問題は色々語られるようになっている
予測としては一定の妥当性があったと思う
数字が意味を持ち過ぎないようにあえてどうとでも取れる曖昧さを持たせていた
紙にすらそんな限界はないので使える使えないの話ではないのは自明だろうと思っていた
Evernote ですら10万ノートというシステム上限があったので,その意味ではむしろ紙の方が限界がなかったかもしれない
デライトは,人間が頭に思い浮かべられるあらゆる物事を一対一でページ化できるように設計されている
一人の人間が生涯そのようなツールを使うとしたら数万ページで済むわけはない
当然,数十万,数百万……という数を想定する必要があるだろう
そんなデライトを知るデライト開発者としての「他のツールで1万ページ以上の知識管理をする気にはなれないよね」という感覚をそのまま無邪気に表現してしまったのが件のツイート
ツールに限界を感じるかどうか,あるいはその限界をどう感じるかはそのツールに何を求めているかによる
例えば Evernote にノートを放り込むだけで満足している人はどこまで行っても壁もぬかるみも感じないだろう
放り込んだノートをどう活かしたいかを考えた時に「限界」を感じるようになってくることがある
この視点が欠けていたのが最大の問題だった
その上で,あえて当時の私が感じていた「限界」を知りたいのであれば,デライトを使ってみるのが一番の近道
多少の観察眼があれば,Cosense を含めた巷の知識管理ツールとは桁違いのページ数を容易に扱える設計になっていることがすぐに分かるだろう
実際に Cosense などから来たデライトユーザーはデライトで1万ページを突破する早さに驚いている
この議論に関しては,全体として当初の「限界否定論」から「限界許容論」に移行していった印象がある
デライトのようにページを無数に作れることは Cosense の価値でも目的でもないという論調が次第に増えていった
今の私はこれと同意見
デライトは個人向け知識管理の究極解であり Cosense は組織向け知識管理の究極解
競合どころか積極的に併用していくべきもの
というわけで私はやってきた
そして Cosense のデライトには決して真似できない体験に感動している
だからデライトの Cosense には決して真似できない体験も知ってほしい
そもそも限界があって何が問題なのか
むしろ,ウィキってその限界の中で情報の質を保っている部分があるよね 記事が粗製濫造される Wikipedia は読みたくないでしょ
何より Cosense コミュニティの寛容さと知的多様性に敬意と感謝の念を抱いている
最大の権威である増井さんに必ずしも同調しない意見がこれほど見られるとは思わなかった
その増井さんも,あれだけ激昂していながら決してデライトを貶さなかった
Cosense を守りたい一心だったのだろうと思う
当時の非礼を心から詫びたい
ちなみに,ここまで私が沈黙を保っていたのにもいくつか理由がある
そもそもデライト開発者としてデライト開発を放って議論に興じているわけにはいかなかった
デライトを使ってみれば分かる,というにはデライトの実装もお粗末過ぎた
この界隈のインフルエンサー達ですら数千ページくらいが普通という時代に共有できる問題意識ではなかった
いずれ時間が証明する問題でもあり,私自身はそれに何の不安も感じていなかった
当時,Twitter 上のデライト公式アカウントでは騒動に関する長々とした分かりにくいツイートを意図的に放っていた
これは人払いとデライトのコアな話がどこまで通じるかの実験を兼ねたものだった
当時のデライトは安定性的にも性能的にも野次馬に耐えられるものではなかった
より強い関心度,高い理解度を持った人だけが来てくれればいいという狙いがあった
要はスクリーニング
これも結果的にはそこそこ成功してしまった
このことや,デライトの独自概念の多さ,デライト上で独自の翻訳語をあえて多用していることなどから「極めて分かりにくい言葉遣いをする人」という印象を持たれているという自覚はある
実は普通に話せる人なのであまり怖がらないでほしい
傍から見ていてなんか分かりにくいこと書いているなと思ったら,それはだいたい意図的なものか少なくとも自覚的なものだと思っておけば間違いない
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