AMLTL
Mass Loaded Transmission line (MLTL, ML-TL)型のスピーカーを簡便に作るための方法で、 その名も、Accidental ML-TL。
MLTLは、共鳴管型スピーカーの一種で、低音域を伸ばすために必要となる共鳴管長を短く抑えるために、開口端側に断面積の小さなダクトをつけて質量負荷をかけるようにしたものである。見た目、胴体が長く、ダクト長の短い(共振周波数の高い)バスレフ型エンクロージャに見えるが、ダクトはヘルムホルツ共鳴を起こすためのものではなく、共鳴管の周波数を調整するためのものであるため、MLTLとバスレフとではダクトの役割が根本的に異なる。
ML-TLのダクトは、バネに載せる錘の役割を果たす(実際には共鳴管内の空気の動きが、先を狭めたダクトにより遅くなり、あたかも空気が重くなったような効果を示す)。以下のDIYAudioの以下の投稿では、原子間力顕微鏡(AFM)のカンチレバーの共鳴周波数に例えており、分かりやすい(カンチレバーを知らない人には、かえって分かりにくいかも)。
共鳴管は、断面積と管長やユニットの設置位置(共鳴管の閉口端からのオフセット長)などがエンクロージャの特性に大きな影響を与え、また、内部の共鳴音や中音・高音の漏出を抑える上で吸音材による調整の重要度がバスレフ型に比べて増している。したがって、エンクロージャの内容積とダクトの共振周波数を決めさえすれば低音の特性をほぼほぼ設計できるバスレフ型エンクロージャに比べて、ML-TLを含む共鳴管の設計の自由度は高く、難易度が高い。また、製作時には、吸音材を用いた共鳴音の制御・調整に熟練を要するとされる。さらに、バスレフ型に比べるとML-TLの歴史が浅い。などの理由から、対応シミュレータが少なく、また、作例も少ない。
そこで、手持ちのスピーカー・ユニット向けのML-TLをいちから設計するための簡便手法として、2013年頃にAMLTLがDIYAudioで紹介されている。
上記の記事や一連のコメントによれば、AMLTLは、Qtsが0.5より大きく共振周波数が高目のユニット向けに低音域を簡便に広げるための手法で、WinISDなどのバスレフ用低音域アライメントツールを用いて作成したバスレフ型エンクロージャのジオメトリをもとに、MLTLの共鳴管およびダクトの初期ジオメトリを作成するというもの。初期値そのままで、そこそこ良いMLTLのスピーカーを実現できるようだ。
上記のようなQts高めのユニットは、バスレフ型のエンクロージャでも、ユニットの最低共振周波数よりも低いところまで低音を伸ばすことが可能だが、あまり低くすると共振周波数付近の特性が著しく悪くなるために、伸ばせる範囲には限界がある。その限界を越えて、さらに低音を伸ばすために、共鳴管型のエンクロージャを始めとする様々なアーキテクチャが提案されており、上述したように、その共鳴管のサイズを小さく抑えるための工夫としてML-TLが提案されている。
最近はHornrespのようなMLTL対応のシミュレータがあり、以前に比べると設計は容易になっている。しかし、自由度が高いためか、最適アライメントを提案するエントリユーザ向けのツールはないため、設計の難易度は依然として高い。そこで、AMLTLにより作成したジオメトリを初期構造として、MLTLシミュレータを用いてユニットの位置(オフセット長)やダクト長などを調整し、吸音材についてもあたりをつけるのが良い。そこで、AMLTLの手法で見いだした初期構造をもとにMLTLモデリングをすることを、広義のAMLTLと呼ぶことにする。
広義のAMLTLでは、シミュレーションにより、バスレフとMLTLの低音特性が得られる。そのため、両者を比較することにより、エンクロージャ作成対象のユニットがMLTLに適するかどうかを事前に検討することができる。この点が広義のAMLTLの最大のメリットとも言える。
バスレフ・モデルの低音特性シミュレーション: WinISDその他多数のバスレフ用アライメントツールあり
MLTLモデルの低音特性シミュレーション: hornresp等のML-TL対応の共鳴管設計ツール
以下に、AMLTLを用いたMLTL初期構造モデル作成と、得られたモデルを用いたHornrespによる設計のフローを紹介する。
AMLTLの構造設計フロー
1. WinISDなどのバスレフ用のアライメントツールを用いて、気室内容積と共鳴ダクト断面積、ダクト長を算出する
共振周波数を推奨値よりも高め/低めにして、共振周波数付近をボン付かせたり、低音全体の音圧を膨らみ気味にしても良い。
ステップ3にて、断面積を共鳴管としての適正値、かつ、ドライバの設置が可能なサイズにするためには、気室容積を大きめにとり、低音を欲張って伸ばす条件とした方が良い(遅延が大きめになる点を妥協する)
2. 気室の高さ(共鳴菅長)を、典型的な値として30インチ(76cm→共鳴周波数112Hz)から40インチ(101cm→同84Hz)くらいにして、先に求めた気室容積から断面積を算出
断面積から、バッフル幅や共鳴管の奥行きを計算し、ユニットを格納可能かチェックする。断面積不足であれば、共鳴管長を変える、あるいは、1に戻って内容積を増やす。
3. 断面積が適正範囲であれば、ユニット位置を閉口端から1/3の位置にして、製作へ。
通常の共鳴管であれば、ユニットの振動断面積の2〜3倍程度が適正範囲
適正範囲外であれば、断面積が望ましい断面積となるよう、WinISDで容積を変更しながら適正なバスレフ特性を探し、2に戻る。
4. (オプション) Hornresp等のMLTLシミュレータを用いて、ユニット設置位置(オフセット長)やダクト等を調整
共鳴管の断面積の適正値は?
一般的には、ユニットの振動板面積の2〜3倍くらいとされている。
最近の高性能なユニットの中には小さな容積で鳴るように設計されたものも少なくないので、必要な共鳴管長と適切な断面積を両立させることが困難なケースもありそう。
吸音材について
吸音材の詰め方については、エンクロージャによりいろいろ試す必要がある。なので、自作する場合は、蓋を開閉できるよう設計することが推奨される。音道を折り畳む場合には、エンクロージャの頑丈さと吸音材の調整のしやすさを考慮した設計が必要となる。慣れた人であれば、側板を接着せずにクランプで固定しながら試聴を繰り返して吸音材を調整できるようだが、音が大きく変わると予想されるため、熟練を要す。
ペンシル型ML-TLエンクロージャの上部に吸音材を充填し、下から1/3〜1/2の空間は吸音材を詰めないか、低密度にすると低音がよく鳴る、と主張する人がいれば、管内を充填せずに内側側板に均一に吸音材を敷いて調整することを勧める人もいる。
AMLTLのスレッドを見ると前者が受け入れられている印象
Markaudioのキャビネット案のML-TLもいろいろ
polyfillで埋める。総量のみ記載があるが、デフォルトは空間を均等に充填することが想定されているらしい。しかし、件のエンクロージャの下側に吸音材を詰めない、という話題は、このペンシル型のキャビネットに対する議論である。
同じMLTL型でも、acoustic formが推奨されず、壁にfiberglassなどを貼る、というケースも見受けられる。たとえば、CHN50用のML-TLでは、内壁全面に1.0〜1.2cm程度の厚さの吸音材を貼り付けることを推奨しているが、内部空間全体に吸音剤を詰め込めとは書いてない。
https://www.kjfaudio.com/wp-content/uploads/2020/09/CHN50-Compact-Mass-Loaded-Quarter-Wave.png
Hornrespでシミュレーションをしてみたら、fillingフィルタで、閉口端側 1/2程度を軽く詰め物で充填すると良い感じだった。詰めないのはダメだけど、詰めすぎてもダメ。試作段階から、吸音材調整が可能な箱作りをしないといけなさそう。(このページの後半にシミュレーション実施例あり)
バッフルステップ補償。hornresp等はバッフルステップを考慮していないので、幅の狭いバッフルを用いるMLTLでは、低音を補正するバッフルステップ補償回路を加える必要あり。エンクロージャ内に設置する場合、ユニットから離れたところに設置するのが良い。 以下は、AMLTLのシミュレーション例。私はまだMLTL型のエンクロージャを作っておらず、実際にどんな音がするのか未評価であることに注意。
ユニットには、Fostex FE83NVを選んでみた。入手性が良く、安価で、比較的小さな容積の箱で鳴らすことができるものの、バスレフ型のエンクロージャでは低音がいまいちで、かつ、Qtsが0.78であり0.5に比べてかなり大きく、低音を伸ばしやすいユニットであるため。Markaudio OM-MF4-MicaやScan-Speak5F/8422T-01は、Qtsが0.5を越えるもののFE83NV2よりも小さいので、AMLTL方式だと低音の伸びが少なく(5F/8422T-01の計算例をFE83NVの後ろに掲載)、チャンバー型トランスミッションラインの方が良いかも。8cm以下であれば、手持ちのユニットだと、PARC Audio DCU-F101WII やPeerless PLS--P830985あたりか(一度、83NVでMLTLを作ってから、他のユニットについても検討する予定)。 table:T/S parameters of FE83NV2
SPL (dB) F0 (Hz) Qts Vas (L) Sd (cm^2) mms (g) Xmax (mm) Qes Qms Re (Ω)
87.5 149.7 0.78 0.9 28.27 1.400 0.96 4.21 7.1
WinISDを用いた初期構造探索とAMLTL
8.0L@90Hz → スリットダクトの場合 H 1.0cm W 8.5 cm x L 1.52 cm
https://scrapbox.io/files/67f20242a313f9c0e194ff6b.png
推奨のバスレフ箱は4L@90Hz程度だが、そのまま1m近くの共鳴管にしてMLTLにすると100~200Hz付近の振幅が落ち込むので、バスレフの共鳴周波数を90Hzのままにして、ほんの少しだけ100~200Hz付近を持ち上げるために容積を8Lと推奨はこの倍近くのジオメトリを初期値にした。
共振周波数は90Hzだが、その付近にピークを作ったので、実質的には80Hz近くまで低音を伸ばすことを想定したバスレフ設定
上記結果をもとに、共鳴管長の初期値を 94cm (共鳴周波数 90Hz相当)、共鳴管断面積をFE83NVの有効振動板断面積の約3倍の約85 cm^2 とし、バッフル幅が8.5cm、奥行10㎝とサイズの分かりやすさを優先。
table:MLTLジオメトリ(initialが初期値、finalは後述のHornrespによるシミュレーション結果)
stage volume (L) height (m) Freq (Hz) area (cm^2) area ratio width depth
itinial 8 0.94 90.42553191 85.10638298 3.010484011 8.5 10.01251564
HornrespによるMLTLシミュレーション
Fostex FE83NVのTS/パラメータと上記初期構造を入力し、後述する通り調整。
https://scrapbox.io/files/67f20339df3231942d5f5815.png
https://scrapbox.io/files/67f20353fbddc4e82f6517fd.png
ユニットとダクト間の距離を50cmと仮定した
ダクトの断面積を 8.5cm x 2 cm = 17cm^2として、長さを 1.2cmとした(12mm厚の板を使うことを想定)。
共鳴管長を91cmとし、ユニットのオフセット位置を閉口端から全長の1/3よりもほんの少し開口端側にずらして、210Hzくらいの3次(1次?3倍音の)共鳴を抑制し、た。
低音は70Hzくらいまで。バスレフの80Hzと比べると10Hzだけ伸びる換算。
https://scrapbox.io/files/67f204d297554ced0d59e63d.png
https://scrapbox.io/files/67f204e449309b794e6d8019.png
吸音材をユニット側充填して、中音の共鳴を吸音する(実際には下記の周波数特性を見ながら調整)
7.761L
https://scrapbox.io/files/67f2050f82705df1c4a8a775.png
70Hz程度まで伸ばしてみたが、FE83NV2は高音がおとなしいので、中低音を厚くしたかまぼこ気味の特性になりそう。これが良いと思わないが、バスレフでも低音伸ばそうとすると似たような特性なので、こんなものかも。実際に作ってみて、BK85WB箱と比較してみたいと思う。
インピーダンスカーブ
https://scrapbox.io/files/67f2064092bd1657abd087bf.png
電気的には85Hz 付近に共鳴
群遅延
https://scrapbox.io/files/67f2066abe00901861eedfac.png
Hornrespの吸音材充填時の予測値は実際とは違うかも。なので、上に吸音材なしの場合を載せた。
その他のシミュレーション例
後日掲載
Peerless PLS-P830984 (容積をFE83NVと同じ4Lを初期容積として、遅延を増やさずにマイルドに低音を伸ばす方針)
PARC Audio DCU-F101W2 (良い感じなのだけど、8.5Lを初期容積としたので、作るとしたら4L級で練習してから。)
Scan-Speak 5F/8422T-01 (以下では、Chebyshevフィルター的なアライメントから始めたのをやめて、もう少し群遅延の少ない設定で進める) Hornrespだけを使って、低音を伸ばすパラメータの組み合わせを見つけるののは容易ではなく、多くの時間を要した。
それに対して、AMLTLの作法だと、下記の通り、WinISDが一発で容積とダクトのジオメトリを提案してくれて、あとは、共鳴管として適正範囲の断面積(上述)を指定し、Hornrespで期待したシミュレーション結果が得られるか確認するだけ。
WinISD default(C4/Chebyshev for vented)
https://gyazo.com/a5fd099225ec55a3799f16be95e72224
容積 1.95L, 共鳴周波数 62Hz
後日、もう少し容積増やしたバージョンを作る予定。
https://gyazo.com/e8f83205e6b75348a9cb2ad0f2ab1d70
ダクト設定:断面積 8x1 = 8 (cm2), 長さ 29.7 (cm)
Hornresp
https://gyazo.com/0ff12b18996a038c70f578182c856b71
断面積をSdの約2倍にして、横幅8cm奥行4cmとした。5F/8422T01は開口径5.3cm, 奥行が3.3cmなので、バッフル厚を1cm以上あれば難なく(?)共鳴管に収まるはず。
ダクト設定は、ほぼWinISDの推奨値のままに、断面積 8 (cm^2) x 29.0 (cm)とした。
https://gyazo.com/7599028d7e11872eb5368774fc99aba8
低音の遅延は大きい。低音欲張りすぎ。
ユニットとダクト間の距離を20cmとしたが、管を折り返さずペンシル型にして40cmくらい距離をとったほうが3-400Hz付近の段差がフラットになるが、、、支えなしでは倒れそう。
ユニットの取り付け位置を閉口端から遠くにずらすとと300Hz付近の共鳴を減らせるが、500Hz付近の共鳴が強くなり、吸音材で除去するのに苦労しそうなので、閉口端から全長の1/3の位置に配置。
https://gyazo.com/cfadb38fe8c01cb72411e67b8340ab7c
ダクトが長い。WinISDのバスレフ容積から乖離したが、許容範囲。それよりも、ダクトを箱に収める工夫が必要と思われる。折り返すか、断面積を半分にして、長さを半分に抑えるほうが良いかも。
吸音
https://gyazo.com/356f3de5c55553835e2e3a77c6d35767
50Hzくらいまで伸びる予想。バスレフ(WinISD)だと55Hzまで伸びる予想なので、5Hzだけ低音が伸びる予想。低音が多少伸びる程度であまり変わらないので、吸音材の調整の手間などを考えると、バスレフ型の方が良いかも。
ちなみに、Scan-Speak 5F/8422T01については、チャンバー型トランスミッションラインのシミュレーションもしており、MLTLよりも良い感じであった。チャンバー型トランスミッションラインとの比較のためにMLTLを作ろうと考えていたが、5F/8422T01やOM-MF4-Micaではそれほど低音が伸びないので、上述のFE83NVの方が良いかも、ユニットを持ってないけど。