タスクという言葉のニュアンス
そういえばタスクって言葉には割と重めのニュアンスがついてることが多い気がするなぁと改めて思った
職場でも何度か啓蒙したことあるけど全然流行らない
感覚としてはUnnamed Campに集まっているような知的生産勢・言語化大好き勢(この辺のクラスタ何て呼べばいいか未だにわからん)くらいの稀少さ メディアに露出して知られている(マジョリティに晒され続けた)がマイナースポーツの域を出ない
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タスク=やること
好きに解釈していい
なので万人誰にでもできることやよ思うてる
いや、
「管理」という言葉の方が重いのかも
あと、そもそも「やること」をどうにかする、という発想それ自体が重たいかもしれん
僕がたぶん几帳面で自律的で自己管理も平気なタイプだからかんたんに感じているだけで
なんていうか、タスク管理をより広めるための何かがあるかもしれないって気がした 「タスク」「管理」という名前が悪いのだろうか
あるいは見方から切り込めそうか?
カメラをどこに置くのかということ
観測されたタスク or 管理されたタスク
後者はめっちゃ重そう
前者はどうだろう
こっちもなぁ……結局自分で観測したものがタスクになるってこと
主体性が必要だから重い?
DoMAは自分のアテンションベースで広げて行こうぜってアプローチ(たぶん)