初期胚のパターン形成
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ショウジョウバエの主な体軸がどのようにして指定されるのかを詳細に理解したことは、大きな実験的成果
2.16 前後軸はギャップ遺伝子の発現によって大まかな領域に分割される
ギャップ遺伝子は最初、前後軸に沿ったからだのパターンの大きな区画が欠失するという、それら遺伝子の突然変異の表現型から認識された ギャップ遺伝子の突然変異表現型は通常、その遺伝子が正常に発言している領域における大なり小なりの前後パターン欠失として示される
しかし、より広範な影響もある
これはギャップ遺伝子の発現が、体軸に沿った発生の後期でも重要であるから
ギャップ遺伝子の発現は胚がまだ単一の多核細胞である間のBicoidタンパク質の前後軸に沿った勾配によって開始される giantは実際には前方と後方で2つの帯状に発現するが、この文脈では後方の発現は対照に入れていない https://gyazo.com/34d34a6c59744fd6479aca9f385040fd
胞胚葉はまだ無細胞性の段階なので、ギャップ遺伝子がコードするタンパク質は合成された場所から拡散する これらは半減期が数分という、寿命の短いタンパク質
したがってこれらは、遺伝子が発言している領域からわずかな距離しか拡散せず、典型的には釣鐘状の濃度断面を持ったタンパク質濃度勾配を示す 例外が胚性のHunchbackタンパク質で、これは前方の広い領域で一様に発言し、発現の後方境界で急激に減少する濃度勾配を持つ 2.17 Bicoidタンパク質は、胚性hunchbackの前方発現に対して位置シグナルを与える
Bicoidタンパク質は、胚の前方半分のほとんどの領域で、胚性hunchback遺伝子の発現を誘導する
この発現は、Nanosによって後方ではその翻訳が抑制されている 胚全体に分布した母性hunchback mRNAから低いレベルで発現しているHunchbackタンパク質と重なり合う
前方に局在したHunchbackの発現は、Bicoidタンパク質の勾配から提供される位置情報が解釈された結果
hunchback遺伝子の発現は、転写因子Bicoidが一定の閾値以上で存在するときにのみ誘導される Bicoidが合成される場所に近い胚の前方半分でのみ濃度がこの閾値レベルを超えるので、hunchbackの発現は同領域に限定される
Bicoid濃度とhunchback遺伝子の発現との関係は、母性bicoid遺伝子の量を増加させることによってBicoid濃度を変えると、hunchbackの発現がどのように変化するかを見ることによって示すことができる
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hunchbackの発現する領域が後方へと広がるが、これはhunchbackの発現に十分な閾値を超えるBicoid濃度の発現が、後方へと広がるため
Bicoiタンパク質のなだらかな勾配は、胚の半分で発現するhunchbackの急勾配の境界へと変換される
前後軸に沿って隣り合う核の間のBicoidの濃度の差はとても小さく、隣の細胞と10%程度しか変わらない
それでは、これらの核は、Bicoidの動態がランダムに小さく変動するなどした結果生じる生物学的"ノイズ"の中、どのようにしてそのような小さな違いを認識し、急な勾配を持つ遺伝子発現の境界領域を作り上げているのだろうか
この疑問への取組みは、Bicoid-GFPコンストラクトの発現を直接観察することによって行われ、Bicoidタンパク質の分布と、前後軸に沿った異なる場所における核出のその濃度が計測された Bicoidの分布、異なる位置での核内濃度、hunchbackの発現の急な勾配はすべて、数多くの胚で高い再現性を持つことがわかり、胚の中の正確な制御により背景ノイズは実際には低レベルに維持されていることが示された
これには例えば核同士のコミュニケーションが関係している可能性がある
完全に正常な遺伝子発現のために、大きなプロモーター領域は263塩基対の真に必要な配列まで削減することが可能で、これでもhunchbackはほとんど正常に活性化することができる
この配列にはBicoidが結合できるいくつかの部位があり、閾値を持った応答には、異なる結合部位間での協同性(cooperativity)が関与しているようである ある部位へのBicoidの結合が近くの部位へのBicoidの結合を容易にし、さらなる結合を促進する
hunchbackのような遺伝子の制御領域は、核の機能を次の発生経路にすすめる、発生を制御するスイッチの例
2.18 Hunchbackタンパク質の勾配は、他のギャップ遺伝子を活性化/抑制する
Hunchbackタンパク質は転写因子であり、他のギャップ遺伝子に影響を与えるモルフォゲンとして働く 他のギャップ遺伝子は、前後軸を横断するストライプ状に発現する
このストライプは、異なる濃度のHunchback、あるいはBicoidのような他のタンパク質に感受性を示す遺伝子制御領域に依存したメカニズムによって区切られる
例えば、Krüppel遺伝子は低濃度のHunchbackによって活性化されるが、高濃度では抑制される https://gyazo.com/453f5bbe852703a9493843ccc84ce179
この濃度の間でKrüppelは活性化状態を維持する(図2.25上)
しかし、Hunchbackの濃度がある閾値より低い場合には、Krüppelは活性化されない
このようにしてHunchbackタンパク質の勾配は、Krüppel遺伝子の活性化領域を胚の中心近くに位置させる
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この空間的局在の微調節は、他のギャップ遺伝子によるKrüppelの抑制によって行われる
このような関係は、既知の他のすべての影響を除外するか、あるいは一定に維持した上で、Hunchbackタンパク質の濃度分布をシステマティックに変化させることによって調べられた
例えば、Hunchbackタンパク質量を増加させると、濃度分布の後方へのシフトが起き、これによってKrüppel発現の後方境界の後方へのシフトが起こる
Bicoidタンパク質を欠失した胚(そのため母性Hunchbackタンパク質の勾配だけが存在する)における一連の他の実験では、Hunchbackのレベルが低くなるため、胚の前方端においてさえKrüppelが活性化された(図2.25下)
Hunchbackタンパク質はまた、ここでも閾値に依存した遺伝子の活性化/抑制メカニズムを使い、ギャップ遺伝子knirpsとgiantの発現領域の前方端を指定することにも関与している 高濃度のHunchbackはknirpsを抑制し、発現の前方境界を指定する
knirpsの発現領域の後方境界は、もうひとつのギャップ遺伝子taillessの翻訳産物との同様の相互作用によって指定される ギャップ遺伝子の発現が重複している領域では、それらの産生するタンパク質はすべて転写因子であるため、大規模な相互阻害が起こる
これらの相互作用は、ギャップ遺伝子の発現パターンを明確かつ安定的なものにするためには必須
例えば、Krüppel発現の前方境界は、giantを発現する核から4~5核分後方にあり、これは低レベルのGiantタンパク質によって確立する
上述のようなことから、前後軸は、様々な転写因子の重複のある勾配を持った分布をもとにして、いくつかの特徴的な領域に分けられるようになる
しかし、このような美しくエレガントな領域設定の方法は、ショウジョウバエの多核性胞胚葉のような転写因子が自由に拡散できる無細胞性の胚でしか機能することができない ギャップ遺伝子の翻訳産物のこのような分布は、前後軸に沿った発生の次の段階(ペアルール遺伝子の活性化、細胞化、分節化の開始)の開始点となる 2.19 背腹軸に沿った胚性遺伝子の発現は、Dorsalタンパク質によって制御されている
Dorsalタンパク質は、多核性胞胚葉の核に移行し、その後、背腹軸を明確な領域に分けている遺伝子の発現に影響を与える この時期は、胚葉が特殊化していく段階でもあり、Dorsalも、最も腹側の細胞を将来の中胚葉として指定する 30の遺伝子が、Dorsal勾配の直接の標的になっていると推定されている
第三の胚葉、すなわち内胚葉は胚の両端に位置しており、ここでは取り上げないが、中腸を形成する 体軸に沿ったパターン形成では、フランス国旗のパターン形成のような問題を考える必要がある 背腹軸に沿って局在する胚性遺伝子の発現は最初、核内Dorsalタンパク質の勾配を持った濃度によって制御される その濃度は胚の背側半分あたりで急速に減少し、胚の上部側にある核ではDorsalタンパク質はほとんど見られない
腹側領域では、Dorsalタンパク質は2つの主な機能を持つ
特定の場所で特定の遺伝子を活性化すること
他の遺伝子を抑制し、その結果それらの発現を背側に限定すること
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腹側領域では核内のDorsalタンパク質の濃度が最高になり、胚の腹側正中線に沿った核にあるDorsalタンパク質により、胚性遺伝子であるtwist, snailが活性化される その後すぐに多核性胞胚葉は細胞性となり、この腹側の細胞は中胚葉となる
将来の神経外胚葉となる部分では、低濃度のDorsalタンパク質によりrhomboidが活性化されるが、より腹側ではその遺伝子はSnailタンパク質によって抑制されるため、発現しない zerknülltは最も背側で発現し、羊漿膜を指定するようである
decapentaplegicは背腹部分の形成に重要な遺伝子であり、その役割の詳細は第2.20節
背側化胚では、Dorsalタンパク質は、核から一様に除かれている
これにはいくつかの影響があり、1つにはdecapentaplegic遺伝子が抑制されなくなって全領域で発現することがある
一方で、twist, snailは高濃度のDorsalタンパク質が活性化に必要であるために、全く発現しない Dorsalタンパク質がすべての核において高濃度で存在する突然変異体胚では逆の結果が得られ、胚は腹側化し、twist, snailは全領域で発現し、decapentaplegicは全く発現しない
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Dorsalタンパク質によって発現が制御されるtwist, snail, decapentaplegicなどの遺伝子は、調節領域にこのタンパク質の結合部位を持っており、Dorsalタンパク質の特定の濃度により、遺伝子発現が活性化あるいは抑制される
この遺伝子発現の閾値効果は、Bicoidによるhunchbackの活性化に関して前述したような、協同的に働く結合部位の統合的作用による結果
Dorsalタンパク質の異なる濃度に閾値をもって応答する遺伝子の発現は、その調節DNAがDorsalタンパク質に対して持つ結合部位の親和性に依存する
Dorsalタンパク質の濃度が高い腹側部分(12~14細胞幅の領域)のほとんどでは、遺伝子発現の範囲は低親和性結合部位によって区切られる
一方でDorsalタンパク質の濃度が低いより背側の領域(腹側正中線からおよそ20細胞上部)では、高親和性結合部位によって発現が調節される
閾値応答は異なる結合部位の協同作用を伴い、一箇所への結合が隣接する結合部位への結合を容易にし、さらなる結合を促進する
抑制的な相互作用もまた、遺伝子発現の領域を区切ることと関連がある
例えば、rhomboid遺伝子の制御領域にはDorsal、Snailタンパク質両方の結合部位を持ったモジュールがあり、Dorsalはこれを活性化し、Snailは抑制する そのため、Snailタンパク質は腹側領域でrhomboidの発現を抑制し、これによりrhomboidの発現が神経外胚葉に限定するのを補助する
Dorsal濃度のおよそ2倍の違いが、指定されていない胚性細胞が中胚葉を形成するか、神経外胚葉を形成するかを決定する
Dorsal濃度の5つの閾値が、将来の腹側正中線と神経外胚葉のパターンを形成する
例えば、神経外胚葉は、後に背側軸に沿って3つの層になり、それらは3つの異なる円柱状の神経索となる この再分割は主に、Dorsal勾配に異なる閾値を持つ3つの転写因子をコードする遺伝子それぞれの活性化によるもの
このパターンは、それらの遺伝子と他の遺伝子との制御された相互作用によって維持されているが、ここでは、腹側で発言した遺伝子がより背側で発言した遺伝子を抑制する傾向が認められる
Dorsalタンパク質の勾配は背腹軸に沿ってモルフォゲン勾配として働き、異なる濃度の閾値において特定の遺伝子を活性化し、背腹軸パターンを規定する
それら遺伝子の制御配列は発生のスイッチであると考えられ、転写因子の結合によりオンになって遺伝子を活性化し、細胞を新たな発生過程へとすすめる
Dorsalタンパク質の勾配はフランス国旗問題の1つの解決策であるが、これが全てではなく、他の勾配も関与している
2.20 Decapentaplegicタンパク質が、背側領域を形成するモルフォゲンとして働く
前後軸と同様、背腹軸のそれぞれの末端は、異なるタンパク質によって指定される
Dorsalタンパク質は、腹側領域で濃度が高くなる勾配を形成する
しかし、背側領域は低濃度のDorsalタンパク質によって同様に指定されるわけではない
実際に、胚の背側半分ではDorsalタンパク質は核にないか、少ししか存在しない
背側外胚葉と、最も背側の領域である羊漿膜はこれによって決定される
核内のDorsalタンパク質濃度勾配が確立された後すぐに胚は細胞性となり、転写因子は核間を拡散できなくなる Decapentaplegicは、そのような分泌タンパク質の一つ
Decapentaplegicはショウジョウバエの発生を通じて、多くの過程に関与し、これには、翅成虫原基の形成なども含まれる Decapentaplegicタンパク質(Dpp)は背側領域から拡散し、背側領域で高い
背側領域の細胞はDppがどれだけ存在するかを正確に判断するための受容体を持っており、受容体は、適切な遺伝子の転写を活性化することによって応答する
これによって、背腹軸は、異なったパターンの遺伝子発現によって特徴づけられる異なった領域へと分けられる
Dppの濃度勾配が背側のパターンを指定するということは、dppのmRNAを野生型の初期胚に導入した実験から明らかとなった より多量のdpp mRNAが導入されDecapentaplegicタンパク質濃度が通常よりも上がると、背腹軸に沿った細胞は通常よりも背側の運命をとるようになる
腹側外胚葉は背側外胚葉となり、特に高濃度のdpp mRNAではすべての外胚葉が羊漿膜となる Dppは初め、細胞分化が始まると同時に背側領域で一様に産生されるが、1時間以内に、その活性は背側の5~7細胞幅に制限され、将来に背側外胚葉となる隣接領域では活性がとても低い
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Dpp濃度のはっきりとしたピークは単純な拡散が原因ではない
しかし、初めのDppタンパク質の一様な広がりから活性勾配がどのようにできたのかを、他のタンパクとの相互作用によって説明することができる
加えてDecapentaplegicの活性は他の異なる受容体によっても影響を受けると考えられ、これによりさらに活性勾配を正確なものにしている
Dppは、シグナルの勾配形成が通常の拡散よりもいかに複雑かを示すよい例
Sog, TsgはBMPと関連したタンパク質であり、Dppに結合することができるため、Dppが受容体に結合するのを阻害し、抑制的に働く Sogは神経外胚葉で発現し、Dppと結合することでDpp活性がこの領域で広がるのを防ぐ
Sogタンパク質は、背側領域全体に発現したTolloidによって分解され、これによりSogの勾配は神経外胚葉で高く、背側正中線で低くなり、Dppと結合したSogが背側領域へと運ばれる
TolloidによるSogおよびTsgの分解はDppを解放し、これにより最も背側で最も高いDpp活性の勾配が形成される
勾配を顕著にする他の要因として考えられているのは、Dppが受容体に結合した際の迅速な内部移行と分解
Dpp活性は、TGF-βファミリーに属するScrewとの相乗効果にも影響される
ScrewはDppとヘテロダイマーを形成することで、DppやScrewだけのホモダイマーよりも強いシグナル活性を持ち、これがほとんどのDpp活性に関与しているようである 実験結果と数理モデルからは、ヘテロダイマーは最も背側で優先的に形成されることが示されている
これによって、この領域での高いDpp活性が説明できる
DppとScrewのホモダイマーは、将来の背側外胚葉の他の場所でシグナルがより低いことの原因となる
この系に対する多くの研究が行われているにもかかわらず、Dpp活性勾配の形成に対するこれらの因子の寄与に関しては、完全にはわかっていない
Dpp/Sogには脊椎動物ではBMP-4/Chordin(Chordinは脊椎動物におけるSogのホモログ)が対応し、これもまた背腹軸形成に関与している 脊椎動物では神経索が昆虫のように腹側ではなく背側に形成されるため、背腹軸は昆虫と比べると逆 この解剖学的位置関係の逆転が、初期発生におけるBMP-4活性とChordin活性のパターンの逆転にどのように反映されているかについては第4章
まとめ
背腹軸、前後軸に沿った母性転写因子の勾配は、これらの体軸に沿った胚性遺伝子を特異的な場所で活性化するための位置情報を提供する
前後軸に沿ったBicoidタンパク質による勾配は、胚性遺伝子であるギャップ遺伝子の活性化を開始させ、からだ全体の領域を指定する
ギャップ遺伝子間での相互作用(それらはすべて転写因子をコードする)により、それらが発現する境界が規定される
母性Dorsalタンパク質の腹側から背側への濃度勾配は、腹側の中胚葉、背側領域の両方を指定する
2つ目の勾配であるDecapentaplegicタンパク質濃度勾配は、背側外胚葉を指定する
背腹軸、前後軸に沿ったパターン形成は、胚をいくつかの領域に分け、それらは胚性遺伝子活性の特有なパターンによって特徴づけられる