2025/3/16
知の技法、思考の技術、表現の(?)
どのような構図が描けるだろうか
まずは昨日のページの整理から
本のタイトルをリンクにする
実体ページもつくる
切り出せる、あるいは追記できるページの処理
わりとうまく整理できた気がする
もともとの記述はまるっと消え去った
ログを意識するならば、移す(つまりカット&ペースト)ではなく写す(コピー&ペースト)の方がいいだろう。
ページの切り出しが終わってから、ロギング日報のハッシュタグをつけることにする
一週間分のページをまとめて処理するのはたぶん結構たいへん
一日に一つ(前日分)、せいぜい2〜3くらいに留めておくのがよいだろう。
無理だったら処理はしなくていい、のマインドセットで。
infoboxへの指示はいったんリセットした。
ピンポイントで狙おうとするほど混沌としてくる
アイデアというものの不定形さがよくわかる。食事の話題はまず間違えないのに。
切り出せるほどではないが、しかし後でみたいかもしれないものは
1. マーキング用のタグを付けておく考え事とかそういうの
2. 文章のどこかをリンクにしておく
3. 専用の別ページにまるっと切り出す
4.今日考えるなら今日のページにコピペする
5.たまたま再会できる日を楽しみにしておく
すでに考えることはいっぱいあるのであった、完。
という感じだろうか。
今日は冷蔵庫のうどんを使い切りたい→使い切った
ふたつ思ったことがある
一つは、自他の非対称性。他人には言わないような考えを自分には抱いてしまう、ということ。もちろん、そういうことは起こりうるが、判断の基準が自分にだけ特別に厳しくなっていることは要注意のサインでもある。
もう一つは、考えすぎると自罰的になっていくので、うまくやらなきゃなぁとは思うという部分。まさに、という感じ。
自分を罰する理由は、いくらでも考えられる。考えれば考えるほど、その理由を収集できる。
問題は、そうして罰することで何が生まれているのか、という観点。
「よし、次からは気をつけよう」くらいの行動の変化が生まれているならば好ましいと言える。ただつらさが増しているだけならば、好ましいとはいいにくい。
思考の技術の一つは、どこかのタイミングで考えることを切り上げることだと思う。 ああ、このままいったらまずいな、と察知できたらそれ以上つっこまない。
捨てる技術
書き出したり、リストを作ったりして忘れるのもそうした技術の一つだろう。
「考える」ことはそれ自体が善ではない。薬などと同じで、考えすぎることは毒になる。
思考の徹底的な追求が「真実」にアクセスすることを保証することはない。
思考は、生物のもっと言えば、脳の一動作に過ぎない。
未読だけども、『幸せになる勇気』では似た話が展開されているのかもしれない。
「いま、ここ」に集中するというのも思考を切断する技法である、
僕は積読肯定派だけど、こういう話もよくわかる。
それ以上に検討過程が面白い。
自分自身の性質を、あたかも観察者のように観察し、その対策を考えること
ライフハックの基本だ。
あとで図書館に行こう
郵便局にも行かないと
あとで試す
小説は書きたくなったら、書きどき
すごく前にも読んだけど、もう一度。
Textboxの改築
これまで書誌情報だけを扱っていたJSONにその本の感想も書けるようにした
https://gyazo.com/bad3a32b7e3b19454d1edf8962e3e5fd
実際に使うかは、試してみて考える。
新たに欄を追加したので、更新ボタンの位置が気になるが、まあよし。
そりゃそう
https://gyazo.com/d1336f7395c24edb3cbf51ef6a6ecd80
人間は環境によって形成される
まともではない社会では、それに最適化された人間ができあがる(あるいはその可能性が非常に高い)
たとえば、まともではない会社において、ある人がまともさを保持していたとしたら、それはもう偉業だと言える。
それはけっして当たり前のことではない。
かなりしんどいことであるのもたしか
自責の傾向は、まさに傾向なので、一度の思いで書き換えられるものではない
認知行動療法のように少しずつ考え方の向きを修正していくことが必要
逆にチョー楽観的な人が慎重になるというのも一度の思いで書き換えられるものではない
KW手帳の運用
https://gyazo.com/eccf9de35f15c8131a625f2b5340fa6a
どのように移行するのかを検討する
基本的にデジタルでデータは管理したいわけで、こういうノートは「万年筆で字を書く用事」を作っているのだと言える。
ただし、英語の勉強は除く(手で書くことが記憶には非常に大切)
日記であれば、少なくとも毎日何かしら書くことがトリガーされる。
それは悪くはないとは思う。
体調の記録など?
運動の記録など?
楽器練習の記録など?
「知をわたるためのノート(手帳)」があるとしたら、それはどのようなものになるのか、という問題設定
ルーズリーフに移るなら、A5よりはB5の方がよさそうではある
ジウリスを試してみるかどうか
ライフ ノーブル ルーズリーフ
妻制作のペン立て
https://gyazo.com/589652fdc4bd333dc6b17692e601fca5
「コルクボードにペンを置くところがあったら便利そう」と言ったら、即座に作ってくれた
生成AIの課金利用で明確なデジタルディバイドが生まれている気がする。
避け難く断絶が生まれる。
登録作業
無罫(むけい)を単語登録しておいた
お義父さん、お義母さんも登録しておいた
日記を書くときによく使う
テーマを持つこと、目標を持つこと
「三ヶ月くらいの図書館の利用では、〜〜を中心的に読んでみよう」というようなことを決めることが多い
自分の中では目標を決めている。そこに向かって進んで行くぞ、というイメージ。
そこから外れてもいいが、大きくはその方向に向かって進むという感覚
そうしたものがまったくないと統制が採れない
かといって逸脱できないとコントロール感が失われる
タスクリストがもし完全に与えられるものであり、実行(達成)以外の関与ができないとしたら、どんな気持ちがするだろうか。 #ネタ帳 10冊とは言わなくても、木村敏『異常の構造』は読んでほしいと思います。一人一人の精神の健康は常に脅かされていること、それだけでなく自分が「当たり前だ」と思っている考え方の基盤が思っているより脆弱であることに気づかされる一冊です。
@nichijo_712: また井上 忠司『「世間体」の構造:社会心理史への試み』もおすすめです。常識を疑え、と言われる今日の日本社会ですが、依然としてその再構築された姿ばかりを各自に求めることに変わりはありません。そんな社会に身を委ねることの不安は、新しい生活を送る方々にあるのではないでしょうか。 @nichijo_712: それと、霜山 徳爾の『人間の限界』もおすすめさせてください。新書のボリュームでありながら、その示唆するものは海のように広いと思います。 気になった本
木村敏『異常の構造』
井上 忠司『「世間体」の構造:社会心理史への試み』
霜山 徳爾の『人間の限界』
上のような情報は、別にどこにあっても問題なく機能する
Cosenseでも、WorkFlowyでも、Notionでも機能する
なんでもいい
自分の中での大きめのプロジェクトは、最初に目論見を書いておく
https://gyazo.com/dc2ecf856ee2f3cf0c061eb2291fbf68
細かいプロジェクトまでこんなことはやっていられないが、考えることややることが多いときはノートを作る。
Cosenseでも別にいいが、今回はObsidianにした。
このファイルも、最終的にはTextboxで運用するようにする。
ちなみにObsidianでは、すべてが「ノート」という認識なので、typeは(project noteではなく)project になっている
スレッド式に追加した部分の「上」に、そのページのまとめを書いてみた
わりといい感じ
スレッド部分は多様な話が拡がっている(リゾーム)
上部は内容のアウトラインになっている(ツリー)
二つが組み合わさるとき、大いなる扉が開かれん(古文書風)
過去と未来と非対称に捉える
過去は「そうなっているのは仕方がない」と捉える
未来は「今の自分の行いで変えていけるもの」と捉える
完全な運命論は、努力や工夫の動機づけを減退させる。かといって、完全な自由論は個人があらゆる可能性を取れるとすることで、際限ない責任を発生させる。
「過ぎたこと」と「これから起こること」を同一の原理で捉えないという考え方はどうか。
めちゃくちゃ基本的な講座を作成中
https://gyazo.com/47db398c8b9f6f4ab199982469fb41e0
このまま、市民講座とかできそうなほど。
マネジメントの優れた指南書はいくつもあると思うけど、けっこうな頻度でやばい上司を見かけるのはなぜなんだろうか。
指南書を読もうとしている段階で、自分のやり方は適切なのか、足りていない部分はないかなど、学びについての開かれた心があることになる。
本当にヤバい上司は、自分のやり方ややっていることは正しいと信じているので、そもそも本を読んで学ぼうという姿勢がない。
優れた指南書がどれだけあっても、交わることがない。
ちょっと残ったので明日のお昼に