言語考察6
ペニギリ語の考察6ページ目
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📅260527
最近は前後(もしくは始終)スロットを各世界での移動元側と移動先側を表すのに使おうと考えていたが、それは時間 接置詞を使って独立に表せばよさそうなので、やっぱり、言語考察4📅25/06/03 らへんから考えてきたように、前後スロットは、時間なら順序、空間なら方向、条件なら因果、集合なら格や態 を表すように戻したほうがいい気がする
全体的に、世界同士できちんと役割分担させといたほうが融通が利くようになりそう
移動は時間 接置詞、因果は条件 接置詞に外注するべきだと思う
例えば「太郎が花子にリンゴをあげる」は、Taro make, of Hanako, have Apple(太郎は花子の所有物、およびリンゴの所有者を作る)のように表現すればいい
Taro make Hanako have apple(太郎はリンゴを持つ花子を作る)やTaro make apple of Hanako(太郎は花子にもたれるリンゴを作る)のように表してもよさそうだが、それぞれ後半を省くと「太郎は花子/リンゴを作る」になってしまい「与える」の意味ではなくなってしまう
集合の前後が格や態を表す場合、同格同士の関係(類似度など)と別格同士の関係(関連度など)が同じ世界で表されてしまうという奇妙なことが起きるのが問題だと思っていたが、よく考えたら、外部が類似度、内外 両立が関連度を表すんだよな
集合 部分についていうと、
後面は、内部なら同格、内外 両立なら半同格半類似物、外部なら類似物
前面は、内部なら対格、内外 両立なら関連物、外部なら関連物の類似物
※前面と後面は逆かもしれない
※後面は他動や自他 両立なら所有関係をあらわす
集合世界では前後は常に相互関係(例えば「ニギリッペが魚を食べる」において、「ニギリッペ」にとって「魚」が「食べ物」であると同時に、「魚」にとって「ニギリッペ」は「喫食者」)(※後記:つまりどちらも前面であり後面である)になるので、集合 接置詞では普段は因果 両立形(=交互態や再帰態を表す形)しか使わず、前面同士なら主格、後面同士なら対格、前後 両立同士なら与奪格を表すのかもしれない
※前面と後面は逆かもしれない
※対格と与奪格も逆かもしれない
では、集合 接置詞の原因形や結果形は何に使うかというと、動詞が因果 両立形(例えば「見る側であり見られる側である」ことを表す形)の時に、動詞の主語と目的語のどちらが移動の始点側(「見られる」側)であり、どちらが移動の終点側(「見る」側)であるかをはっきりさせるために使うんだと思う
例えば「私たちは互いのペットに見られ合う」なら主語(私たち)は目的語(ペット)にとって「見られる」側であり、「私たちは互いのペットを見合う」なら主語(私たち)は目的語(ペット)にとって「見る」側であるということをはっきりさせなければならない
上のような交互態だけでなく、再帰態(例えば「自分の手で自分の顔を洗う」など)でも同じように(顔と手の)どちらが「洗う」側でどちらが「洗われる」側なのかをはっきりさせなければならない
このように、接置詞の因果スロットは、今までのように主語と目的語(あるいは先行語と後続語)どっちの内外を表すかではなく、むしろどっちの前後を表すかを切り替えるのに使ったほうが便利そうだということだ
だが、そうすると接置詞ではどちらの内外を表すかを示せなくなって不便なので、内外は接続詞に外注し、接置詞は代わりに大小を表したほうがいいのかもしれない
何なら集合 接置詞はほぼ常に因果 両立形で使われるので、動詞(「食べ物」や「喫食者」)と目的語(「ニギリッペ」や「魚」)を区別できるのは範囲の広さ(狭いほうが動詞、広いほうが目的語)ぐらいということになって、大小を示せることはむしろ接置詞の必須要件になると思う
たぶん前後はどの世界でも移動に基づく前方・後方を表すんだよな(集合の格や態も移動としてとらえる)(※後記:空間は今まで通りだが、時間、条件、集合に関しては、(任意の)時点、世界線、集団への移動という今までの意味ではなく、(自然な)時間経過、因果関係、格態関係という新しい意味での移動)
つまり、移動がない限りは「前後」という概念も生じない
「目指す」「向く」などの指向性は強弱スロットで表現すればいい(つまり「~に移動しようとしている」のようにあらわす)
条件世界で、全部が原因:一部が結果 という関係を(現象以外で)何に使えばいいのか長らくわからなかったが、これこそ「あなたにとっての(理想の)りんご」などのような意味関係を表すのに使えばいいのでは?