第2章 鳥のさえずり
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1. 鳥のさえずりと鳴き声
さえずりとはかなり長く続く複雑な音声で、おもに雄が繁殖期に発するもの 鳴き声とは、短く単純な音声で、雄も雌も発し、とくに季節が限られてはいないもの
この区別はそれほど厳密ではないが、伝統的に使われており、機能の違いをよく反映している
鳥は全部約1万種
燕雀目の中のおよそ5分の3のさえずる鳥
鳴禽類は、そうでない種類よりも、さえずるために使う筋肉が複雑で3つ以上あり、歌生成のための脳の構造も、歌を学習する過程も、より複雑になっている
2. さえずりの至近要因
人間が言葉を話せる理由
声を出す場所である喉と声帯の構造がそれに適していること
言葉を司っている脳の部分があること
鳥がさえずりを発することができる理由
鳥の喉の構造がそのようにできていること
鳥の脳にさえずりの中枢があること
鳥の喉の構造
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ヒトの喉の声をだすあたりは喉頭と呼ばれており、気管支が二股に分かれていくよりもずっと上のほうに声帯がある 鳥の喉も、同じように気管が二股に分かれて気管支になって、両方の肺へつながっていく
声を出すところはヒトよりもずっと下の方、二股に分かれるあたりに位置している
鳴管のところに中鼓形膜という膜が、二本の気管支の左右に一つずつついている この膜が振動することによって鳥が声を出す
1933年にドイツの研究者のリュッペルが、ユリカモメの鳴管だけを解剖して取り出し、空気を吹き込んで示した 気管支が二股になっているあたりに膜があるということは、ヒトと違って鳥は、左右の気管支からの空気を別々に使って2つの音を同時に出せることを意味する
左右それぞれを独立に使っていることは、左右の膜それぞれに脳からの舌下神経が分布していることからもわかる この神経のどちらかを切ると、さえずりの音の一部が消えて、歌が単純になる
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左右2つの膜の使い分け
実験によると、カナリアやズアオアトリでは、左の膜のほうが圧倒的に多く使われており、右が使えなくてもそれほど貧しい歌にはならなかったが、左が使えないと惨めな歌になった どんな音をどちら側の膜が受け持つかということははっきりと決められているようだった
鳥の脳の構造
さえずる鳥には同じように、さえずりだけに特別に関わっている脳の部分があり、さえずりの生成、記憶を司っている
ある特定の仕事に関わっている脳の神経の集まりを神経核というが、鳥の脳には、さえずり専門の神経核がいくつかある。 https://gyazo.com/387775080843efd9f9c2a962c6e69cbc
鳥の歌の中枢は、ヒトの大脳にあたる前脳の部分にある さえずりの生成
HVCから神経ニューロンが次のRAという核につながっており、そこからのニューロンが、さらに舌下神経につながって、舌下神経が鳴管とつながっている このルートにより、HVCから指示されたとおりのさえずりが、鳴管で実際に歌われることになる
この3つのうちどれが壊れても歌の内容が粗末になったり、歌えなくなったりする
HVCの部分の細かい研究を進めていくと、HVCに含まれている一つ一つの神経細胞は、それぞれが、さえずりの中の個別の要素に対応していることがわかった
さえずりの学習
前脳の後ろ側にもDLMという神経核があり、この神経核を通してXとLMANはRAとつながっている 実験によるとLMANが壊されても、またXが壊されても、さえずりの生成には支障が起きないが、さえずりの学習ができなくなることがわかった
雄と雌の脳とでは、構造に違いがあるか
しかも、雄の脳では単に神経核がより大きくて神経細胞の数が多いばかりではなく、神経細胞の一つ一つの大きさも、そこからでている樹状突起の長さも、雄の方が長い
この事実が発見されたとき、脊椎動物の脳の研究者たちは大きな衝撃を受けた それまで脊椎動物の脳の基本構造は、雄も雌も変わらないとされていたから
雄と雌の神経核の違いは、成長とともにはっきりしてくる
雄の若鳥が性ホルモンの影響によってさえずりを開始し、学習していくとともに、これらの神経核は大きくなる 雌では小さなままとどまっている
雌の若鳥に雄性ホルモンであるテストステロンを駐車すると、新計画が雄のように大きくなるとともにさえずるようになった
さえずりは性ホルモンと脳の構造が密接に関係しあって生成されていくようだ
さえずりの季節性
ヨーロッパや日本などの温帯に棲んでいる鳥たちは、はっきりと繁殖期が決まっている
鳥たちは、日照時間で感知している
日照時間が長くなってきたことは、鳥の脳の中の松果体という部分で感知され、そこからの刺激が生殖腺である精巣を発達させる 精巣が発達してくると、それは雄性ホルモンであるテストステロンをたくさん分泌させ、テストステロンが脳のさえずり中枢を刺激して、鳥は歌いたくなる テストステロンが前脳の神経核を大きくさせ、歌の生成が行われるようになる
秋になると、今度は日照時間の短縮を松果体が感知し、精巣に信号を送る
精巣が小さくなって、テストステロンの分泌が少なくなり、やがては歌わなくなり、繁殖期が終わる
3. さえずりの究極要因
なわばり獲得のための雄同士の競争で、なばわりを宣言すること
雌に対して自分の魅力を誇示すること
なわばりとさえずり
さえずる鳥のいくつかの種類では、なわばりの維持のために常にさえずっていなければならない
このことは昔から知られていた
確かめるためには実験をしなければならない
なばわりを持ってさえずっている雄をつかまえて、鳴管につながっている神経を切るなどの手術をし、さえずれない以外は元気な状態でまたもといた場所に戻した
その結果、さえずる雄のいるなわばりよりも3倍近くも頻繁に、他の雄からの侵入と攻撃を受けた
そのうちの何羽かは、実際になわばりを奪われた
実験をする森の一角になわばりを持っている雄を全部捕まえて、みな取り除いた
持ち主がいなくなった場所を3つにわた
1ヶ所はそのまま空にしておいた
もう1ヶ所には、雄が持っていたなわばりの中に4つのスピーカーとテープレコーダーとをぐるりと配置し、その雄のさえずりが時間をおいてあちこちのスピーカーから流れるようにした
残りの1ヶ所は、同じように1つのなわばり当たり4つのスピーカーを配置したが、そこから流す音はピーピーという単調な笛の音にした
結果
実験開始後たった8時間くらいの間に、持ち主がいなくてさえずりも聞こえないという区画と、笛の音がするだけの区画には、新しい雄がなわばりを乗っ取ったが、スピーカーでさえずりを流している区画には誰も侵入しなかった
スピーカーによるはったりは長続きせず、2日もすると、本人がいないことが明らかになったらしく、他の雄によって占有されてしまった
この他にも様々な実験
なばわりを維持していくにはさえずらないといけないことは確か
さえずりと魅力
シジュウカラの雄のさえずりは、雌をひきつけるための機能も果たしていることが推測される
つれあいの雌が決まるまではよくさえずるが、つれあいが決まるとずいぶんさえずる頻度が低くなる
そこでつれあいの雌を実験的に取り除いてみたところ、雄はまた、盛んにさえずるようになった
つれあいを戻すと、またさえずりの頻度は低くなった
しかし、確かめられたのは、1980年代になってから
鳥は木彫りで色もそっくりに塗った模型を置いておくと、簡単に騙されてやってくる
横でさえずりを流したときの方が、ずっと多くの雌がやってくる
先に紹介した実験でも、さえずらなくなった雄のところには、雌が来ないことがわかった
この同じ雄を再びさえずりができるようにしてやると、最終的には雌を獲得することができた
様々な種類の鳥に対しておこなわれた一連の実験によると、たしかに雌は、より複雑な歌をさえずる雄を選んでいるようだ
複雑な歌をさえずる雄ほど、繁殖期に雌と早くつがいになることができる
雌は、複雑な歌をさえずる雄に対しては、そうでない雄に対してよりも、性的な誘いかけ行動をよく見せる
雄の歌の複雑さの度合いを測定し、その雄たちがどのように繁殖するかを観察したところ、複雑な歌をさえずる雄ほど、繁殖期の早い時期から雌とつがいになることができ、生涯に残したヒナの数も多いことが示された
また、雌たちは、複雑な歌を聞いたときほど、巣作りを熱心に行う事も知られている
岡ノ谷一夫のジュウシマツの歌の研究では、雌は複雑な歌を聞かされたときの方が、単純な歌を聞かされたときよりも、さかんに巣作り材料を運んだ ジュウシマツは、江戸時代に日本に輸入されて家禽化された ところが、コシジロキンパラに人工的にジュウシマツに似せ、複雑に作り上げた歌を聞かせたところ、雌は、普段よりもずっとたくさん巣材運びをした
これらの実験や観察から、ダーウィンの考えた通り、雄の複雑なさえずりは雌の選り好みの対象であり、それによって進化したと考えてよいだろう
なぜ雌はより複雑なさえずりをする雄を配偶者として選ぶのか?
この問題は、さえずりのみならず、一般に雌の選り好みはなぜあるのかという究極要因の疑問
これに対しては今の所2つのシナリオが考えられている
ハンディキャップの原理
生存に直接関係のない余分なものを生成するには余分なエネルギーが必要
個体が持つエネルギーには限りがあるので、余分なものはハンディ
本当に元気がよくて病気にも強くて力と活力のある雄のみが、このような余分なものにエネルギーを使うことができるのではないかと考えることができる
いくつかの証拠が得られている
脳のさえずり中枢の神経ネットワークの発達には、一般的に健康でなければならない
複雑なさえずりを長く歌い続けるには、大変なエネルギーが必要
明け方は一晩中食べていないところでさえずるので、よほど体力がなければできない
一生懸命鳴いていると、捕食者をひきつけることにもなる
寄生虫にたかられていると、歌のレパートリーが減ることも知られている 雌はこのような性質に着目して配偶者を選ぶことにより、元気のいい雄とつがいになることができる
実際に、雌に配偶者を選ばせてできた子どもの生存率と、ランダムに配偶相手を割り当ててできた子どもの生存率を比較すると、雌が選んだときの方が、この生存率が高いという実験結果もある
ランナウェイ淘汰
雄が遺伝的に決定された大きな飾り羽を持っているとする
最初のうちは、この羽根が大きいほど元気のよい雄であるというような関係があったため、雌は、より大きな羽の雄を選ぶようになり、雄の飾り羽はどんどん大きくなっていく
しかし、ある時点から、それ以上大きな羽を持っているからといって、それがより活力のある雄だという指標にはならなくなってしまったとする
それでも集団中のほとんどの雌は、より大きな羽の雄を選び続ける
大きな羽の選り好みをしなかった雌の息子は、繁殖成功度が低くなる これが成り立っているかを確かめるのはたいへん困難
いくつかの動物では、その証拠と考えられているものが得られている
さえずりに関する限り、さえずりの複雑さがランナウェイによって進化しているという証拠はあまりないようだ
4. さえずりの発達要因
さえずりの「方言」
多くの鳴禽類のさえずりは、同じ種であっても、地方によって少しずつ異なることがある このことは何らかの学習の要素が関わっていることを示唆している 実験操作
スピーカーでおとなのズアオアトリのさえずりを聞かせる群と、聞かせない群をつくった
結果
おとなのさえずりを聞かせて育てた若鳥は、普通の歌をさえずるようになった
聞かせずに育てた若鳥は、非常に単調な歌をさえずるようになった
歌の長さや振動幅はひどく異なっているわけではないが、細部はどれも整っていない
同種のおとなの歌声を聞いて、学習していることがわかった
何も聞かせずに大人になったズアオアトリに、あとでちゃんとしたさえずりを聞かせても、もうその鳥のさえずりは改良されないこともわかった
若鳥が歌を習うことができるのは、繁殖期におとながさえずっているときだけであるようだ
おとなが歌うことのない秋から冬にかけてさえずりを聞かせても、ズアオアトリの若鳥はそこから何も学習しなかった
学習は種ごとに詳細はことなるが、これまでの研究をまとめて「聴覚鋳型モデル」と呼ばれている https://gyazo.com/1063170c6af45430e32fca9ad2100d97
その種に固有のさえずりの鋳型とでも呼べる単純なものがあり、それは遺伝的に組み込まれている
若鳥の時期に、自分と同種のおとなたちが歌うさえずりを聞くことによって、その鋳型をより正確なさえずりのパターンへと修正していく
これは歌を記憶している段階
性ホルモンの働きによって自分の歌が生成されるが、正確な鋳型とつきあわせて練習することで、最終的に「正しい」さえずりができるようになる
様々な種類の鳥のさえずりが聞こえる実際の環境で、若鳥が学習対象のさえずりをどう判別しているかは難しい問題
カゴの中で飼育された鳥に対する多くの実験によると、若鳥が歌を習うには、単にテープレコーダーから聞こえる声などだけではなく、実際に生きたお手本がそばにいて、その鳥と社会的な交渉を持つことが非常に重要であることがわかる
生後60日から70日までにかけて父親と同居していた若鳥は、父親のさえずりと全く同じさえずりをするようになるという実験がキンカチョウで行われている 野外ではない状況なので、父親から習う可能性は野生状態では低い
ありそうなのは、若鳥がなわばりを持とうとしているあたりにすんでいる、近所のおとなたちの歌を聞くこと
移動してなわばりを構える種においては、生まれたところか移動先か?
種によって両方のケースがあることが知られている
若鳥が実際に誰からどうやってさえずりを習うのかは、野生状態ではまだよくわかっていないことが多いようだ
燕雀目であって鳴禽類ではない、残る2000種のほとんどは、どうやらさえずりの学習をしないようだ
燕雀目ではない鳥たちは、さえずりと呼べるような、長く続く美しい歌声を持っていない
その種に固有の鳴き声は遺伝的に決められていて、学習の要素がまったくなくても発現できる
多くの鳥はなぜ、さえずりを学習するようになったか
「発達要因」がなぜそうなっているかという「究極要因」
初めからさえずりが固定されているよりは、学習によってその時と場所に合わせて変更できた方が適応的だったのだろうと考えられる
それがどのように適応的なのかは、よくわかっていない
5. さえずりの系統進化
さえずりの進化はまだよくわかっていない
鳴禽類のさえずりは、人間の言語と同じようにあまりにも素晴らしくできているために、原始的で中間的な形態といえるものが現存していない 3000種類以上もいる鳴禽類は、からだの基本構造、とくに鳴管の構造が酷似している
鳴禽類同士の外見の違いは、くちばしの形
生態環境ごとの餌の取り方と関連しているので、くちばしの形が似ていても系統的に近縁というわけではない
つまり、このおびただしい数の鳴禽類を含む燕雀目という鳥たちは、一つの祖先から登場し、ごく最近になって急速に世界中に適応放散したグループ 鳴禽類の中にも、歌のレパートリーの広さには大きなばらつきがある
おそらく、第三紀の中頃に、鳴管を動かす筋肉を複数持っていて、色々な声を発することができるようになった鳥が出現し、それが鳴禽類の祖先となったのだろう
それらが世界中に広がっていくとともに、性淘汰と雌による選り好みによって、多様なさえずりが生まれ、種分化が進んでいったのだと思われる 今後、鳴管を動かす筋肉を作る遺伝子や、脳の歌をつかさどっている部分を形成する遺伝子などについてもっとわかるようになれば、さえずりの系統進化も解明されていくだろう