2-3.再現可能性要件(発明の定義から)
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発明の目的(課題)・構成(解決手段)・作用効果が整理されると、自ずと発明のなんたるかが見えて来るはずである。保護されるのは発明が採用した解決手段にあり,それは、発明の効果を得るための前提となる具体的手段であって、それこそが、発明の構成ということである。
保護されるべきは発明が採用した解決手段にあり、という視点からすると、発明の目的(課題)・構成(解決手段)・作用効果のうち、「構成(解決手段)」を発明特定事項として記載するという点は、クレーム作成の基準として、理にかなっているし、目的(課題)・構成(解決手段)・作用効果のうち、目的(課題)・作用効果が主観的な側面を有するのに対し、構成(解決手段)は客観的であり、第3者の予測可能性にも応えることができる点でも、構成により発明を特定することが望ましい。
しかし、実際には、人によりまだ把握にばらつきが出る。それは、何をもって、発明の「構成」とするのがよいのか、各人でその概念が異なるからであろう。そこで、発明の構成とは何かを検討してみる。
まず、特許法2条1項でいう「発明」の定義から発明の構成というものを考えてみよう。発明の定義からすると、発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」である。では、発明の構成として、どのような自然法則を利用し、どのような技術的思想の創作かを明らかにし、どのような高度性をもつのか、を明らかにするということなのか、というと、そうではなさそうである。
どの公報をみても、「・・・法則」というように、自然法則が書いてあるクレームはない。それを書くことは、禁止されているわけではないが、発明者が常にどのような自然法則を利用しているか、認識しているとは限らないし、法上は、結果として自然法則を利用していれば良いことになっているから、どのような自然法則なのかを解析する必要はないし、あえて、自然法則自体を書く必要はない。
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次に、 「発明」が、「技術的思想の創作」である点に着眼してみよう。「技術」とは、一定の目的を達成するための具体的手段である。そして、技術といえるためには、「反復可能性」を必要とする。判決でも「『発明』は技術的思想すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当」(最高裁昭和52年10月13日判決 昭和49年(行ツ)第107号 審決取消請求上告事件)とされ、「反復可能性」が必要とされる。
ここで求められるのは、発明の効果を反復して提供しうることであり、換言すれば、同じ作用効果を再現できる再現可能性である。発明特定事項として特定すべきは、そういった技術効果の反復可能性、再現可能性を導く要因となる「構成(解決手段)」であり、それは、原因・結果の因果関係から自ずと明らかになる。
したがって、発明を「効果」で特定してはいけないことは、容易に理解されよう。反復可能性、再現可能性は、当該「効果」を再現するためにどのような条件が必要なのかという問題であるところ、「効果」をもって規定してもその効果が得られるような発明の再現が担保されないからである。
なお、発明は、「自然法則を利用した」技術的思想の創作であり、自然科学上の因果律に従っていることが必要であるから、この観点からも、反復可能性(再現可能性)は必要となる。このように、その因果律は自然科学上のものに限定されるので、単に反復可能性があるからといって、いわゆる「ビジネス方法」などの人為的取り決め自体は保護されない。ビジネス方法は、ソフトウェア関連発明としてその実現に「自然法則」を利用しない限りは保護されない。よって、発明特定事項には、それが自然法則を利用していることをうかがわせる表現を含まなければならない。
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ところで、一般的に「構成」とは、『いくつかの要素を一つのまとまりのあるものに組み立てること。また、組み立てたもの。「国会は衆議院と参議院とで―されている」「家族―」。文芸・音楽・造形芸術などで、表現上の諸要素を独自の手法で組み立てて作品にすること。「番組を―する」』とされる(大辞泉)。
これを、発明について当てはめてみると、発明は、いくつかの要素によって一つのまとまりのあるものに組み立てられたもの、ということになろう。この観点から、発明特定事項とは、自然法則を利用した技術思想としての発明において、一定の効果をもたらすために必要な一つのまとまりのある構成要素群であると、言えよう。
ところで、クレーム作成の初心者の傾向をみると、発明の何を特定するかという質問に対し、「特徴」を書くという答えが最も多い。特徴とは、大辞泉では、「他と比べて特に目立つ点」としている。特許的に言うと「従来例に比べて特に目立つ点」となろう。「目立つ点」、という点は、新規性のある部分に相当し、「特に」という限定は何か進歩性を示唆しているようにも思える。そうすると、発明の特徴を書くというのは、一見悪くなさそうである。発明の特徴という立場の人は、その根拠を特許法29条に求めることになるかもしれない。
発明の特徴点を把握するというのは、悪くはないが、どの視点で特徴を掴むかにより、表現が異なってしまうことに注意を要する。
例えば、ゼムクリップが発明であるとしてその特徴を表現してみると、例えば、次のように表現できる。
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a: 一本の針金で、紙に穴を開けることなく止めることができるクリップ。
b: 一本の針金が渦巻状になっているクリップ。
c: 紙の表側を押さえる部分と、紙の裏側を押さえる部分とが端部で連結しているクリップ。
この中で、aは、「一本の針金」という点は、構成として明らかであるが、その余は、ゼムクリップの効果の視点でその特徴を表現したものである。このような表現がクレームの作成にふさわしくないことは、発明再現性の観点からすでに述べたが、表現として、効果という視点から発明を特定することができたとしても、それをどのように利用すれば発明を再現可能なのか、第3者には不明であり、そのような不明な範囲まで保護することは、法目的にそぐわない。第3者は、どのようにすれば、そのような効果が得られるのかを知りたいのであり、保護されるべきは、そのような点である。このように「効果」をもって特定した発明を、一般的に「願望発明」という。「こういうことができればいいな」という「願望」のみを特定しているだけだからである。願望を掲げれば保護されるというのであれば、かえって産業発達が阻害されるのは明らかである。
次に、bは、一本の針金が渦巻状になっている点は、明らかであるが、これで、発明の効果を再現可能なのかというと、必ずしも十分とは言えそうにない。ただし、発明の特徴を表していることは確かなようである。
cは、「紙の表側を押さえる部分と、紙の裏側を押さえる部分」という点が作用的ではあるが、その余を含めかなり構成的な表現である。
このように、単に「特徴」というだけの切り口では、様々な視点での特徴があるので、発明特定事項としては、ばらついてしますのである。特徴視点で許容されるのは、特徴的構成であるが、特徴部分のみを特定すれば良いかと言うと、それだけでは、発明が発明としての作用効果を奏しない場合があり、技術思想として完結していないとされてしまう。36条では、出願人が発明を特定するために必要と認める事項の「すべて」を記載するのだから、出願人は、当該発明が「完成した発明」として、所定の効果を奏するために必要な前提条件を全て特定し、記載しなければならないのである。
そうすると、やはり、旧法でいうように、発明の構成で特定するということになろう。ゼムクリップを「構成」という視点、すなわち「いくつかの要素で一つのまとまりのあるものを組みたてる」という観点でみると、
「針金をリング状にした第1の押え部と、同じ針金で連続して作られ、第1の押え部周りに形成された第2の押え部から成るクリップ」とでも言えよう。このように捉えるなら、機能的・作用的表現より、客観的で所定効果の再現可能性は担保されるはずである。