2025/3/18
ためしに、昨日から項目を引っ越ししてみるテスト。
昨日の項目の整理
いくつかのページを切り出した
上の項目もやはり切り出した方がいいのだろう。
リンクを目に留まる場所に置いておく、というくらいでいい
気になりすぎる
問題はタイトル。
Todoist は 2023年 から *大きく* 変わりましたというメールがきた
できれば大きく変わらないで欲しい
おそらく副詞を前に持っていってしまう手癖がある
これはしょっちゅうある
日本語は語順にそこまで厳密でないのでまあ通じる
でもまあ直した方が誤読可能性は減らせる
おそらくChatGPTなんかは「成果物」(直された文章)を学習しているはずなので、この辺は正確なのではないか。
「書きながら考える」スタイルだとばんばん出てくるので、書いて→手直しというのがいい
他の人の文章を写すときに、自分の癖がわかるというのは、社会学・文化人類学的な視点と重なるところがありそう
単純作業+ラジオ英会話
聞けるが、頭にはぜんぜん入ってこない
上の二つは箇条書きを使っているが書きかたが逆になっている。
上は、タイトルっぽいもの+コメント
下は、出来事+メタ情報
アウトライナーを使っているとこれを統一したくなる気持ちが出やすい
たぶん揃えずに、書きたいようにまず書き出してしまうのがよいのだろう。
https://gyazo.com/3365b27d3360910cceb003638efd4e3a
しばらく新書を買い控えしていたら、きちんと「これから読む本コーナー」が空いてきた
読めば未読本は減る
買うと減っているように感じない
これはタスク運用の話で考えるとわかりやすい
まあ新書以外は増えているわけだけども
ちょこちょこ買う方式だけでなく、上のようにしばらく買い控えて本棚のスペースを空けていき、空いたところで一気に買い増すという方式も(原理的には)ありえる
がんばりすぎて疲弊した状態から回復するためにがんばる、という奇妙な構造がある
そしてそれは非常によく起こる
なにせ「がんばりすぎる」という傾向がそれを引き起こしているわけだから
「傾向」をゆさぶる何かが必要で、多くの場合それは他者であり、医者である。
「者」がつく職業は他に何かあるだろうか。
→本日のエッセイに書いた
しかしアンと彼女の父親への敬意を十分に払いつつも、ウルスラ・フランクリンこそが知識人のためのハロルド・イニスだと言える。彼女は輝かしい科学者であり、活動家であり、コミュニケーターでもあった。フランクリンは生涯をかけて、技術について最も重要なのはその機能ではなく、それが誰のために働き、誰に対して作用するかという考えに捧げた。 メタクソ化の技術的なメカニズムは何か?私はそれをいじり回し[twiddling]と呼んでいる。デジタルビジネスは、そのプラットフォームを支える驚くほど柔軟なデジタルコンピュータのおかげで、無限の可変性を持っている。つまり、企業はビジネスの根本的な側面をコントロールするつまみを自在に操作できるのだ。ユーザが企業と関わるたびに、すべてが異なる。価格、コスト、検索ランキング、レコメンデーションはユーザごとに操作される。
ソフトウェアの柔軟さの逆側の側面
法学者のヴィーナ・ドゥバルは、債務を抱えた看護師の賃金を抑制するこの種の操作に「アルゴリズム賃金差別」という名称を与えた。これはギグエコノミーに付随する現象だ。
この戦術には名前がある。図書館員のフォバジ・エッタルが「職業的畏敬」と呼ぶものだ。使命感と誇りへの訴えを利用して、労働者により長い時間、より少ない報酬で働かせる手口である。
いつでもカエドキプログラム
妻より僕の方が先に端末を返却したのに、通知は妻の方が先に来た不思議
ちゃんと返却できているのは不安である
icloudのメールアプリの「迷惑メール」に分類されていた
きゅうりを塩もみした
わかめとかんたん酢と合わせる
ブックカタリスト収録
終わり
「書く人たちのほどよいコミュニケーション空間」というのが現在のロギング生活術(その他さまざまな呼称あり)の感想
カレーのサイト
個人的サイトの復興において鍵を握るのは、場所(ドメイン)、中身(コンテンツ)、制作(コーディング)の三つだろう。
キュウリがあまったのでキムチにした