属する文化の計算可能性
結果としてAIが普及し、絵も対象に含まれている事実には長い経緯を伴うという認識だが、社会反映論の落とし穴も念頭に置く必要がある ある作品(群)が一定の特徴的なパターンを備える要因を説明するには、その作品(群)が属する文化的カテゴリーの事例群とその歴史的変遷を十分に知ってさえいれば、同時代の社会的・政治的状況や特定の集団的メンタリティ(たとえば「民族性」)などといった大げさな事柄を持ち出すまでもない
それを踏まえて、
生成できるのは対象のカテゴリー、範疇、ジャンルが、事実として計算可能だから
描く=計算可能な性質を備える
光源に対応する影の落ち方が計算不可能だったら3DCGなんて成立しない
長い間、絵を現実的な品質で計算するなら人力だった
特定カテゴリーの計算方法もネットの講座で把握できた
それらの講座がどれだけ絵の本質、真理に近かったかは不明瞭
人気のある講座、というものが存在する
ある文化のスタイルを持つ絵は現実的に計算可能だったことがAIで知れ渡った
二次元美少女とか社会に広く通用するものでもないが、それと同じジャンル(属する文化)の絵が生成されることはとても多い
精神がないAIが、人間より安定して特定のスタイルで出力できている
人間も、手続きどおりに計算し、互いに交換可能なほど同様のものを描き上げてきたことが根底にある 外部から要求される状況では精神が不要になる
クライアントの指定は精神と関係なく守る必要がある
フォロワーもクライアントの一種
原稿料の代わりにいいねやフォロワー数がもらえる
きれいな絵は、きれいであれば要件を満たす
写真もよく何らかの加工が施され、きれいになる
オーロラが鮮やかなのは撮影しているから、を思い出す
TVやガイドブックで見る赤や青のオーロラは、特殊なカメラやフィルムを使っていて
対外的な要求を満たすための絵は、あなた以外でも計算して描ける
あなた以外に外注できる
あなたの、いち作り手として求めるものも、外部から容易に満たせるものではないのか
これまでの投稿一覧が証左になる
イラストレーター名が2者間で取り違えられたとして、どれだけ気にされるか
くらいのことは思っているmk.icon