変異
同一種あるいは一つの繁殖集団内の個体間にみられる形質の違いをいう。 形質とは元来生物の分類の指標となる形態的要素をさしたが、G・J・メンデル以来の遺伝学においては表現形質として現れる各種の遺伝的性質をさす。 遺伝子の作用と表現形質の関係は、きわめて多彩である。ある遺伝子は極端に小さな影響しか及ぼさない一方、別の遺伝子は非常に大きな効果をもち、そのようなたった一つの遺伝子に変化がおこった場合にも致死になることがある。 遺伝子は、普通、多数の形質に影響を及ぼす。
ショウジョウバエのポリモーフとよばれる遺伝子は、その極端な例で、体のつり合い、大きさ、生存力、生殖力をはじめさまざまな形質に影響することが知られている。 逆に一つの形質に複数の遺伝子が関与することもまれではない。
ショウジョウバエの目の色素には20種以上の異なる遺伝子が影響している。さらに身長とか体重のような量的形質には、もっと多数の微少効果をもつ遺伝子が関係している。 このような遺伝子の作用の強弱や多面性の程度の相違のほかに、遺伝子の発現という面でも多様性がある。 発現が環境や遺伝的背景に強く依存するものから、まったく影響を受けないものまでさまざまな表現度がある。また、ある特定の遺伝子をもつ個体の集まりのなかで、すべての個体がその遺伝子の効果を表現するとは限らない。 遺伝子と形質の関係はこのように複雑であるので、変異に遺伝的変異と環境変異があるといっても、それらを区別するには統計的方法が必要になることがある。
しかし、1960年代から遺伝的変異を直接調べることが可能になった。
また、最近では、DNA配列を決定することが比較的容易になってきたので、このレベルでも遺伝的変異を調べることが可能である。 これらの方法によって、生物集団はきわめて多量の遺伝的変異を保有していることが明らかになってきた。
しかし、このような遺伝的変異と表現形質の関係については、未解決な問題が多い。
遺伝子と形質の対応関係はつねに一対一ではない。調べた遺伝子と形質との関係、あるいは調べたい形質にどのような遺伝子が関係しているかという点に関しては、さらに研究の進展をまたなければならない例が多数残されている。
遺伝的変異がおこる機構も多彩である。DNAの複製や修復時の誤りによって生ずる遺伝子内の変化や、DNAのもっと広い領域で生ずる遺伝子自体の欠失、重複、転座などの変化がある。 遺伝的、進化的にたいせつな変異は生殖細胞系列で生じたもので、後代に伝達される必要がある。 ときに体細胞系列での変異もみられるが、そのような変異の進化的意味はない。 遺伝子レベルで明らかになった多量の変異がどのような機構で保有され、進化的にどのような意味をもつかについて、過去20年間ほど世界中で大きな論争があった。
その論点は自然選択の相対的な役割に関してであったが、現在では、遺伝子レベルの変異の多くは自然選択に有利でも不利でもないとする説(中立説)が広く認められるようになってきた。 しかし、すべての変異が中立的なものであるはずはなく、遺伝子レベルの変異と表現形質レベルの進化との関係を明らかにする研究の必要性も問われている。