B.参考06:生成AIをめぐる3つの旅(3)
生成AI最後の旅は,真贋判定――つまりフェイク問題,著作権問題,さらに国際的な評価についての旅だ.しっかりとノートに📝しつつ調べ,考えてほしい.
◎1◎著作権について調べて考える
生成AIで最も懸念されるのが著作権の問題だ.これについて,各自調査してまとめよう.
以下に,気になりそうな疑問を呈しておくので調べなさい.
a. あなたが生成AIに依頼して作成した文書の著作権はだれのもの?それが本当に「あなたのもの」だという根拠はどこに?法的な根拠は?
b. 常に著作権侵害の可能性をもつ生成AI:「そっくりな絵」「それっぽい絵」の肖像権はどうなる?訴訟の事例と結果は?
c. あなたが塾の講師だとする.生徒が出してきたテストの回答について,その回答は生成AI出力か本人が自力で書いたのか,どうやって判定する?
※これは「先生―生徒の問題」だけではない!一般社会・企業社会でも起こる!
d. 友達からメールが来た.そのメールは本当に本人が書いたのか?どうやってわかる?
f. ある企業からあなたの部署にジョイントベンチャーのお誘いがきた.規模は数千万円.しかしその連絡は本当にそのプロジェクトの担当者が書いたのか?どうやって見分ける?
※これは会社の死活問題かもしれない!
g. ある企業の採用担当から「就職エントリーシートはAI前提と見なしている」と言われた.だったらエントリーする側はどうする?また,あなたが採用側なら,どういう入社試験を用意する?
h. あなたが完全に自力で書いた文章,描いたグラフや絵画,撮影した写真が「偽物」「剽窃」と指摘された.どうやって反論する?
i. あるプログラムソースをネットからダウンロードした.それは,a.全部人が作ったものか?b.一部AIか?c.全部AI作か?それはどうやって判定する?それぞれの場合の著作権はどうなる?
j. 「XX大統領暗殺」「▼▲で大災害」など,社会的にインパクトのあるニュースやその画像が飛び込んできた.それは事実か?フェイクか?どうやって調べる?もし嘘なら,だれが犯人?その犯人の罪は何?
📝上の問題提起の中から興味のある話題を3つ以上選び,調べ(あるいはAIに相談し),最後に自分で考えてまとめなさい.
★以下に参考記事を挙げておく.( ただし記事内容が真実の全てとは限らない )
ディープフェイクとは何か?その影響と合法性を理解する
AIが生み出す偽情報 ウィズフェイク時代をどう生きるか | NHK
AIが生成した文章やイラストの著作権はどうなる?著作権侵害にあたるか、弁護士が解説! | Authense法律事務所
AIが助長する差別・偏見 Appleにも襲いかかったリスクの本質:日経ビジネス電子版
なぜAIでも「偏見」は起きるのか?発生原因を開発プロセスごとにやさしく解説 三津村直貴の“今さら聞けない”テクノロジー講座|ビジネス+IT
◎2◎生成AIをめぐる課題とは?を整理する
著作権の問題は社会における法整備の問題や,社会習慣,社会的価値観の問題にも直結している.以下,生成AIをめぐって注目するべき社会問題や課題の例を挙げておく.
A.問題:社会的・国際的な評価が定まっていない
生成AIを国家レベルで扱うことには世界中で賛否両論が繰り広げられている.全世界が一つの方針に収束するのは困難だというのは想像に難くないであろう.
また生成AIは「平等」だと言われるが,それでも偏見や差別を生み出していることも事実.
だとすれば,あくまでも自分が調べて確かめるしかない.それには,あふれる情報の真偽を見抜く力を養わなくてはならない.このことは,将来就く仕事にも大きく影響するだろう.
📝主要国の各省庁がリリースしている生成AIに対する見解を国ごとに調べ,整理してみよう.
B.問題:国内外での法的な方策が間に合わない状態が続く
日本には厳しい銃刀法があり,武器を持つことに大きな制限がかけられている.しかし生成AIには法的な制限がない.著作権法を筆頭に,法整備はAI技術の変化に対して数年の遅れを取りながらしか進められないだろう.
だとすれば,必ず法の目を潜る輩が登場する.それは簡単に一般ユーザを巻き込むだろう.
本課程に所属するわれわれは,ごく一般のユーザと,高度な専門家の橋渡しをする責務がある.それには技術的な知識のみならず,関連する法知識も必要である.
📝どんな法知識が必要なのか,調べて整理しなさい.
C.必然:先進技術は戦争とともにある
先進技術は軍事産業と必ず結びつく → 誰がどう評価するのか?
各国はどういう態度を取るのか?
軍事産業はどういう動きをするのか?
📝生成AIに軍事的な情報を聞いたらどんな回答が得られるか,メモしなさい.また,産業と軍事について,あなたの意見をコメントしなさい.
※最新技術と軍事技術は切っても切れない関係がある.他国にない技術を使うことにより,より軍事的優位に立てるからである.
◎3◎少しディープなもう一つの視点:AI市場をめぐる思惑
あまり記事としては見ないが,もう一つの視点を指摘しておく.それは市場主義経済の中で,AIは巨大な投資市場を形成していることである.
生成AIの市場規模は飛躍的に拡大している.予想では2028年までに7.5兆円,2030年までには12~18兆円に達するとされている.これは2020~2022年の半導体市場と同程度の数値である.
GAFA/MATANA/AI6と呼ばれる巨大IT企業のトップメンバーたちの言動をよく見てみよう.彼らは自分の思いつきだけで突っ走っている訳ではない.流動する市場の中で自社のどの活動が今後どれだけの投資価値と市場における競争力を生み出すか,を緻密に計算したものと考えてよいだろう.特にアメリカ経済社会は緻密にプランニングされた戦略を好む傾向にある.
例えば,イーロン・マスクはChatGPTのOpen AI社に巨額を出資しているにも関わらず,自ら新たにAI開発に乗り出した.
これはChatGPTの持つ懸念材料に対抗する方策を提示するという主旨ではあるが,その一方では,"Open AI vs Google" の図式に加える「もう一つのパワーバランス」,つまり新たな市場価値を生み出すための行動だという見方もできる.
巨大企業主導のプロジェクトは巨額の投資を集め,先端技術の進展に大いに貢献することができる.しかしそれは短期的に市場価値として値踏みされる運命にあり,すぐにレールに乗れないアイデアや熟成していない製品を弾き飛ばす圧力にもなる.
日本は社会全体において投資についての意識が低く,不勉強かつ無関心で,世界の動きにうまく追従できない.日本経済が弱体化している大きな原因のひとつであるといっても過言ではない.今後の技術の未来を決めるのは国家ではなく,世界市場への投資だと言ってもよいだろう.皆さんもぜひ,市場動向を(学部カリキュラムではやらないが)チェックしてもらいたい.そこから最新技術の動きもよく見えてくる.
📝たまにはこういうことに頭を使ってみるのもよい.ぜひ調べて,自分の考えをメモしよう.
※(経済学部出身者から一言):「日本人は投資を学ぶべき」と述べた.世界の投資市場経済社会は,投資の力を経済の原動力としている.これは効率よく経済を活性化する特効薬だし,日本の経済を世界の中で立て直していくにはこれに乗っかるしかないと考える.しかしこれは,必ずしも人類社会の最適解だと断言できるわけではない.人間社会はまだ未熟で,最適解を見出していはいない.世界の多くの層が貧困に喘ぎ,世界中に戦争が絶えないのはその証拠だ.もっとよい経済社会モデルを作り,実践しなければ,人類は負のスパイラルから抜け出せない.今,答えはまだない.が,見つからないからこそ挑戦するべきだろう.そのためにはまず,up-to-dateな経済・社会状況を見つめなければならないのだ.
◎4◎最後のまとめ:生成系AIのかしこい使い方
いまところ,生成系AIが我々にとって有用なのは「いつでも聞ける気軽な相談相手」としてだ.
自分の頭を整理するのを手伝ってもらう
抱えている問題点をリストアップするのを助けてもらう
短い文章の校正をしてもらう(長文は苦手)
ちょっとした時短スクリプト作成を依頼する
生成AIの「相談相手」してのメリットを2つ挙げよう.
★メリット1★「24時間嫌がらずに相手してくれる」.
人間相手だと予約したり相手が空いているか確認した上で時間を割いてもらうのが常識だ.が,AIは眠らない.AIは時間を取られてイラッとしない.断らない.※ただしサーバがビジーな時には回答を待たされることはある
これは学習者の心理としてとても大きい.学習心理における大きな障壁の一つは「尋ねる相手が人間」だということにある.たまたま相手の機嫌が悪かったらどうしよう.相手が忙しくて時間をとれなかったら,次も相談していいのか.しつこくしたら嫌われないか.等々.学習者が未熟であるほど,「相手の時間を奪って申し訳ない」という心理と常に戦わなければならない.この大きな障壁を,生成AIなら感じなくていい.「ちょっとした相手になってほしい」「低レベルの質問かもしれないけど聞きたい」など,わざわざ友人や先輩や先生を捕まえ,時間を割いてもらうほとのことでもない事柄でも,自由に尋ねることができる.
★メリット2★AIはディスらない,皮肉らない,無視しない.
特別にきつい言葉を吐くように役割を与えれば別だが,通常のAIはネガティブな言葉を抑制するように調整されている.このことがわかっているだけでも安心していろいろな悩み事でも相談できる.
ちょっとした対人関係や,進路の選択など,膨大な過去のデータを元に冷静な答えが得られる(ただしそれがあなたにとってのベストとは限らない).最後にはだれか人間に相談するとしても,一度AIに相談しておけば,人の話を俯瞰して聞くことが可能になるかもしれない.多くの場合,結論は自分の悩み事の中に内包している.モヤモヤを外化してその結論を明白にし,背中を押してくれるような答えを待っている事が多い.生成AIはそういう事には役に立つ相手になるだろう.
※実際に藤井が個人的な悩み事をCopilotに相談してみたところ,冷静かつ非常に親切に対応してくれた.そして「私はいつでもあなたの味方です」と言ってくれた.答えとしては良くも悪くも「平均的」でずばぬけた回答は期待できない.が,「味方です」と聞くだけでも少し気持ちが楽になるかもしれない.大切なのは自分の中のモヤモヤを外に出すことなのだから.by Fujii
☆付記☆旅は終わらない:後のことはわからない
以上,生成AIをめぐり3つの旅をしてきたが,いかがだったろうか.我々研究者・教育者も,皆さん学生も,等しく考えねばならない課題が山程あることが理解できただろうか.
大学をはじめとする各種教育機関においても,生成系AIの扱いについて盛んに議論されている.本学でも2023年に以下のような注意がアナウンスされた.
今後は状況により何らかの法的なあるいは業界の規制がかかる可能性は大いにある.現時点ではそれが本当に正しい方向に進むのかどうかすら不明である.ただ,不安を煽るような報道や,技術の一部を切り取って誇大宣伝するような「なんちゃって科学」をきちんと見抜くのは,皆さん自身の目である.そのような目を持って,最新の状況をupdateしておこう.以下,比較的信用できる参照サイトを紹介しておく.
最先端の研究,最新の理論・技術は過去にないものだ.だから,ずっと追いかけ学び取り続けるしかない.生成AIはそのよい事例である.もし今我々が「パラダイムシフト」「シンギュラリティ」と言われる歴史の転換点に立っているとしても,それがそうだと認識できるにき歴史として振り返るだけの時間が必要であろう.渦中にいる人間は必死でもがくしかない.そのことが「一歩」につながると信じて.
※付録※AI研究の世界を覗いてみたい人は:
生成AIだけでなくAI全般の学会
加入しなくてもフリーで読めるコンテンツがある
「自分には無理」と思っても,背伸びして覗いてみるのもアリ
そして「旅」は続く.
以上.
2024/5/11