ページ作成の心理的障壁
Cosenseにおけるページ作成における心理的障壁について考えているhiro.icon
「宇宙」のページが作られていなかったのでちょっとびっくりした
井戸端民はなぜ宇宙のページを作らなかったのかzatsma.icon
一ヶ月ちょっと井戸端で活動してみて、やはりデライトとは明確な差があるなと
これ、共同プロジェクトならではの「遠慮」なのかなと思っていたが、個人プロジェクトを覗いても傾向としては似たようなもの
「ページを自由に作れる」という感覚を知らない?
ノイズになるという理由で抑制されているのだとしたら、それこそ10000ページのぬかるみがあるということになる
技術的な限界というより心理的・文化的な限界で
/staがまだ公開されていたら、ページを自由に作ってる事例としてよさそうだと思ったtakker.iconkana.icon
/sta/コアガズムみたいなページも書いてたsta.icon
https://gyazo.com/012cbf7e40bea1afd08ebf550baab0d1
N10K騒動とかポツポツ描出とかつなげながらまとめる(つなまと)とかと絡めて面白い考察ができそう
ページ間は非階層構造だけどページ内は階層構造
そもそもウィキとアウトライナーが併存していることから分かるように、人間の認知機能にはネットワーク性も階層性もある
それぞれ独立した機能を提供するか
統合してしまうか
硬く(システム的で)疎な統合志向の先駆としてRoam Researchがあった
Cosenseはネットワーク志向でありながら結果的(文化的)に似た構造になっているのが面白い
柔らかく(文化的で)疎な統合
Cosenseの「ネットワーク」は、事実上、ノード内にこもった階層構造という大きなサブネットワークを持っている
言うなれば「まとめてからつなげる」(まとつな)か?
知識のネットワークが思考過程に反映されにくい
結果として、ネットワーク全体の精細度は下がってしまっている
ネットワークの精細度ってなんだろtakker.icon
曖昧な評価語に見える
ネットワーク構造が知識をどれだけ詳細に反映しているかhiro.icon
よくポリゴン数をイメージしている
ただ、精細度が高ければ良いというものでもない
どうでもいいところで精細度を上げるのは要領が悪い
初期のFF14で、どうでもいいオブジェクトを作り込み過ぎてゲーム体験が悪かったという話を思い出す
ページ間は非階層構造だけどページ内は階層構造takker.icon
デライトの場合、ネットワーク構造と階層構造を統合してしまうことでネットワーク全体の精細度を上げている
これが「つなげながらまとめる」(つなまと)
知識ネットワークと思考の相互作用を密にする
Cosenseの箇条書きの一項目をページ(輪郭)として扱えるようなもの
「立体アウトライナー」たるゆえん
バレットネットワークとも言えるかもしれない
ただ、これはこれでしんどさもある
文脈からの自由度が高過ぎて、例えば造語や新概念は造りやすいが、それを分かりやすく説明(シリアライズ)するのは苦手
汎用的な思考の部品を作るのは得意だけど特定の目的のために組み立てるのは苦手というかやたら時間がかかる
ここは「ページ間は非階層構造だけどページ内は階層構造」がむしろ有利な点
このページの、この箇条書きの、この項目、というのは説明の流れとして把握しやすい
私がCosenseを言語化の場として有用視している理由
デライトでアイデアを練り、Cosenseで解説していくのは結構無敵感がある
これが要するにページの作られやすさ=ページ量の多さにつながっている
「価値あるページを作らなければならない」という固定観念があるのかもしれない
ネットワーク思考というのは、点を増やすことに意味がある
一見内容の乏しいページに見えても、それが新しいつながりを生む契機になる
というかそれが面白いページになるかどうかは作ってみなければ分からない
それ以前の段階で躊躇してしまうのは知的機会損失が大きい
Cosense(の哲学)が行動を志向している、というのもありそうsta.icon
Scrapboxの目的は、新たな切り口を発見してさっさと行動に移すこと
「書くことを自己目的化しない」という強い意志は感じているし、それはそれで正しい方向性だと思うhiro.icon
デライトの場合、「森羅万象を書き尽くしたい」という私の欲求から生まれているので、むしろ書くことにこそ意味がある
ここは面白い対照性だなあ
ちなみに、輪郭法の旧称は「森羅法」だった
森羅万象と多重階層(木)構造をかけた命名で、まさに宇宙(宇界)を記述するための方法だった
これはこれで捨て難いので最近は正式名称を「森羅輪郭法」にしようかなとも考えている
ページを作らなくても繋がるので作る必要性が少ないのかなinajob.iconkana.iconhoagecko.iconseibe.iconyosider.icon
だからといって書かないほうが良い、というわけではない
書いてみると発見や新たなつながりがあるだろう
これはある、もちろん書いたら書いたでなにか良いのだろうけど、それをするコストを踏まえると、別にしなくてよいか、となるseibe.icon
ちなみに個人のCosenseでは「宇宙」は書いてた、辞書の引用をしていた
個人なら書くけど、共同の場所では別にあえて書くほどのものではない(少なくとも現状は)、という感覚。天文学が井戸端で流行ったら書くことになるのかも
ページ本文がないページは、リンク一覧がページ本文のように見えているところもあるかもseibe.icon
周辺でもって内容を示す…というか、結節点になっている時点で役割が果たされているというか
さてそれが本当にそうかというと微妙だが。好き勝手リンクつけるので、その
あるkana.icon
ページがない傾向にあるのは一般名詞や広い概念ではないかkana.icon
宇宙というページがないのは宇宙に興味がないというよりは、宇宙に言及したいときは「宇宙が好き」とか。あるいはより具体的なトピックでページが作られる印象
たしかに「宇宙がすき」とか「@宇宙」とか「宇宙は俺の嫁」とかならページやリンクが作られそうtakker.icon
宇宙とか地球などの一般名詞は、ページもリンクもあまり作るモチベない
光る言葉に感じない
宇宙や地球が本当に関係しない限りリンクにしない
例えばここで「本当」や「関係」をブラケティングしたいとは思わない
「本当に関係しない限りリンクにしない」はブラケティングするかもしれない
フレーズがいまいちなので今回は見送るけど
ページ作成と一口に言ってもグラデーションがあるはずzatsma.icon
ページ作成の一歩目として、内容の薄いページを作ることにハードルがある説
ページを開いてみないとコンテンツがわからないという仕様がそうさせている?zatsma.icon
関連ページリストから気になるページに飛んでみて内容が薄かったらちょっとがっかりする、みたいな
読み手にそういう体験をさせたくない?
あると思うsta.icon
表示が(頑張っているとは思うしおま環もありそうだが)遅いので、あまり細かくページを切りたくない
以前関連ページリストに対してこういう考察を書いたzatsma.icon
関連ページリストの性質がページ作りへと与える影響デライト.icon
いや、そういうページは書き手=読み手がどんどん書き込んでいけばいいので問題にはならないはずだろう
コンテキスト指向が枷?
ページ作成の一歩目としてのリンクのないページを作成することへのハードル
コセンスは、「ページを作る」ではなく「リンクを作る」が先にくる(と、私は思ってます)kana.icon
赤リンクができる。
再度同じワードをリンク記法すると、青リンクでつながる
コセンスはページなしで繋がるから「ページを作る」という考えにならない
卵が先か鶏が先かっぽい感じもするzatsma.icon
特に書くことを思いつかないから書いてない、というのもありそうnyarla.icon
あまりキーワードを辿ったりしない人もいるかもしれない
これはnyarla.iconがそう
興味があったら多少は辿るけど、普段はあまり辿らない
酒は飲むべしmtane0412.icon
/support-doc-jp/ページタイトルに魂を込めるcaki.icon
障壁という表現にあまりピンとこない。作りたいと思ったら作るだけで壁は意識していないからかもしれないHiro Aki.icon
ページを作る時は大体ノリと勢い派
最初、本当は書きたいのに何かに萎縮して書けていないのではと思ったのだが……hiro.icon
実際の反応を見るに、確かにみんな欲求不満があるわけではなさそう
心理的な障壁があるわけではなく、単にページ作成そのものには重要性を感じていないんだろうな
テーゼがあるというか、主張があるというか、議論を起こす(と予想するような)ページの作成には心理的障壁があるかもしれないseibe.icon
スレ立てみたいな感覚
たしかにたけのこの里って滅びるべきだよねみたいなページは作りづらいtakker.icon