オープンでフラットとは何か
「オープンでフラット」とはの話
オープンでフラットってのは「全員に見える・書ける場所でアウトプットする」であるsta.icon
でないと
誰でもいつでもアクセスできることは重要
つか原則前提じゃないか今やsta.icon
発信者と読者とで乖離する(乖離に気づけない)
読み書きできる場があると、読者からツッコめる
やり取りを継続的にできるので、継続的に乖離を埋めていける
グレーノウハウが横行したり不透明性が解消されなかったりする
一部のわかってる人たちの頭の中にある + その和に加わるゲーになってしまう
友達ごっこじゃねえんだから
Q: 参加型の説明会は必要?
一応必要。理由は2つあって、
1: プレゼンしたい場合
熱量を伝えたい
ノンバーバルでぶん殴りたい etc
自律的に動けない人たちもいる
あるいは普段は動けてもちょっと重たくて「制御してほしい」ってときもある
そのような人たちには「いついつにこれがあるので参加しろ」と命令するのが良い
資料は気合入れなくていい
アウトプットしてるブツを使えばいい
もちろん気合い入れたいなら気合い入れてプレゼン資料つくって発表練習もすればいい
別の言い方をすると
社歴なんて関係なく読める書けるようにする
なんで社歴が絡んでくるのかがわからん
新人が社長に物申せたっていいんだよ
とんちんかんな質問ならその場で論破すればいい
いちいち全員の質問になんて答えられねえよ、であればその旨を主張すればよい
↑ こういったことは全部残る(のでいつでも誰でもあとから利用できる)
いつ死んでも困らないようにダンプしておく
bfaf
https://gyazo.com/4d37138e118e625a855f680d8b025da6
少なくとも右の灰色部分は担保する
人の繋がりは好きにすればいいが、灰色部分の整備発展を怠ってはいけない
怠り続ける限り、いつまでたっても古典的な左から脱せない
開示だけじゃなくて、「コミュニケーションを取りに行くという姿勢」も含めているsta.icon
私なりのオープンであることの定義は、成果を出すために、役割や立場に関係なく広くコミュニケーションを取り、全員が成果創出に必要な情報・ファクトを自ら開示している状態だと思っています。
成果が第一
私が今回書いている内容は少し違うポイントがあると感じました。それは、成果を作ることを目的としてオープンであることを求めるという点です
あくまでも有益な情報であること
だからこそ定義の文章において、成果創出に必要な情報・ファクトという書き方をしていると思ってください。
sta.iconみたいに「とりあえず全部出す」は違うというわけか