ルーブリックの曖昧な表現
ルーブリックって,細かくしすぎると使いにくいので3段階とか4段階とかにすることが多い気がするけど,そうすると結局副詞と形容詞で段階づけることになったりして曖昧にならざるを得ない.
ただ,曖昧な表現であっても,それが意味するのはどういう状態なのか,ということを,熟達者の評価のフィードバックと,自身の自己評価との差を見ながら推測していくこと自体が学習なんだろうな.
曖昧な表現を要素にブレークダウンして記述することも可能だろうけど,その作業は指導者がやってしまうのではなく,学習者によって構成していくことが大事なのかもしれない.(ただ,それをまた評価する必要が生まれるというメタ構造になるかもしれない)
ある質的な記述が意味するものがどういうことか,ということを理解することが学び.ある意味,複雑で多面的な状態を簡単な言葉に圧縮するコーディングを専門家のもつそれに近づけることというか.
これができると,「共通の言語で話ができる」状態になる.この状態になると,比喩で話をラリーしたりできるようになったり.
関連:ノリツッコミと比喩と「深い理解」
#雑記
2021/3/17のX(twitter)より