2025/4/15
今日は火曜日
本日はブックカタリストの収録
BC113 | 収録終わり
『転生したらスライムだった件13』を読み終えた
「思索を進める」ことだけを念頭に置くなら、行動的なメモ(日記的なメモ)は混ぜない方がよいだろう。しかし、ランダムノートの良さというものは間違いなくある。それは書き手目線でも、読み手目線でもあるはずだ。
しばらく続けてきて、なんとなく自分のやりたいことの感じが掴めてきた。全体としては自分の考えを進めることが中心となる。その際に、連続的な思いつきをグルーピングすること、考えたことを一覧すること、一行だけのメモをさらに別のメモへと変じさせること、といった手法がありえる。これらを整理してみたい。今まさに「デジタルメモ術」ができあがりつつある感触がする。(💡)
思考の道具としての、概念あるいはメタファー。(💡)
→思考の技能と道具
自分で機能をカスタマイズできるエディタ・アウトライナーがあったらさぞかし楽しかろう、という思いがある。🚀textManagerの制作は、その第一歩。いきなり満足行くものができなくても、何かしら手がかり、感触みたいなものを得たいと思う。 経験の少ない大学生、高校生時代に「自分の進路」を完璧に決定することは難しい。
大人ですら、経験の幅が狭いならば同様の問題を抱えている。
私たちは、私たちについてまず知らなければならない。それは自己の内面に潜り込む探究と、自分の日常の外に出る探索の二つの要素から成り立つ。
レコードプレーヤーが調子悪いので買い換えようかな。
レコードプレーヤーにあこがれがある。
体、みたいなものが関わっているから自ずとそれだけで自分の固有な何かがすでに備わっていると思うのは甘えなんじゃないかなとよく考える。
なるほど。
価値判断、それも微細な価値判断が固有性へと接続する
30歳を過ぎていまさら何言ってんだという感じですが、日本では16歳のときに文系を選択したら、基本的に物理学を一生知らないまま終えるんだ、と気づいてちょっと焦ってます。
もちろん、逆(理系の選択での知識の欠如)もある。でもってこの指摘の通りである。「基本的に」現代の日本社会ではそうなっている。物理学を学ばなければならない状態、というのはやってこない。「意識的に学ばない限り」が対になる概念だろう。学習というものの契機が、日常レベルで非常に希薄ということが逆向きに言えるのかもしれない。
デジタルにおいて「折りに触れて目に入る」をいかに実装するか
デイリーではなく、イヤリー形式で(つまりその年に書くことを一枚のノートにすべて集める形式で)書いている場合、そのファイルの一番上に折りに触れたいものを置いておけば、そのファイルを開く度に最初にその部分が目に入るようになる。ショートカットキーで「一番上に」「一番下に」の操作も楽
筆者は以下のようなものを一年ノートの上部に書いている
This year’s theme words (mine are Listen · Learn · Simplify · Serve) / その年のテーマワード
Inspirational quote (changed up every now and then) / インスピレーションと源となる言葉
Links to active project pages / アクティブなプロジェクトへのリンク
倉下のデイリーノートでは、一番上にタスクリストが並んでいて、思想的にはこれと同じ(もっと限定的ではあるが)
最近日ごとノートの一番下に考えたいことを置いたり、[⛳️ pin]でやろうとしてることも同じ。
数日前、反腰解消のために、できるだけお腹に力を入れて過ごすことにするをページの上部に置いておいたとき、ときどき目に入って思い出してこれはなかなか良かった。
著者は、デイリーベースの場合「ダッシュボードがある場所へのリンクをデイリーノートテンプレートの一番上に置くことをお勧め」しているが、これはうまくいかないと思う(経験則)。クリックしてまで見ようと思わないから。command + clickならば別かもしれないが。デイリーファイルを新規作成したときに、同時にそれ用のウィンドウが開く形がよいと思う。
この問題は引き続き要検討。
たとえばデイリーではなくウィークリーで記録するならば「その週、自分の目に入れたいこと」はそのノートの上部に書いておけばいい。しかし、記述量が多いとウィークリーの運用は難しい。なので考えたいのは、デイリー形式でかつ「一日よりも高い視点」で目に入れたいものをどう「折りに触れて目に入る」ようにするか、ということ。
紙の手帳ならば最初の方のページに書いておくと似たような効果が得られる。
デイリー方式だとついついデイリーの「外」に出ないので、「折りに触れて」性が弱まるのが問題だな。むしろちょいちょいhomeに戻ることは悪いことではないと言えるのかもしれない。
外部性に向けて開く
Hookmark的なもの、自分で作れないか?
指定したフォルダにあるファイルをインデックスして、そのインデックスを検索できるようにする
spotlightでは手が届かないようなことができるかもしれない。
保存することよりも、書いて頭を整理することが重要なのである、という主張
その通り
他の人の原稿をチェックするときに、自分は何をチェックポイントとしているか?
読んでみて、つまったところ、読みにくかったところを確認するのが起点
その後、文法や言い回しの適切さ、二重の読みへの配慮、「言いたいこと」を言えているかの確認、表記の揺れみたいなことを確認している気がする
日ごとノートから切り出すときにカットしているが、コピーでいいのではないか、という気がしてきた。
日々のメモは書き捨て
保存するためではなく、捨てるために書く
ファイルへのリンクと、テキストが共に並ぶようなものがいい
その意味で、Bikeはいい線をついている
VS Codeなどのモダンなエディタでは、ある関数の中身を見ているときに、その関数の名前の部分が固定的に表示されている。(💡)
https://gyazo.com/df85a245d54bc29d58687b4f6ee3b081
これと同じような発想でデイリー、マンスリーを扱いたい気がする。
アウトライナーでデイリーにフォーカスするとデイリーよりも「上」は見えないが、しかしそれは週の一部でもある。そのとき「週部分の重要なもの」が上部に表示されて、その下に「デイリー部分」が続くという形。
紙の手帳でも、上部で週が固定され、下部はデイリーをめくっていけるというのがあったが、ビューが単一の視点で固定されていなければならない、という理由はどこにもない
現状のアウトライナーで、まずそういう運用を意識してもいい。
たとえばこういう形。
https://gyazo.com/d1e9710bc2a2933e9dc42d8e129b29f0
@emiemi14: 認知行動療法の原点は「歪んだ認知を正す」でも「適応行動を学習する」でもなく、協同的関係におけるセルフモニタリングスキルの獲得に尽きます。本WSの前半では、そのあたりの話を熱く語る予定です。 セルフモニタリングスキルは、セルフマネジメントの基本中の基本。
僕たちは自分自身についてもよく知らないが、他の人の生活もよく知らない(💡)
生活を共有している人の生活は少し知っている(それでも少し)
仕事(職場)を共有している人の生活も少し知っている(それでも少し)
それ以外の生活はほとんど知らない
ドラマなどで構成されたものがほとんどだろう
たとえば家の中で自分が「お父さん」だとして、その家の中にはお父さんは基本的にひとりしかない。他のお父さんがどのような生活を送っているのか(お父さんとしての生活やそれ以外の生活)は知る機会は自然には生まれない。
生活を構造化する(💡)
生活に何かしらの秩序を与えること
指針=>自分が記事に書いたこともカード化して保存しておくようにする
だいたい似たようなことをやっている感じもある