自分が仏教徒だとわかった
その根拠を説明できるようになったことは心強い(後述: 破僧の定義変更) 今までの流れ
1: 子供の時になんとなく「親がやっている儀式に参加する」という形で仏教に関わり、それを漠然と「仏教」Xと捉える
2: 成長して自分の考えYがはっきりしてくるにつれて「この考えXは自分の考えYと違う」と思うようになる
3: 仏教に関して学ぶうちに「日本でよく見る仏教と『釈迦の仏教』は区別すべきでは」という気持ちが自分の中に芽生えた p.102
富永仲基 / 江戸時代中期の思想史家 / すべての仏教経典は歴史的に実在した釈迦一人の教説に基づくものではなく、各時代の宗教的ニーズに応えて、後代の作為が順次付け加えられて成立したものだと論じた / 大乗非仏説論 / 今日では学界の通説となっている ではその「釈迦の教説でない今の仏教は仏教なのか?」となる
これに紀元前3世紀のアショーカ王による「破僧の定義変更」が関連する p.24
「摩訶僧祇律」という古い書物の中に「サンガ内に、もしお釈迦様とは違う解釈を主張する者が現れて悶着が起こったとしても、同じところに共住し、集団儀式をともに行っているかぎりは破僧ではない。別々に儀式を行うようになったら破僧である」といった意味のことがはっきりと記されています。 さらに『摩訶僧祇律』よりずっとあとに書かれた『倶舎論』という仏教哲学書には、破僧には二つの定義があることを述べた文章が見られます。「破僧には二種類ある。一つはお釈迦様の教えに背く教義をとなえることであり、これを破法輪(はぼうりん, チャクラベーダ)と呼ぶ。もう一つは儀式を一緒に行わないことで、これは破羯磨(はこんま, カルマベーダ)と呼ぶ」 つまり「おなじ集団儀式に参加するなら、仲間である」という定義
(もちろんこれは釈迦入滅後の話なので、これ自体を認めない派もある。僕は「明示的に『釈迦の仏教』と呼ぶ時はこれを認めない狭義、『仏教』と呼ぶ時はこれを認める広義、僕が帰依するのは後者」という立場) 自分の集団儀式への参加