2025/4/26
本日は土曜日
done=>昨日の読書会のまとめをつくろう
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まさに。
たとえば、明日から急にこのプロジェクトに共同編集者が加わっても、何も混乱は起こらない。
一枚のデイリーページに二人が書いてもいいし、それぞれ用のデイリーページを作ってもいい
よくよく考えると、それは結構すごいことで、既存のノートツールでは難しい。
そう考えると就活生が目に見える比較情報は、仕事の対価が一番わかりやすいのかもしれません。それでも仕事のプロセスを検討する視点は忘れてほしくないなと思います。
経験の少ない大学生であれば、それはもう仕方がないなと思う。そもそもその年齢で「一生の勤め先」を選ぶこと自体が無理ゲーなので、むしろ転職が当たり前の社会の方がよいだろう。
一方で、「仕事のプロセスを検討する視点は忘れてほしくない」というのはたしかにその通りで、働きはじめた後からでも、プロセスへの注目が獲得されるのが望ましいと感じる。一方で、それは職場の環境に依存するので、ある種「職場ガチャ」の側面が否めない。
日本の学校教育体制の場合、プロセスへの注目は育まれないだろうし、小さい頃から学校と塾だけを往復しているならばなおさらだろう(マインクラフトとかに夢中になっている子どもはむしろ体験の豊富さで言えば豊かなのかもしれない)。
メモは雑多でいい(雑多が許される)
ミクロ・メゾ・マクロ
福祉の観点で言えば、ミクロが個人で、マクロが社会で、メゾは共同体、というのが大雑把な感じ。
ノウハウが含む矛盾をどう考えるか(ツイートgather)
人の実践は全体で見たときに矛盾したことが起こる。整合的な理論だけだとその辺がうまく見えてこない。
重要なのは、そうした矛盾を減らしていく方向が良い方向だとは単純には言えないこと。
単純化すれば出すほうも受け取るほうも楽にはなる。「やった気持ち」にもなれる。でも、実践の助けにはならないというか、むしろ大きな穴を開けてしまっていることが多々ある。
いろいろな事柄は実践してみないとわからないので、つまりもっとも重要なのは、完全に手を止めてしまうような挫折を避けること。それ以外の失敗は、適切な視座があれば学びの材料になる。
奇抜なものの提示もある種の単純化と言えるだろう。
連ツイだと特に気にならないが、上のように並べると話題の飛躍がすごい
散らかすのは簡単、捨てるのも簡単。整えるのが難しい。
昨日の記事を読んで感じたことでもあるが、「これこそが絶対的な方法だ」と提示することで、苦しむ人を増やしている、ということがある。人は多様性に富むわけで、「包丁で刺したら死ぬ」的なことを除いて絶対的な方法などそうそうはない。というか、自己のテクノロジーを構成するものは絶対的な方法などないし、あるべきでもない、ということだろう。それはまさにアイデンティファイ(自己の構成)にかかわるものなのだから。Excelでショートカットキーを使えば作業効率アップ!みたいな話と同じレイヤーに置くことはできない。
自己の把握と進め方
自分がやっていることの観察(記録・メタ認知)、外部情報による問題と方法の認識、試行錯誤を前提とした実行。これらの相互作用を意識しながら、前に進めていく。
対象のことを知らなければマネジメントしようもない。それはセルフマネジメントも同じ。それを回避して「テクニック」だけで対処しようとしてもうまくはいかない。というか、テクニックがうまく運用できない。
自分がどういう状況にはまり込んでいるかは直感的には把握されず、内省を通してようやく可能になる。
書いた原稿が順番に並んでいるものと、章立ての構想はイコールではない。
Draftsと章立て案は別立てで管理しておきたい
意図の理解や想像力がますます成果物に影響を与えるようになる。小手先の効率化の重要性は相対的に低下していくように思える。
→現代におけるライフハックの意義とは何か?
ドラッカーの「知識労働者は自らのエグゼクティブである」という話があるが、生成AIの登場によって、その言葉は二重の意味を持つようになってきた。つまり生成AIを「使える / マネージできる」人でもある必要がある。もっと言えば、生成AIをうまく使うことを通して、自らをマネージせよ、ということでもある。 「読む」にさまざまな形があるならば、「書く」や「考える」にもさまざまな形があるのだろう。
書くについては読書猿さんが文章大全でまとめを試みているように予想する
考えるについてはどうか
読む本も、読むための時間も十分にあるのに本が読めないとき、
・体力・集中力がない
・焦りがある
といった観点で自身を検討したほうがよいのだろう。
タイムパトロールの隊員になる資格があるとすればなんだろうか。
小説が書けそう
困った人問題、を概念化しておきたいがなかなか難しい
org-modeや、Logseqの上記のような切り替えについての名称は存在するか?
workflow states / sequential states
ワークフローは「流れ」だし、シーケンシャルも「連続的」「続き物」の語感なので同一の語彙空間にある
これらの状態は、discrete なものではないわけで、そういうネーミングはフィットする
しかし、なんとなく最後の次に最初に戻るので「サイクル」と呼びたい気もするが、それはあくまで操作上の話であり、doneや読んだになったものが、あとで読むに戻ることはない。(別のタイミングでもう一度読むことはあるにせよ)
Tasksでは、workflow marker keywords という表現がある。 markerという言い方は適切な感じがある
preTagと呼ぼうと思ったが、目印という意味でmarkerがより適切かもしれない。
しゃれをきかせて、hookmarkerと呼ぼうか(hookmarkというアプリもあるけれども)
残っていると嬉しい記録をつけること
読み返したくなるように記録する
データベースの「データ」と、記録の違い
記録はデータとイコールではない
ツール側からみたときの「データ」が、自分にとってのデータとイコールとも限らない
そのわかりやすい例として、デジタルでつけていた一部の記録を紙に(具体的にはB5のルーズリーフなどに)つけることにする、というのもあるが、別に「アナログの方が良い」という話をしているわけではない。便利っぽさに引きずられているだけのようなものを再考して大胆に(しかし慎重に)改めたいということである。
設計しているときの自分、記録しているときの自分、その記録に後から触れているときの自分
FOSS tooling→Free(/Libre) and Open Source Software
筆者の要件
Markdown をサポートしていること
メモの管理と検索のために、Neovim をある程度サポートしていること
Linux で使用できること
Android で使用できること
デバイス間で簡単に同期できること
Git などで簡単にバージョン管理できること
オフサイトに保存されたデータを透過的に暗号化できること
メモは、事前に設定されたファイル拡張子を持つテキストファイルとして、任意のディレクトリに保存されます。私の場合は、以下のスニペットのようなテンプレートのみを含む、ランダムな名前のMarkdownファイルを生成しています。
code:.yaml
---
title:
date: <today>
tags: []
---
In short, to collect connections without an explicit intention, captured meaning, or statement of relevance is not knowledge production, and as a habit, it is even counter-productive: You make shallowness of work a habit and lower your skill as a creative knowledge worker in consequence.
(つまり、明確な意図、捉えられた意味、関連性の表明なしにつながりを集めることは、知識生産ではなく、習慣とすれば逆効果ですらあります。浅薄な仕事が習慣化し、結果として創造的な知識労働者としてのスキルを低下させてしまうのです)
A Zettelkasten should not only be a web of thoughts that you create from the bottom up of Zettels and their connection. Some sort of hierarchical structure is very useful. Luhmann himself needed to tackle this problem, too.
(ゼッテルカステンは、ゼッテルとそのつながりをボトムアップで構築する思考の網であるべきではありません。ある種の階層構造は非常に有用です。ルーマン自身もこの問題に取り組む必要がありました)
Whenever I write a new Zettel on the Zettelkasten Method, I make sure that I place a link to it on this Structure Note, or on a Structure Note that is itself referred to by the main Structure Note on the Zettelkasten Method.
(ゼッテルカステン法に関する新しいゼッテルを作成するたびに、この構造ノート、またはゼッテルカステン法のメインの構造ノートから参照されている構造ノートに、そのゼッテルへのリンクを必ず配置するようにしています)
In reality, even the semilattice does not capture what is really going on in the Zettelkasten. The right model would be one of heterarchy.
(実際には、セミラティスでさえ、Zettelkastenで実際に何が起こっているかを捉えることはできません。適切なモデルはヘテロ階層構造でしょう)
実用書・ノウハウ書を文芸的に書いている人は、逆に言えば、実用書・ノウハウ書を文芸的に読んでいるのだろう。
読了=>『転生したらスライムだった件16』