ラマルク
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フランスの博物学者、進化学者。北フランス、ピカルディー県のバザンタン・ル・プチの小貴族の出身。神学生、軍人を経て、パリで医学を学び、王立植物園で植物学の講義を聴講した。1778年には一種のガイドブックである『フランス植物誌』を出版して著名になった。しかしここで用いられた分類法は人為分類で、彼は植物学の研究からは進化論について得るところはなかったと思われる。大革命ののちに植物園を母体に改組された自然史博物館で、「昆虫および蠕虫学」教授の位置につき、動物学、とくに無脊椎動物学の研究に進み、「無脊椎動物」「生物学」などの語をつくり、『無脊椎動物の体系』(1801)、『動物哲学』(2巻、1809)、『無脊椎動物誌』(7巻、1815~1822)などの主要著作を出版した。また地質学や気象学にも関心を抱き、『気象学年報』を1799年に創刊したが、のちにナポレオン1世の干渉によって廃刊した。キュビエが博物館に就任して以後、ラマルクとキュビエはつねに対立関係にあり、キュビエが学界の主流を歩んだのに対してラマルクは多くの批判を受け、晩年は貧困と失明に苦しみ、二人の娘の助力で著述を続けた。 進化に関しては、生物が自然発生をし、生物体制が発達の傾向をもつ(前進的発達)とした。さらに進化の副次的要因として、個体が一生の間に外界の影響や器官の使用、不使用によって獲得した形質が、次世代に遺伝することがある、と説いた。一般にラマルキズムの語はこの獲得形質の遺伝を意味することが多いが、前進的発達の思想もラマルク学説の中心となっている。