2-1.特許法36条5項の発明特定事項・・・発明を特定するために必要と認める事項とは何か
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発明の記載ルールとして特許法上の最初の手がかりとなる条文は特許法第36条第5項である。
そこには、「特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定してある。
そして、『この規定により、特許請求の範囲には、
①特許出願人が自らの判断で特許を受けることによって保護を求めようとする発明について記載するのであり、
②そこに記載した事項は、特許出願人自らが「発明を特定するために必要と認める事項のすべて」と判断した事項であることが明確となる。
なお、本項は、特許出願人が特許請求の範囲の記載にあたって何を記載すべきかを規定することによって、前記のような特許請求の範囲の位置付けを明らかにしたものであるから、その位置付けからみて、特許出願人の意思にかかわらず、審査官が特許を受けようとする発明を認定し、その発明を特定するために必要と認められる事項のすべてが記載されているかどうかを判断することは適当でない。このため、四九条四号等の規定中から本項を削除し、「発明を特定するために必要と認められる事項のすべて」が記載されているかどうかは、拒絶又は無効の理由とはしないこととした。』(以上、工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第20版〕 p127より)
この条文を読む限りわかることは、出願人が「必要と認める」ならば、それは「発明特定事項である」、ということであり、逆に言えば、何をもって発明を特定するかは「出願人次第」ということを意味する。この規定が、発明の特定にあたり記載の自由度を出願人に与えたと言われる所以である。
特許法第36条第5項がこのように規定するのにはそれなりの合理的な理由がある。工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第20版〕 p126では、次のように説明している。『五項前段は、特許請求の範囲に記載すべき事項について規定したものであり、従来の五項二号を改正したものである。
この旧五項二号は、昭和六二年の一部改正により、「請求項」を「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項」と定義し、欧米の a claim に相当する概念として我が国の法律に請求項という概念を導入するとともに、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載するとすることにより、一の請求項から必ず発明が把握されるように記載しなければならないことを担保した規定である。しかしながら、この「発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載するとの規定では、特許請求の範囲の記載が制約され、発明をより適切に記載できない場合が生じることもあった。
このため、平成六年の一部改正では、この規定を改正し、「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべて」を記載する旨規定することによって、発明の構成にかかわらず、技術の多様性に柔軟に対応した特許請求の範囲の記載を可能とした。なお、昭和六二年の一部改正においては、従来、単に「発明」と規定されていたのを「特許を受けようとする発明」と規定することにより、特許請求の範囲の位置付けを明確にしたが、平成六年の一部改正では、この趣旨を受けて「特許出願人が特許を受けようとする発明」と規定することとした。』
なお、特許法36条5項の改正趣旨は、平成6年改正工業所有権法の解説(特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室)に詳しいので、ここに抜粋する。
『従来の特許法では、イ)特許請求の範囲の記載は、[特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること]との要件に加え、ロ)「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあること」が要件となっているが、こうした規定の下では次のような問題が生じていた。
(1)作用的・方法的クレームの許容の必要性
特許請求の範囲には「発明の構成に欠くことができない事項」を記載することとされているが、基本的に「物」の発明における「構成に欠くことができない事項」は「物」で表現すべきものとされ、また。作用や方法は物の発明の構成に欠くことができない事項ではないと考えられているため、以下のような作用的、方法的記載は認められていない。
①請求項に記載された事項が単一の技術的手段からなる場合において、その技術的手段が機能的又は作用的に記載されている場合
②物の発明において、技術的手段が方法的に記載されている場合
しかし、情報関連技術(電子、通信、情報技術)等の発展に伴い、いわゆる技術のソフト化が進んだ結果、こうした分野における装置の発明については、構成に欠くことができない事項として装置の物理的な構造や具体的手段を記載するより伝その装置の作用や動作方法などによって装置を定義する方が適切に発明を表現できる場合が多くなってきていた。
(2) クレームの記載の尊重の必要性
昭和62年の一部改正前の第36条第5項は「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみ今記載しなければならない」との規定となっていた。このため、発明の詳細な説明に開示された事項のうち、発明の構成に欠くことができない事項と審査官が判断した部分については、特許請求の範囲に記載するよう求める実務も見られた。こうした我が国の実務に対しては、諸外国から不当に特許請求の範囲を限定する要求であるとして批判がなされていた。
しかしながら、何をクレームするかということは出願人が自らの責任で決めるべきものであるから、クレーム記載の発明が明確であって、発明の詳細な説明に実施可能に記載されており、また新規性・進歩性等の特許要件を満たしていると判断される限り、審査官がクレームの範囲を変えるよう指示するということは不適当であり、裁判所の判決においても、その旨が説示されているところである。このため、昭和62年改正法の下での改訂審査基準においては、「出願人が自らの意思で表現したクレームの記載を尊重する」旨を明確にしたところである。
しかし、昭和62年の一部改正後の特許法には「発明の構成に欠くことのできない事項のみ記載」との規定が存置されていたために、上記のように作用的又は方法的記載について拒絶理由が通知された場合、出願人は上位概念での記載(作用的、方法的記載)を、より限定された具体的手段での記載に変更せざるを得ないことがあるなど、結果としてクレームの限定を求めることになる場合が生じていた。
(3)国際的ハーモナイゼーションの必要性
WIPO特許ハーモナイゼーション条約案(第4条)においては、クレームの記載について主として以下のような要件が定められ、その他の要件を出願人に課すことは禁じられている。
①保護を求める事項を記載すること
②クレームは明確かつ簡潔であること
③クレームは発明の詳細な説明により支持されていること
また、欧米やPCTでも同様の規定となっている(欧州特許条約第84条及び米国特許法第112条その他の規則類)。
上記の状況を踏まえれば、従来の発明の詳細な説明及び特許請求の範囲のいずれの記載要件ともTRIPS協定及びWIPO特許ハーモナイゼーション条約案における規定に則した形で規定を見直すことが適当と考えられる。』
以上のような趣旨は、特許法36条5項の位置付けを理解する上で重要であるが、先にも述べたように改正後の特許法36条5項をみるとき、そして、これから特許請求の範囲に発明を特定しようという基準から読むとき、「何をもって、発明を特定するために必要と認める」かの客観的基準を出願人に与えるものでは必ずしもない。
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現行法は、出願人に、特許請求の範囲の記載の自由度を認める一方、その記載責任は、出願人自身に負わせているのである。すなわち、何をもって発明を特定したかの責任は、出願人が負うということを意味しているのだ、ということである。
以上のように、発明特定事項が出願人の意志に左右されるというのであれば、その意志決定のための基準はどうあるべきであろうか。これを出願人の個人的な意志に委ねるというのであれば、それこそ発明把握の大きなばらつきの原因となろう。よって、発明特定事項を決定する具体的基準が問題となり、それを決めるルールを特許法の他の規定に求めてみたい。
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