自己組織化は設計可能か──スティグマジーの可能性
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またドイツの社会学者ニクラス・ルーマンの社会システム論もまた、生物学者マトゥラーナ=ヴァレラの創出した概念「オートポイエーシス」を全面的に採用しており、この潮流のひとつとして位置づけられる。 いずれにせよ、自然科学一般に通底する「要素還元主義」に対し、全体論的(ホーリスティック)なシステム論が対峙するという構図は、20世紀後半の学問史を貫く基本中の基本といってよい
すなわち第1に「情報の人為的な淘汰を促している」という点、第2に「人間行動のアルゴリズム化を促している」という点に着目してきた。前者は具体的には、2ちゃんねるであれば「dat落ち」と呼ばれるようなスレッドの生存期間制限、ニコニコ動画であればコメントやタグの生存数制限を指しており、そこでは情報は半永久的に保存されることなく、むしろ有限の生が人為的に与えられている。 それはこういうことだ。建築家・藤村龍至との対談のなかでも指摘したように★6、たとえば検索エンジンのGoogleは、いわゆるAI(人工知能)的な意味において高度で複雑な計算を行ない検索精度を高めているわけではなく、むしろ人間をアルゴリズム化することで検索エンジンとして成功した。その基本設計は極めてシンプルだ。「人間は良いと判断した情報にはリンクを貼る。だとすれば、そのリンクされたページに関するログを全部集計すれば、何がいいページかはおのずと分かる」というものである。ここで興味深いのは、むしろGoogleという検索ロボットの側こそが、人間を「情報収集ロボット」のように扱っているということである。すなわち、人間こそがアルゴリズム的に、つまり単純で反復的な「リンクをはる」という行動を取ることで、そのログの集積がそのまま検索エンジンの高性能化につながるということ。これこそが検索エンジンの基本的なインパクトであることは、改めて確認しておきたい事実である。
なかでも重要視されている「スティグマジー(stigmergy)」なる概念である。それは「社会性昆虫」と呼ばれるアリやハチの群れ行動やコロニー建設行動のメカニズムについて、非常に明快な説明を与えている。 たとえばシロアリがコロニーを形成するとき、それはどこかにリーダー的存在がいて大局的な状況を判断したり、あらかじめ設計図を描いたうえで指令を出していたりするわけではないことが──それこそ創発現象の代表的一例として──よく知られている。しかし、それでは具体的にはどのようなメカニズムによって秩序立てられているのか。それを説明するのが、「Stigma(刻印)」と「Ergon(仕事)」からつくられた「スティグマジー」なる概念だ。同書によれば、シロアリたちは相互にコミュニケーションを取っているわけでもなく、それまでになされてきた仕事の産物、すなわちコロニーの建設途中の状態(たとえばシロアリたちが堆積したペリット[食物中の不消化物を吐き出したもの]の厚みや配置)こそが、建設者であるシロアリたちに対する情報源となるという。同書の言葉を使えば「創発した構造自身からもたらされる刺激が、個体にとって貴重な情報源となりうる」ということ。すなわち建築過程のログに依拠した間接的なコミュニケーション。それが「スティグマジー」なのである。
こうした「スティグマジー」に基づく自己組織化現象★7は、正のフィードバックと負のフィードバックの組み合わせによって特徴づけられるという。ここで興味深いのは、それぞれのフィードバック・メカニズムの由来である。たとえばシロアリのコロニー形成であれば、正のフィードバックは「すでに何か作られている所に作れ」という単純な規則によってもたらされる。これはおそらくシロアリの遺伝子にコードされた本能的なルールであろうと著者たちは推測する。これに対して負のフィードバックは、正のフィードバックによって際限なく拡大していく建設行動にブレーキをかけ、自己組織的秩序を安定させる役割を果たす。たとえば、「他の柱のそばに柱をつくるな」といった規則がそれにあたる。しかし、こうした負のフィードバックを引き起こす規則自体は、遺伝的にコードされている必要はないという。なぜなら負のフィードバックは、端的に近辺にいるシロアリ数の減少や、資材の枯渇といった「物理的な限界」によってもたらされるからだ。
繰り返せば、自己組織化のメカニズムにおいては、正と負のフィードバックが拮抗し、前者はなんらかの明示的ルールの結果として、後者は物理的な限界によってもたらされる。『CODE──インターネットの合法・違法・プライバシー』(翔泳社、2001)におけるローレンス・レッシグの言葉を使えば、前者の正のフィードバックは「規範」(ただしここでの規範は遺伝子上にコードされた先天的ルールだが)、後者の負のフィードバックは「アーキテクチャ」によって規制されていると言い換えることができるだろう。そしてこの換言からも明らかなように、筆者の考えは、情報環境においてはこの負のフィードバックをもたらす物理的限界を、アーキテクチャ上の機構として人為的に設計することができるようになった、というものである。 昨年から筆者は、さまざまな場所でウェブ上の新しい「秩序」に関する論考を発表する機会に恵まれてきたがそこでキーワードにしてきたのが「生態系」や「生成力」といったある種の生命論的・生態学的なメタファーであった。インターネットの大衆的普及からはや10年以上が経過したが、そこでは種々さまざまなコミュニティやそれを支えるアーキテクチャ(人工構造物)が日々発生・成長・淘汰を繰り返しており、その全容を見渡すことは極めて難しくなっている。筆者はまずその現象に切り込むための解読格子として、「生態系」をはじめとする生命論的なメタファーを採用したのである。