ブックカタリスト039回用読書メモ
title:現代のインターネット環境と退屈の哲学
「どう生きるのか」→「どう時間を使うのか」
3つの本を取り上げたい。
しかし、前提の認識もある。
情報の濁流
「退屈とは何か」という自問をしたことがあるか?
ネオリベラル的退屈
「熱狂的な自己消費につながる形で閉じ込められ、潜在的に依存している」
「足場組み」で対抗
パスカル
「広漠たる中間」における気晴らしとしての「何かをする」
やがてそれも無意味に感じ「倦怠」(アンニュイ)になる
アンニュイは、退屈のニュアンスもある
「なんだかなぁ」という気持ち
ここから「哲学」が始まりうる
ハイデッガー
「退屈への正しい態度は厳格な陶酔である」
退屈の哲学
ウィリアム・モリス
共産主義社会でどう生きるのか?
「革命が到達すれば、私たちは自由と暇を得る。そのときに大切なのは、その生活をどうやって飾るかだ」
モリスが考える「ゆたかな社会」
人々が暇な時間のなかで自分の生活を芸術的に飾ることのできる社会
アレンカ・ジュパンチッチ
相対化した価値観の中で「生命ほど尊いものはない」しか言えなくなってきている
当たり前すぎて、人を奮い立たせる力はないメッセージしかない
人は「打ち込みたい」し「没頭したい」
ショーペンハウアー
キルケゴール
ラッセルの幸福論
社会をより豊かにしようという目標がある方が幸福
実際に豊かになってしまったら?
豊かさについて
豊かな国のものとでは人は金銭的な余裕と時間的な余裕を手にする
「何もしなくてよい時間、すなわち暇を得る」
その時間に何をする?→好きなことをする
それは「願いつつもかなわなかったこと」か?
ジョン・ガルブレイス
現代人は自分が何をしたいのかを自分で意識することができなくなってしまっている
暇のなかでいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきか
パスカル
人間の不幸は、部屋でじっとしていられないがために起こる
ウサギ狩り
欲望の対象と欲望の原因
気晴らしは熱中できなくてはならない
退屈する人間は苦しみや負荷を求める
ラッセル
日常的な不幸は、原因が分からない。
ラッセルにとっての退屈
「退屈とは、事件が起こることを望む気持ちが挫かれたくじかれたもの」
事件は、昨日と今日を区別するもの。
「一言で言えば、退屈の反対は快楽ではなく、興奮である」
苦しさであっても構わない。
積極的に楽しさを求めるのは難しいこと。
問題は、いかにして楽しさを得るのかではなく、それを求められるようになるのか
ラッセルの結論
「幸福の秘訣はこういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味をふく人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できるかぎり友好的なものにせよ」
スヴェンセン
ロマン主義のせいで退屈が人々の悩み事となった
人生の充実を求めるが、それが何を指しているのかはわからない。
かつて人生の意味は集団にあった
平等が実現すると他人との違いを求める
退屈の系譜学
定住生活 近代以前からの退屈 認知活動の過剰
暇と退屈
客観的な暇、主観的な退屈
ヴェブレンの有閑階級論には破綻があるが、彼らが暇を生きる術を知っていた、という視点を与えてくれる
暇と退屈のマトリクス
贅沢と浪費と消費
消費社会に促され、消費社会の論理にしたがったまま消費社会を拒否している。
ヘーゲルとマルクスの労働観と疎外
必要なのは、労働時間の短縮
暇なき退屈
消費と退屈の悪循環
ブルシット・ジョブ
ハイデッガー
哲学とは
「哲学に関してどんなに広範囲のことを扱ったとしても、問うことによって私たち自身が感動させられているのでないならば、何事も理解はできない。結局はすべて誤解にとどまる。
退屈の二分類
何かによって退屈させられること(退屈の第一形式)
くずつく時間による「引きとめ」
空虚状態
物が私たちに何もしてくれないこと(私たちが期待するものを)
何かに際して退屈すること(退屈の第二形式)
パーティーの際の気晴らし
むしろパーティー全体が気晴らし
自身が空虚になる
退屈の第三形式?
なんとなく退屈だ
自分自身に引きとめ
自由へ至る道
動物と環世界(Umwelt-ウンベルト)
ユクスキュル
環世界移動能力
決断せよ、とハイデガーは言うけれども、
決断は、心地よい奴隷状態
「生産性という近代的概念が、実際には生態系の自然な生産力の破壊n枠組みになっていることが多いのはなぜだろうか?」
有用という概念の狭小
「理想的な公共空間では、私たちは行為主体性(エイジェンシー)を持った市民としてみなされる。それが公共空間もどきだと、消費者か、その場のデザインを脅かす存在かのどちらかにしかならない。
「自分の個人ブランドが成長するようすを監視する暮らしを続けるうちに、なんでもないことに時間を費やすのは正当化できなくなり、時間はすべて経済資源となる。
「セルフケア」だが、それすらも消費主義に飲み込まれる。
成長レトリック
維持(メンテナンス)やケアも本来は生産的なはず。
デジタルデトックス
「距離を取る」
離脱することなしに、自分だったらどうしていたかをつねに意識して、部外者の視点で考える行為
ディオゲネスの拒絶
第三の空間
二項対立の手前で「考える」
「別の価値基準に到達するための魔法の脱出口」
代書人バートルビー「しないほうがよろしいのです」
注意は、私たちが切ることができる最後の切り札かもしれない。
注意を維持するには、対象に見るべき何かが含まれていると想定しなければならない。
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