2026/03/29―atohs
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他のページに切り出すことを前提で書き始めたら、いつもより雑多に長めに書くことができて良かった 昨日、酔った頭で「頭脳労働に従事してえ〜」と思ったが、頭脳労働とは一体なんなのか 計算手とか、設計屋とかSummer498.icon
特に計算手は知的生産をしていると表現するより頭脳労働にふさわしい
事務方の書類仕事も頭脳労働(生産は似合わない)
官僚は頭脳労働の精鋭なのかもしれない。
なるほど、何をすれば「労働」ではあるが「生産」したことにはならないのか、というのを考えるの面白そうですねatohs.icon
自分のやってる機械設計は頭脳労働なのか知的生産なのかどっちなのやらHiro Aki.icon
機械を生産するためには量産用のあれこれが必要で、その前段階である完成品に対する製図は生産とは離れた成果物だから知的生産というには少し違うきがする
ちなみにSummer498.icon
物理的な成果物には拘っていません
寧ろ物理的な成果物であっても同じようなものをひたすら量産し続ける作業は生産よりも労働といった感じがします。
多分オリジナリティが鍵かな
確立されたやり方が存在して、そのやり方に従えば誰でもできるようなものは労働
特定個人の中で確立されたやり方が存在して、そのやり方に従えばその人ができるようなものも、労働
職人が作る、名工〇〇にしか作れない皿
特定個人の中でやり方を確立してそれを他人にも伝授すると、生産
知的生産というと、今まで誰も思いつかなかったようなことを、思いつき保存しておく行為
他の人にも再現できるようにする部分は作業感がある。
Summer498.iconのイメージだと知的生産だけでは生活の足しにならない
自分の生活の足しになる知識は生み出されていても自分の中にとどめておけばいい
他人が再利用可能な形で保存する(紙に書くとか、ドキュメントファイルに書くとか)
単に書くだけだと他の人から見た時に読み取れない / 解釈により情報が歪む
ただし、本質的には役に立つが表現が分かりづらいせいで他の人が確立した解釈を生み出すのに努力せねばならないような知的生産の場合は、学者の雇用を生み出してありがたがられることも。
同じページで日記を書いているから他の人の日記も見るんだなあという気持ちにやはりなってきていて、個人的にはやはりこの共同日記という仕組みが好き
個人の日記は、個人のプロジェクトでやっても良いのではという気持ちがある(あくまでも個人的には)
同じページで書かなくても、リンクが他の人の思考と繋がっていくのはかなり面白い
たまに個別ページの日記を開いたりもするので、これはこれで良い
早めにページを分割すると、他の人からのコメントを誘発しにくくなる恐れがあるので、1日の終わりとか次の日の始めとかに分割しようかな(作戦)
昨日、「引津小学校」という単語を見て、すぐに「ひきつしょうがっこう」と読めたのだが、何故だったのだろうと思っている
連想したもの → 大津(おおづ)
おおつ(滋賀県庁所在地)かと思ったが、おおづ(熊本)もあったSummer498.icon
そうなんですよ、僕は熊本に住んでいるのでそちらの方が身近で……atohs.icon
そうなんですか、僕は滋賀に住んでいたのでそちらの方が身近で……Summer498.icon
この流れ、芸術的
「強請る」は「ゆする」とも「ねだる」とも読むっぽい