発生生物学の起源
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1.1 アリストテレスが後成説と前成説を提起した
当時一般的であった考え、熱、湿、凝固の原理によって発生を説明しようと試みた
胚の各部位はどのように形成されるかを問い、19世紀後半まで論争の続いた2つの考えを示した
胚のあらゆる構造はそもそものはじめから形成されていて、発生の過程で単に大きくなるだけという考え
各構造は新しく継続的に形成されるというもの
アリストテレスは後成説を支持したが、彼の推測は正しかった
アリストテレスのヨーロッパ思想への影響は絶大で、彼の見解は17世紀まで優勢だった
しかし、後成説への反論が17世紀後半に支配的となった
キリスト教信仰のもとで、すべての胚は世界の始まりから存在し、それは現在・未来にわたって不変と信じられた
彼は驚くほど正確にニワトリ胚の発生を記述したが、自らの観察に反して、完全な形の胚が最初から存在すると思い込んでいた 前成説の支持者の中には精子が胚を運ぶと信じ、ヒトの精子の中に小さなヒト(ホムンクルス)を見たと主張した者さえいた 1.2 細胞説が胚発生と遺伝の概念を変えた
細胞の発見に不可欠であった顕微鏡は1600年頃発明された すべての生物体は細胞より成り、細胞は生命の基本単位で、新しい細胞はすでに存在する細胞の分裂によって生じるというもの
動物や植物のような多細胞生物体は細胞の織りなす共同社会と捉えられるようになった
胚発生では多数の細胞が卵の分裂によって新たに生まれ、かつ、新しい種類の細胞が形成されるので、発生は前成ではありえず、後成的に違いないと考えられた
卵自身は特殊化はしているが1個の細胞であるという、発生の理解における重要な認識は、1840年代に成立した
動物の一生の間にからだが獲得した特徴は、生殖系列には伝達されない
遺伝に関する限り、からだは生殖細胞の単なる運搬体に過ぎない
ウニ卵での研究により、受精後の卵は2つの核(前核)を持ち、これらはやがて融合することが明らかとなった したがって、受精によって両親双方からの核を持つ1つの細胞(接合体, 受精卵(zygote))が生じ、細胞の核は遺伝の物質的基盤を含んでいるに違いないと考えられるようになった この流れの研究のクライマックスは19世紀末、受精卵の核の中にある染色体が両親の生殖細胞の核から同じ数ずつ由来することが示され、そしてこれが、オーストラリアの植物学者にして修道士メンデル(Gregor Mendel)による遺伝の法則に従う、遺伝的特徴を伝える物質的基盤であることが認識されたこと そして受精によって体細胞で必要な染色体数が回復し、世代から世代へ一定に保たれる
これに対し、生殖細胞の前駆細胞とその他の体細胞はそれぞれの染色体を2コピー有し、二倍体(diploid)とよばれる 1.3 2つの発生様式:モザイク卵と調節卵
次の重要な課題は、胚発生の過程でどのようにして細胞が互いに異なった細胞になるか
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これらの決定因子が不均等に娘細胞に分配され、各娘細胞がどのように発生するかを制御していると考えた
このタイプの卵(胚)は、様々な決定因子が卵(胚)中に異なって局在し、モザイク状に存在すると考えられることから"モザイク卵(モザイク胚)"と呼ばれる ワイスマン説の中心的考えは、初期卵割で各割球は、核因子の不均等な分配によって互いに異なっていくと考えたこと
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カエル受精卵の第一卵割後、ルーは2つの割球のうち一方を熱した針では開始、残りの割球から胚の片側が見事に形成されることを見出した
この結果によりルーは"カエルの発生はモザイク的であり、各割球の性質と運命はそれぞれの卵割に際して決定される"と結論した
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しかし実験結果は私の予想に反していた。つまり、翌朝のディッシュには、通常より単に小さいだけの典型的で完全な原腸胚があり、しかもこの小さな原腸胚は、典型的で完全な幼生へと発生したのである。 ドリーシュは2細胞期で割球を完全に分離し、小さいが正常な幼生を得た 発生初期に胚の一部を覗いたり再配列しても、胚は正常に発生するよう調節する能力を有している
ワイスマンは決定因子が核に存在すると考えた点では間違っていた
1.4 誘導現象の発見により、ある種の細胞集団は近接する細胞の発生を決定することが示された
胚が発生を調節できる→発生では細胞同士が作用し合っていることを示唆
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2人は、初期のイモリ胚の一部を同じ発生段階の他の胚に移植することによって、部分的な二次胚のできることを示した 1.5 発生研究は遺伝学と発生学の邂逅によって飛躍した
メンデルの法則が1900年に再発見されたとき、特に進化と関連して遺伝のメカニズムに対する関心のうねりがあったが、発生研究への影響はあまりなかった 遺伝学は遺伝要素の世代から世代への継承を明らかにする学問、発生学はどのようにして個々の生物体が発生するか、どのように初期胚の細胞が互いに異なっていくかを明らかにする学問であって、両者の接点はないと考えられていた 白眼のハエに気づき、注意深く交配して白眼形質の遺伝がハエの性と結びついていることを明らかにした
彼は他に性と連鎖する3つの形質を見出し、それぞれが同じ染色体(ハエのX染色体)の異なる位置にある別個の3つの"遺伝子座"によって決まっていることを明らかにした モーガンは最初は発生研究者として出発したのだが、発生を遺伝学によって説明することにはまったく貢献しなかった
このことは、遺伝子本体への理解が進むまで待たなければならなかった
遺伝子型により発生は制御されるが、表現型は遺伝子型と環境要因の相互作用によっても影響される
同じ遺伝子型をもつ一卵性双生児も、成長にともなって表現型にはかなりの違いが生じ、違いは加齢とともに顕著になる 遺伝学におけるモーガンの発見によって、発生学の課題は、遺伝子型と表現型をどのように結びつけて理解するかの問題として捉えるよう進展すべきであった
発生を通じてどのように遺伝子が翻訳され、発現し、機能的な生物体を生じるのか
しかし、遺伝学と発生学が結びつくには時間を要し、紆余曲折があった
1940年代、遺伝子の実体はDNAであり、DNAがタンパク質をコードしていることが明らかになったことによって、ようやく大きな転換がもたされることになる 細胞がどのようなタンパク質を持つかによってその性質が決定されることはすでに明らかにされており、発生における遺伝子の基本的役割がついに理解された
遺伝子は、それぞれの細胞にどのようなタンパク質を創るかを制御することによって、発生過程における細胞の性質と挙動の変化を制御する
1960年代、一群の遺伝子が他の遺伝子の発現を制御するタンパク質をコードしていることが明らかにされたのも大きな前進
1.6 発生は少数のモデル生物を通して研究されてきた
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ウニと両生類はその胚が容易に得られることから、発生研究で最初に用いられた主要なモデル生物 特に両生類の胚は、十分に大きく丈夫で、比較的後期でも実験操作に適している
2つのノーベル賞が、ショウジョウバエと線虫を用いた発生研究に与えられている
これらのモデル生物が発生研究に活発に用いられるに至った理由
実験の容易さと生物学的興味
歴史的背景もある
情報が蓄積されている動物を用いるほうが効率的
モデル生物はそれぞれに利点と欠点をもつ
ニワトリ胚は、受精卵が容易に得られ、実験場の顕微操作に適し、培養して観察できることから、脊椎動物の発生研究に用いられてきた
しかしごく最近まで、発生遺伝学的情報の蓄積はほとんどなかった
マウスは、遺伝情報は豊富であるが、発生が母体内で起こるなど、発生研究は行いにくい材料
しかしながら、初期胚を子宮外で培養し、子宮に移植して発生させることは可能
発生異常を持つ多くの変異体がマウスでは同定されている
ヒトを始めとする哺乳類の発生を知るには、言うまでもなくマウスは最も適したモデル生物
ゼブラフィッシュは比較的最近活発に用いられるようになったモデル生物
大規模に繁殖させることが容易で、胚が透明なため細胞分裂や細胞・組織の動きを見ることができ、様々な遺伝的解析も可能
発生生物学の主な目的は、遺伝子がどのように胚発生を制御するかを理解することだが、このためにはまず、無数の遺伝子の中から発生制御に特異的に必須不可欠な遺伝子を同定する必要がある
特異的で興味ある発生異常を持つ変異体の同定から出発することが1つの有力な方法
モデル生物には、遺伝的解析に適しているものと適していないものがある
アフリカツメガエルは発生研究上重要な材料であるが、一般的な遺伝的解析はほとんど行われてこなかった
しかし、近年の遺伝子単離技術やバイオインフォマティクス技術を使い、ショウジョウバエやマウスで同定された遺伝子とDNA配列を直接比較することによって、アフリカツメガエルでも様々な発生を制御する遺伝子が同定された 有性生殖を行う二倍体の生物のそれぞれの体細胞の染色体には、ゲノムの完全な2コピーがコードされている 今日では多くのモデル生物についてゲノムの完全なDNA配列が明らかにされており、発生に関わる遺伝子を同定するのが非常に容易になっている
ゲノム配列決定は、ウニ、ショウジョウバエ、線虫、ニワトリ、マウス、ヒトで終了しており、X. tropicalisについてはドラフト配列が得られている ゼブラフィッシュのゲノムも解読されているが、ゼブラフィッシュなどの魚(真骨魚)では、進化の過程でゲノムの二倍体化と退縮が起こっている このため、ゼブラフィッシュで予想される20000のタンパク質をコードする遺伝子のうち、少なくとも2900が重複している
一般に、重要な発生遺伝子がある動物で同定されたら、他の動物にも相当する遺伝子が存在するか、似た働きをしているかどうか調べる勝ちがある
ある動物で重要な働きをする遺伝子は、DNA配列が保存されて他の動物にも存在する事が多いので、多くの場合塩基配列から同定できる
頭部から尾部までの規則的な分節パターンを制御する、一群の脊椎動物遺伝子が同定された
これらの遺伝子は、ショウジョウバエでそれぞれの体節のアイデンティティを決定している遺伝子との類似性によって同定されたもの 1.7 発生を制御する遺伝子は最初、自然突然変異体より同定された
多くの遺伝子には複数の異なる"正常型"アレルが存在し、このことが有性生殖する生物の集団中に表現型の多様性をもたらす
しかし、表現型に通常有害な、著しい変化を引き起こす自然突然変異が稀に起こる 発生に関する多くの遺伝子が、それら遺伝子の機能を壊して異常な表現型をもたらす自然突然変異によって同定されてきた
突然変異には優性のものと劣性のものとがある
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優性型の変異が胚発生に致死的な場合では子孫が得られれず、その個体、変異は失われてしまう
ヘテロ接合状態で目立った形態異常や体色の変化を持ち、胚発生に致死的でない優性変異は同定しやすいが、そのようなものは稀
マウスにおけるBrachyury遺伝子の変異は、半優性変異の典型的な例であり、この変異(T)のヘテロ接合体は短い尾を持つことから同定された https://gyazo.com/443fdfee0af4738f1c526d71fea780a7
この変異がホモ接合体となると胚は初期発生で致死となることから、この変異の原因遺伝子が胚発生に重要な遺伝子であることが予想された
交配実験により、Brachyury変異は単一遺伝子の変異によることが確認され、古典的な遺伝子マッピングの技術によって、その遺伝子が特定の染色体の特定位置に存在することが示された
劣性変異の場合では、ヘテロ接合型は野生型と同じ表現型を示し、ホモ接合体を得るには注意深い交配実験が必要となり、劣性変異を同定するには労力を要する
特に哺乳動物の場合、ホモ接合変異体は気づかれることなく母体内で死んでしまうので、発生段階の劣性致死突然変異を同定するには注意深い観察と分析が必要
これらの変異は、動物をある状態においたときのみ変異の効果、表現型が現れるもの
高温においたとき変異表現型が現れるもの
温度感受性は当該変異遺伝子の産物であるタンパク質が、通常の温度では正常な構造をとり機能するが、高温では不安定になって機能を失うことにひょる
変異が確かに発生過程に直接影響しているのか、それとも動物がそれなしには生きていけない重要かつ恒常的なハウスキーピング遺伝子の機能に影響を与えているのかという判断は、厳密に行わなければならない 発生の変異であることの判断基準は、最も単純にはその変異により胚が致死になること
重要なハウスキーピング機能を持つ遺伝子の変異でも同様に胚致死となりえる
致死とならなくとも、異常な胚発生を引き起こす変異も、発生に関わる遺伝子の変異である可能性が高い
化学変異剤またはX線により変異を誘導した変異体の大規模スクリーニングは、稀な自然突然変異体を拾い上げていくよりはるかに効率よく多くの発生遺伝子を同定できる 近年、発生に関わる遺伝子を同定する新しい方法が一般化した
表現型を持つ変異体から出発して遺伝子にたどり着く手法
この方法では、例えばゲノム情報などから、遺伝子の存在とDNA配列をまずは調べる
ついでその遺伝子を破壊したり、遺伝子の機能を阻害するなどして、発生におけるその機能を明らかにするという手法