2025/4/2
今日作ったノート
ダンジョニウム
知的環境における〜〜リウムは何が考えられるか
じんぶん堂の新大学生に勧めたい筑摩書房の10冊
昨日の夜「シークレットNGハウス」を見終えた
Amazon Prime Video
結城浩さんが面白いとおっしゃっていたので観た。
面白かった。
ゆうゆうはくしょのあのゲームをちょっと思い出した。
幽☆遊☆白書を辞書登録した
ゲームマスターが設定したNGアクションを取ったらアウト。それを推測しながらゲームを進めていく。
人狼ゲーム的な騙し合いの要素もあり
他の人の生活ログを覗いてみると、みんな結構日常的に運動されているのがわかる
/inteltank/ナレッジワーカーの基本習慣「経験学習」
面白い。
自分なりにまとめみたくなった
https://gyazo.com/69f45b707a5d275582670867b0469f68
両方入っているあんぱん
ルーズリーフ、A5用のバインダーは持っているが、新しく買ってもいいかもとは思っている
すっごく高級なやつ
マルマン(maruman) ルーズリーフ バインダー A5 ジウリス 20穴 ブラック F289B-05
あるいは、Campusのノートのように使えるバインダーのA5
コクヨ ルーズリーフ バインダー A5 キャンパス ノートのように使えるバインダー 2×2リング グレー ル-NP134M
まあ、急ぎではないので気に留めておくくらいで。
「タスクリストに加えるでもなく、完全に手放すのでもなく、気に留めておく」という距離感での情報の扱い方
同様に「プロジェクト」というほどではないが、何か気になっていることというのはある。
ルーズリーフの運用もそうだし、プロジェクトをカードとして管理する、みたいな話しもそうだ。
一種のマターではあるが、喫緊の仕事というような感じではない。
それらと(それらの情報と)どうつき合うのか
『脳の本質-いかにしてヒトは知性を獲得するか (中公新書 2833)』のページに#脳にまつわる本リストというタグを付与した
この運用を考えたい
本にまつわるリストインデックスのようなページを作って、そこに次々並べていきたい
ちょっと冷静になろう。そのような本のリストと、自分の思考のトピックは共有できないかどうか。できたら嬉しいかどうか
2025/04/01 新社会人の日記|やまけん
あのキャンパスノートは、たしか捨ててしまった。いま思うと、すこし読み返してみたい気もする。あの時のリアルな感情は、あのノートにしか書かれていないのだ。
NHK英語
新しいシーズンの始まり
https://gyazo.com/614ceffeaae3bcd6304e1291bbbd088d
今のところ聴いている番組
ラジオ英会話
ニュースで学ぶ「現代英語」
ラジオビジネス英語
英会話タイムトライアル
2025年4月のKindle月替わりセールを漁る|倉下忠憲を書いた。
/anfieldroad/2025-04-01
自分の関心のあること「以外」を調べる経験が大切だ
なるほど。たしかに会社の仕事では、関心外のことを調べなければならない。
むしろそうしたことをしているうちに、自分の新しい関心に気がつくこともある
🔬日ごとノートの研究
#気になっている本の運用検討
凡庸性の帝国主義、あるいは幸福の平坦化について: 極東ブログ
若い人たちが「タイパいい」とか「コスパ大事」とか言うのも、効率的な最適解の幸福を追いかけてるってことだろう。AIが生活に入ってくる中で、そういう考え方が広がってくる。
凡庸さが徹底してると、画一性とも違うわけね。多様だけど、凡庸。というだけ。 AIが効率的な答えを出すたび、楽になり、本当に異質なものは不可視になっていく。それで幸福。不幸が見えないことは幸福なんだよ。あるいは、不幸というのは、メディアの向こうで見たり、SNSでリツイする「物語」なんだろう。
倉下が最近「幸福」という概念にイノセントな希望を抱けていないのはこの辺が関係している。
最大多数の最大幸福という功利主義への批判ではなく、そもそも「幸福の追求」が生にとって本当に大切なことなのか、という点が気になっている。
幸福な生活を送っている人は、自分が幸福かどうかなんて考えない。そこから幸福だと思わないような状態が幸福なのだ、という主張が出てくる。そうなると、たとえ不幸な状態にある人でも「自分が幸福かどうか」という思考を廃棄すれば幸福になれるということになる。実際、「ありのまま」を信奉する場合は似たような理路になるだろう。でも、本当にそれでよいと言えるのか。
ただこの「よいと言えるのか」が、何にとって、という前提があって、そこがいまいち判然としない
その人の生において? それとも人類として?
/choiyaki/20250331日誌
なので、1行目だけは日誌に残しておくように改良。
この方式を真似してみる。とりあえず昨日のノートの整理はそれにならった
現状はまだスクリプトは作らずに手動で行う。
どういう形になったら好ましいのかを実地的に確かめてからスクリプト化しよう
そういえば以前、違った形で切り出すUserScriptを書いていたのを思い出した
アイデアラインからページを切り出すUserScript
これに手を加えれば簡単に実装できそう
macOS Sequoia 15.4にアップデート
Apple Intelligenceが使えるようになった
スーパーで精肉を大量に買いこんできたので、ラップで小分けにして冷凍庫へ
毎年恒例のお皿をいただく
https://gyazo.com/1b63a36b3c72ed08115530b2a0d6fb58
2つのモードは一つである - Jazzと読書の日々
中動態モードの崩壊が加速して能動態モードが世界を覆っている。 「能動ー受動」で切り取るから「誰のせいか」と陰謀論が生まれる。 それが「科学的」と呼ばれる時代になってきています。
科学的な態度、出来事の「原因」を探ること。
『村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』4月 (NHKテキスト)』
ミルチャ・エリアーデ ヒエロファニー(聖なるものの自己開示)
コミック・リリーフ
そして彼は今その力を使って、不特定多数の人々が暗闇の中に無意識に隠しているものを、外に出そうとしている。それを政治家としての自分のために利用しようとしている。それは本当に危険なことだ。彼の引きずりだすものは、暴力と血に宿命的にまみれている。そしてそれは歴史の奥にあるいちばん深い暗闇までまっすぐ結びついている。それは多くの人々を結果的に損ない、失わせるものだ。
『ねじまき鳥クロニクル』第3部36章 蛍の光、魔法のとき方、朝に目覚まし時計の鳴る世界
「苦痛のない正しさは意味のない正しさ」
読了
/thinkandcreateteck/Evernote 10.133.2
Evernoteのタグ整理を実施。
さばの味噌煮を仕込み中
1時間ほどじっくり冷ましながら、味をしみ込ませていく
できた。
ブックカタリストの記事などは、以下のようにObsidianで空リンクを作ってから書く、という段取りになっている。
https://gyazo.com/51674fb912eb6363394a8f0e8f14bad5
先にリンク→ファイル→書く、という段取り
これは書く前から明確にタイトル=ファイル名をつけられる場合やりやすい
日に日に新しいアプリへの興味が薄れている
それよりも「プロセス」を改良したい
『不可能性の時代 (岩波新書 新赤版 1122)』を読みはじめた
理想→夢→虚構、ときてメタ現実の時代となるのかどうか。
〜〜〜以下、 #思考の断片メモ 〜〜〜
知的な活動をするためには、自分が知っていることだけに閉じこもっているのはダメで、新しいことを知ろうとしなければならない。
それと同時に、新しいことを知っていることだけで時間が埋まっているのはだめで、自分が知ったことについて考えるための時間も必要。
理想や展望や内省がまったくなく、ただ現実に対応するだけの生。仮にそれが、原始時代の私たちの生だったとして、そうした生き方が「正しい」と言えるだろうか。
いや、「正しい」を問うこと自体に、理想への眼差しが含まれてしまっている。
「ただ、ある」というのはそういうことだろう。それに向けられるあらゆる問いを前提の段階で無効化してしまう。
「ただ、ある」ということが良いことなんですよ、という主張はその意味で欺瞞がある。
生成AIは、答えを提示してくれる存在ではなく、共に答えを求めていく存在と位置づけておきたい。
ノウハウにおける理論と臨床
原理主義の極端な転向と、ある条件であればAだけども条件が変わったからBにするという変更との違いは何か?
基礎を固めることも、立ち止まって分析することも、より根本的に考えることもせずに、入ってきた新しいものに対応しているだけ。そういうことが繰り返される。
雰囲気ドリブンの仕事
「ぜんぜんわからない俺たちは雰囲気で株をやっている」
具体的な個々のメソッドが問題というもっと手前に、物事に対するアプローチが決定的に不足している
構造として「君はぜんぜんできない。私が答えを教えてしんぜよう」というタイプのノウハウはゴーレム効果を起こしていそう。
自己認識として「自分はできないやつだ」が刷り込まれる。
それでは自発的な問題解決能力は発揮されないだろう。
「できないやつ」にされてしまう。その状態が維持することも含めて。
たぶん、わかりやすいノウハウ書かつ押しつけがましいノウハウ書は、「できない人」を大量生産している気がする
あまたのディティールによって形成される細かいヒダを持つ想像力こそが大切なのだろう。
「想像力」が大切だと言われるが、どのような質の想像力が大切かなのかは議論されない。
でも、目の前の人間が(あるいはこの文章を読んでいる人が)憎悪を持って自分に敵対しているというイメージも「想像力」によって生じていると言える。
質を、問わなくてはならない。
読書活動、略して読活
〜〜〜ここまで〜〜〜
Go to the next day:2025/4/3
#ロギング日報