突然変異
生物にみられる種々の変異のうち、遺伝子の量的または質的な変化によって生じた変異をいう。 したがって突然変異は、それが致死作用をもっていない限りは子孫の細胞や個体に伝えられる。 突然変異のことばを生物学上で初めて使用したのはオランダのド・フリースH. de Vries(1848―1935)で、オオマツヨイグサOenotheraにみいだされた遺伝的な変わりものに対して名づけた(1901)。 その後、アメリカのモーガンT. H. Morgan(1866―1945)が、ショウジョウバエ属Drosophilaで白眼の突然変異をみいだし(1910)、さらにマラーH. J. Muller(1890―1967)が、ショウジョウバエにX線を照射して人為的に突然変異を作成することに成功して(1928)、その後の遺伝学の発展に大きく貢献した。 突然変異は、遺伝子の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)の塩基の一つが他の塩基に置き換わった分子レベルの変化から、遺伝子の存在する染色体の構造や数の変化したものなど、種々の程度の変化が含まれる。 突然変異の分類
まず、DNAの一つまたは多数の塩基の置換base change、欠失deletion(またはdeficiency)、付加addition、逆位inversion、重複duplicationなどや塩基の枠組み移動flame shiftのような分子レベルでの変化がある。 この場合は、そのDNAのもつ遺伝情報によってつくられる酵素やタンパク質がつくられなくなったり、活性が消失したりするような変化が現れる。 このような一つの遺伝子の作用に影響を与えるような突然変異を遺伝子突然変異gene mutationまたは点突然変異point mutationという。 遺伝子の存在する染色体の構造や数の変化によって生ずる突然変異を染色体突然変異chromosome mutationまたは染色体異常chromosome aberrationという。 染色体の数の変化としては、染色体の全体のセット(ゲノム)が整数倍で増加する倍数性polyploidyや、ある特定の染色体のみが1本増加したり減少したりするトリソミーtrisomyやモノソミーmonosomy、数本の染色体が増減する異数性heteroploidyなどがある。また、染色体の構造の変化としては、1本の染色体のなかでの欠失や重複、逆位などのほか、ほかの染色体との間でのつなぎ換えとして転座translocationがある。 これらの突然変異によって生じた変化が、形態的な形質として認められる場合は形態的突然変異morphological mutationまたは可視突然変異visible mutationという。 また、生じた突然変異によって細胞や個体が生存できなくなるものを致死突然変異lethal mutationという。 正常または野生型の細胞や個体が突然変異をおこす場合を前進突然変異forward mutationといい、突然変異をおこした細胞や個体が、同じ場所に突然変異をおこして、ふたたびもとの正常または野生型に戻る場合を復帰突然変異reverse mutation(またはback mutation)という。 突然変異の頻度
突然変異は、外から人為的に手を加えなくとも、自然の状態においてもある一定の低い頻度でおこる。
これを自然突然変異spontaneous mutationというが、その頻度は生物の種類や遺伝子の種類によって異なり、1遺伝子座当り世代当りの頻度は、微生物では1億から10億回に1回の割合で非常に低いが、高等動植物では10万から100万回に1回の割合と比較的高い。 そのときの突然変異の頻度は、使用した放射線の線量や照射時間、化学物質の濃度や処理時間などに比例して増大する。
突然変異の利用
突然変異が人為的につくられるようになってから、これらの突然変異を利用して、多くの生物の遺伝子の連関関係の研究や、種々の生体構成成分の合成や分解の生化学的代謝過程の解析が行われ、遺伝学、発生学、生物学の各学問分野における貢献は計り知れないものがある。 また1970年ごろから、食品や医薬品、農薬など環境中に存在する多数の変異原物質や発癌物質の人間に対する危険度を予測し、これらを環境中からできるだけ排除するために、微生物や哺乳類の培養細胞、昆虫、植物、実験動物など種々の生物の検出系を使って、これらの物質の突然変異性の調査も行われている。