https://youtu.be/jrUL2GaCB-s
導入
東北大学SF研究会バーチャル会員の卜部理玲です。
今回から、全10回をひとつの目標として、SFのお話をしていこうと考えています。
まずはこの作品について、簡単に説明させていただきます。本作は、第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞した草野原々さんのデビュー中篇です。この作品はもともと『ラブライブ!』の同人小説として「最後にして最初の矢澤」という題で執筆された作品の全面改稿版となっており、登場人物のキャラ造形などにその片鱗がうかがえます。本作のジャンルは「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」。無暗に長いジャンル名のように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、一度読めば分かるように、この通りとしか言いようがない作品なのです。ということで、この「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」という文字列の中に、少しでも気になる文言が入っていたならば、ぜひ一度読んでみることをお勧めします。 また、この作品は第48回星雲賞日本短編部門賞も受賞しており、デビュー作で星雲賞を受賞するのは山田正紀さんの『神狩り』以来42年ぶりの快挙だということです。 この星雲賞は、日本のSFファンによる投票によって決まる賞なので、「最後にして最初のアイドル」は2016年にもっともSFファンに愛された作品のひとつだということになります。 どうですか? 気になってきませんか?
デビュー作にしてその年で最高のSF短篇と評された、よく分からないけどわくわくする要素がてんこ盛りの作品。これから行う内容紹介でまず一通り説明してから、改めて解説を行って参ります。
内容紹介
内容紹介と銘打ちましたが、まずは表紙のイラストからお話を進めていこうかと思います。
こちらが、「最後にして最初のアイドル」を表題作とする草野原々さんの第一作品集『最後にして最初のアイドル』です。カバーのイラストは、ちょっとこの画面上では確認出来ないのですが、表表紙だけでなく、背表紙から裏表紙まで、カバー全面に大きく載っています。すごくかわいい絵ですね。でも、この女の子、「最後にして最初のアイドル」本編が始まって30頁ほどで脳髄だけの存在になってしまいます。 「なんでそんな展開に?!」という感想は置いておくことにして、本題の内容紹介に移りたいと思います。
本作の主人公は、幼いころからアイドルにあこがれていた古月みか。カバーに描かれた女の子が古月みかです。
みかは前年の全国大会で優勝したアイドル部を擁する女子高に入学し、アイドル部で念願のアイドル活動を始めることになりました。そのアイドル部で出会った同い年の女の子が、新園眞織でした。
いつも明るく元気に振る舞うみかと、いつも醒めた態度の眞織。
決して裕福とは言えない家庭で育ったみかと、お嬢様育ちの眞織。
歌もダンスも必死に練習し続けるみかと、さも当然のように軽くやってのける眞織。
そして、アイドルになることを夢見るみかと、遊びでアイドル活動をする眞織。
それらの差は決定的で、決して埋められないものでした。しかし、ある朝の出来事をきっかけに、ふたりはアイドルとそのプロデューサーとして幸福に満ちた高校生活を過ごすことになります。
ですが、いくら幸福な高校生活であっても、いつか終わりがやって来ます。アイドルのオーディションになんとか合格したみかは事務所のある東京へ、医者を目指す眞織は京都の大学へ。みかは別れを惜しみつつ、人気アイドルになって再会することを眞織に誓うのでした。
しかしながら、みかの事務所は半年で倒産し、みかの夢は儚く散ってしまいます。放心状態のみかを心配した眞織が京都から訪ねてきましたが、同時にみかを溺愛する妹のみやも訪ねてきました。
資金援助を申し出る眞織と、アイドル活動に対して辛辣な意見を口にするみや。このふたりと再会したことで、みかの心は完全に折れてしまいます。部屋からふたりを追い出したみかは、ベランダから投身自殺してしまうのでした。
悔やんでも悔やみきれない眞織は、みかの蘇生を試みます。さすがは医学生、蘇生と言っても世間で言うような非科学的なものではなく、「みかから取り出した脳髄に他人の肉体を繋ぎ合わせる」という非常に科学的な方法でみかを蘇生したのです。
運良く、スーパーフレアによる超強力な放射線が地球全体を襲い、死体には事欠かない状況でした。こうして眞織の手によって蘇ったみかは、旧来の<第一世代アイドル>ではなく、まったく新しい<第二世代アイドル>としてアイドル活動を再開したのです。
<第二世代アイドル>のみかとそのプロデューサーである眞織は、人間の集団を襲ってその肉を摂取するなど、地道にアイドル活動を続けていましたが、アイドル界は弱肉強食、危険がつきものの厳しい世界でした。かつて秋葉原だった場所でアイドル活動をしていたあるとき、<自警団>という生き残った人間たちの集団にふたりは襲われ、既に異形の存在となっていた眞織がついに殺されてしまったのです。
みかは怒り狂いました。眞織を殺した<自警団>に復讐を誓い、自身のスキルアップのために<第二世代アイドル>から<第三世代アイドル>への自己変革を行ったのです。
時代に遅れないよう、みかは自己研鑽を重ね、着実に世代を更新していきました。ついに復讐を果たしたみかでしたが、そこでやる気が燃え尽きてしまいます。そんなみかが次の目標としたもの。それが、「会いに行けるアイドル」から「会いに行くアイドル」への転換でした。ファンを待つアイドルはもう時代遅れなのです。ファンを求め、地球上すべての生物を手始めとして、地球全体に渡るニューラルネット、そして地球外の意識をもつ全てのものへ。そう、みかはファンに会いに行くために、地球を飛び出し宇宙へと旅立ったのです。
そうして地球外のファンと触れ合い、みかは気付いたのです。アイドルのファンになるためには、意識が必要なのだと。知性があっても、意識がなければライブも握手会も行うことが出来ないのです。みかは、新たなファンを獲得するために、「意識」というものを考えはじめるのでした......。
と、物語が盛り上がってきたところで、私による紹介は以上とさせていただきます。どうですか? 気になってきませんか?
ということで、早速解説の方に移りたいと思います。
解説
この作品は、なんとなく察せる通り、基本的には馬鹿SFと言っていいものになっています。端的に言ってしまうと、ひどい作品です。 作中に登場した<ノヴム・オルガヌム>という細菌の名前は、英国の哲学者フランシス・ベーコンの著書『ノヴム・オルガヌム』が元ネタであり、ほかにもダイソン球やモノポールなど、ハードSFでよく見かけるSF的な要素(SFガジェット)が多く登場します。これらの要素は決してハードSFを展開させるために導入されたものではなく、パロディ的に導入されたものであり、ハードSF的ですが物語の中核となる要素ではありません。 途中で展開される、オールディスの「地球の長い午後」に登場するような奇妙に進化した生物たちについてのくだりも、概してパロディ的であり、馬鹿SF的と言えるでしょう。 しかし、私が紹介した部分以降(第V章以降)の「意識」に関する考察によって、物語は一気にハードSFらしくなってきます。
この作品が面白いのはこのギャップなんです。最初は悪いオタク的な、ちょっとふざけたような雰囲気で始まって、途中までは完全にそういう軽い流れで物語を運んでいくのに、突然高尚で思弁的な議論に引きずり込まれる。100頁程度の短い作品の中で、ここまで大きな落差をもって読者を撹乱してふわっと未知なる世界へと連れていってしまう、そんな物語はこれまでの日本SFにはありませんでした。この作品こそが、これからの日本SFを引っ張っていく作品なのです。
既に本作を読んだ方は気付いているかもしれませんが、この作品で展開される議論は大変難解で、かつ重要なものなのです。そのような重厚なものを、すごく読みやすい形で、カジュアルに提供しているのがこの作品なのです。
このような超大局的な視点から人類の行く末を見つめるような作品のことを、SFでは「ステープルドニアン」と言います。この用語のもとになったのが、英国の作家オラフ・ステープルドンであり、このステープルドンの書いた作品の中に、本作の元ネタとなる「最後にして最初の人類」という作品があります。草野原々さんは好きな作家としてステープルドンの名を挙げていますので、興味のある方はぜひ、図書館や古書店などで探してみてください。どれも傑作だと聞いております。私は、恥ずかしながらまだ一作も読んでいません......。一応、復刊されるという話はあるのですが......。「最後にして最初のアイドル」がもっと話題になれば、「最後にして最初の人類」も復刊されるのでしょうか。 さて、先ほどこの作品は意識に関するSFである、ということについて言及しましたが、国内のSFで意識を扱った最近の作品としては、伊藤計劃さんの「ハーモニー」が有名です。こちらを読んでいない方は、この作品こそが国内SF最高峰の作品ですので、ぜひ読んでみてください。同じ伊藤計劃さんの「虐殺器官」を読んでいない方は、まずそちらから読んで頂けるといいかと思います。 ちょっと話が逸れました。私が「ハーモニー」に言及したのは、ある点において「ハーモニー」が本作と対を成すからです。詳しくは「ハーモニー」の内容に触れてしまうので伏せますが、両方既に読んでいる方は、このことに関する言及が『伊藤計劃トリビュート2』収録の草野原々さんの作者コメントにありますので、そちらをご確認ください。 本作だけの電子書籍版が缶ジュース一本分にも満たない価格で配信されていますので、まだ読んでいない方には、ぜひ買っていただいて読んでもらえたらなと思っています。
補足
補足解説に移ります。
「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」というジャンル名についての解説です。この中には、SFにかなり親しんだ人でないと分からないような要素が含まれていますので、そちらを解説していきます。
まずは「ワイドスクリーン・バロック」についてです。これは先述のオールディスが著書『十億年の宴』(東京創元社)で提唱した言葉で、「時間と空間を手玉に取り、気の狂ったスズメバチのようにブンブン飛びまわる。機知に富み、深淵であるとともに軽薄」な作品の総称です。考えてみると、確かにこの定義は「最後にして最初のアイドル」にも当てはまりますね。このワイドスクリーン・バロックという言葉が誕生するきっかけになった作品が、米国のSF作家チャールズ・L・ハーネスの「パラドックス・メン」という作品です。この作品は長らく未訳の名作として有名だったのですが、ついに竹書房文庫から刊行される予定となっており、私も読むのを楽しみにしています。 そして「百合SF」。これについては、知っている方も多いかもしれませんね。『SFマガジン 2019年2月号』で百合特集が組まれた際、草野原々さんの「幽世知能」という百合SFの新作が掲載されていました。私が今回言及するのは、草野原々さんとともに新作百合SFを同誌に発表したSF作家、伴名練さんです。伴名練さんは、寡作で知られた、知る人ぞ知るSF作家なのですが、そのなにが面白いって、とにかく作品が綺麗なんですよね。文章も綺麗で、その文章でもって描き出す百合が綺麗で、そしてどんな物語でも最後は百合に持っていく綺麗さ。まだ単著の刊行物がないので非常に手に入れづらいのですが、手に入った際はぜひ読んでみてくださいね。私は、『改変歴史SFアンソロジー』(カモガワ文庫SF、同人誌)収録の「シンギュラリティ・ソヴィエト」が一番好きです。ソヴィエトがシンギュラリティを突破し、冷戦に勝利した世界を描く歴史改変SFです。この本は電子版がありますので、すぐ手に入れることが出来ますよ。 ハードSFも、聞いたことはあるという方が多いと思います。しかしながら、SFの定義が人によって様々であるように、ハードSFの定義もまた様々です。ここでは、「人文・社会・自然科学など、およそ科学と言えるものに基づいたSF」として定義しておきます。「ハードSFというと物理とか化学とか数式とか、難しいことばかりでしょ?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それはほんの一部です。気軽に楽しめるハードSFの名作を、数点紹介しますね。 まずはテッド・チャンの「あなたの人生の物語」(ハヤカワ文庫SF、同名作品集収録)。この作品は、自然科学から変分原理を、人文科学からは言語学を導入して、このふたつを両輪として物語を進めていくSFの最高傑作。ハードSFが気になったならば、まずこの作品を読んでほしいという一作です。 次はグレッグ・イーガンの「しあわせの理由」(ハヤカワ文庫SF、同名作品集収録)。現代SFでハードSFといったらこの人です。イーガン作品の面白さは確実なものなのですが、なにぶん議論が高度でなかなか手を出しづらいので、まずは名作の誉れ高いこの作品で慣れておくのが定石です。 前半三分の一は布石パートなので若干退屈ですが、そこさえ読んでしまえば残り三分の二は息もつかせぬ怒涛の展開が待っています。読みやすい作品なので、気軽に楽しんで下さいね。
最後になりますが、草野原々さんが挙げる好きな作家のひとりに、円城塔さんがいます。伊藤計劃さんとの合作「屍者の帝国」などが有名ですね。円城塔さんの作品も、国内SF最高峰とされる文理融合型のハードSFですので、興味のある方はぜひ読んでみてください。 以上、補足解説でした。
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次回予告
次回の動画では、「ケン・リュウからはじめるSF入門」と題して、今最も注目を集めるSF作家ケン・リュウの作品とその仕事を通じて、SF初心者の方や普段あまり小説を読まない方にもSFを楽しんでいただけるようなお話をしたいと考えています。