2025/3/17
ラジオ英会話(のどれか)
for your consideration→ご検討頂くために(ご検討お願いします) #英語学習
consideration にはたとえば review とかも入る
耳からの学習
耳で聞いたものを、自分で手で書いて復習するというのはいいかもしれない。
なにせ書かないと、手元に記録がないわけだから(テキストを買っていないので)
ノートや手帳を使わない人は、こういうちょっとしたことを書くための「場所」を持っていない
壮大な話じゃなくていいのだ。ちょっとしたことを書ける場所を持つこと。
それがデイリーページの大きな役割、というのは今週のメルマガでも書いた。
#気になっている本
『部下をもったらいちばん最初に読む本』  
Audible版があるな
『面識経済  資本主義社会で人生を愉しむためのコミュニティ論』
わりと面白そう
『読みだしたら止まらない 超凝縮 人類と経済学全史』
知の技法と思考の技術にはどのような関係があるか。
関係(コンテキスト)、プロセス、システム、パターンにはどんな関係があるか。
有限化、分解(細分化)、俯瞰、演繹、敷延、統合、弁証法、帰納、アブダクション、方法的懐疑
時間、空間、視点、文脈、構造、歴史
シェイク、スイング、ツイスト、ジャンプ、
階層、階層の移動、ツリーとネットワーク、リゾーム、タイムライン、アウトライン、
カード、ノート、リスト、ボード、マップ
オブジェクト、サブジェクト、カテゴリ(アリストテレス)
計画、目標、自己のテクノロジー
こうした用語が自分の中でどのような概念空間を形成しているのかを一度整理してみたい
それに適したツールはなんだろうか?
マインドマップよりは、標準のフリーボードなどが近いだろう
一つのこと、をそうとう大きな幅で設定する
手書きノートでもいい。
上記のような、自分がこれまで学んできたり考えてきたりしたことを、「一堂に会する」ときにどういう形式で記述、表現すればいいのかの手持ちの札がない。少なくとも、そういう話しを直接教えてくれた人はいない。グラフビューなどではきっと機能しないだろうことは予想できる。何かしら「年表」に似たようなマッピングの表現の発明が必要ではないか。
この書き込み自体を毎日次の日に持ち越して、何か書き足していく?
一つのページに切り出せばいいわけなんだけども。
ある日の書き込みを、バックアップしていく(gitのように)?
一つだけ「考え事」を毎日持ち越していく、というスタイル。
企画案の翼を拡げる / デイリーノートとブログ / 生活をゆさぶるが配信された
パンくずリストならぬ、パンくずハッシュタグ→マーキングタグ
デイリーの中でとりあえずつけておいて、後からそこを引っ張り出せるようにする
足跡を残す
/amayadori/2025-03-16 気になる灰色、よい読書、まとめたりほぐしたり
「分類する」ことで「同じか違うか」を分けていったはずなのに、分類したものをもう一度分類する時に違うと思っていたもの同士のあいだにあるつながりがむしろ見えてくるのが面白い。
そこには「違うもの」と認識しながらそれぞれに付き合った時間が必要だったんだと思う。
すてきな文だ
すぐにどうこうせずに、しばらく漂わせている時間が大切。
時間のかかる変化。「入る」ではなく「しみ込む」
トップダウンとボトムアップの違いは、かかる時間と手間だろう。t
今回のAudibleはそこまで焦って聴こうとはしていない
前回は、思春期の男子高校生並にがっついて聴いていたが、今回はまあ聴けたらいいかな、という感じ
あるていど「わかった」感じがあるのだろう。
英文は、聴くときは止まってくれない #メルマガネタ
流れ続けている
いちいち日本語にしていられない
妻がホットスポットを見つけていた。
「なんかこれ、バカリズムの脚本っぽい?」と聞いてきたので、そうだよと答えておいた
なんというか、彼らしい脚本の文体があるのだろう。
皮肉な内面語り(モノローグ)が多い、というのは特徴的かもしれない。
まだ見ていないし、たぶんしばらく見る余裕はない
知識の整理は、デイリーへの書き出し→リンクや切り出し、というのでできる。
しかし、知識の整理だけでは足りない。
それを補う方法を考える必要がある。
やすりがけモデル
🔬日ごとノートの研究
ATMとかでめちゃくちゃ長い時間を使って、すごい長い列ができているのに、何一つすいません的態度を取らずに帰る人を見かけたときに心の中に情動が起きたら、「ああ、今自分は原始的な怒りを感じているな。共同体の輪を壊すものを罰する遺伝子が働いているのだ」と解釈するようにしている。
情動が起きていることを否定する必要はないし、それを「正当な怒り」だとする必要もない。
たとえば、今この部分を書いているときに、下の方に次の日のリンクがあるのはすごく不自然な気がする。
だってまだ次の日は存在していないから(到来していない、くらいでもいい)。
現状のように、hrで区切ってあったらその不自然さは緩和されるだろうと予想する。
あと、「〜〜を覗いてみよう」というのは呼びかけであって、何か次の日のリンクが明確に居座っているというのとは違う気がする。
デジタルテンプレートが、使用者にもたらす心理的な影響とは何か?
という問いがここから立てられる
ライフハック≒自己のテクノロジー
キャッチボールからはじめる | R-styleを書いた。
わりと最近、似た話を書いている気がする。
適切に編集が行われているYouTube番組を見ていると、テレビ番組とは何なのかということを考えたくなる
特に、テレビのディスプレイでYouTubeを見ると、その感じがかなり強まる
「知の営みとしての数学」の本棚
Cosense本棚プロジェクト
ためしに月ノートに、17日までのリンクを置いてみた。どうなるかチェック。
関連ページは思ったほど多くはならかった。
それぞれの日付のページから切り出されたページが表示される。
それはそう。
切り出したページは、特別な重みを持つページではあるので、理にかなった形ではある。
切り出した際に、from 日付、の記述を削除しているとここでは表示されない(共通のリンクがなくなるから)
https://gyazo.com/98e96ba9bb5337c08e6a8db648938745
こういうのは無意味だが、これは2/28が3月のページ内に含まれていないから。
それ以外の日がこういう形で表示されることはない。
テーブルにつっこんでおいた
(画像だよ)
https://gyazo.com/83294cddb0bfa4d4ca2b98babab2f22b
それぞれの本のページに、読了の日付がリンクで入っている場合、月ページではこういう感じになる。
https://gyazo.com/716aa74db167fbd5818113abbb1fec24
何日に言及したのかがわかる(何において言及したのかまではわからない)
新しいポッドキャストを知る
よくわからないデザインと工学 • Spotify for Creatorsのポッドキャスト
まだ訊いていない
終わった階層は深くてもいい
「あとでやる」は「今はやらない」 #メルマガネタ
リストを作る、一つの意義(すべてではない)
どんどん「今はやらない」に送り込んでいく。
捨てないで捨てる。
人間存在は有限で、時間は何もしなくても流れていく。
だから気になることが多いときに、「今はやらない」という(ある種、未使用と同じような)場所をつくり、そこに送り込んでいく。
ほとんどしない(関西人のいけたらいく的な)という扱い。
それによって、救われるものがある。
「そんなことでは生産性があがらないでしょ」という批判には、生産性を上げるためにやっているわけではない、と反論する。
生きるために、切実な何かを達成しようとしているのであって、生産性はその目的に役立つ限りにおいて活用されるものでしかない、というスタンス。
こういう感じの書き込みで、原稿も進むと良いのだが……
Getting Things Done with Things 3を読む。
農家さんから買った玄米を精米
https://gyazo.com/f79b8587ec848ea14433203d45ff302f
夕食は買ってきた唐揚げ弁当
半額だった。
Go to the next day:2025/3/18
#ロギング日報