ハンディキャップ理論
ガゼルが捕食者であるライオンやチーターによって脅かされるとき、ガゼルは最初にゆっくり走り、非常に高く跳ねる行動を示す。 動物学者は捕食者に見つかりやすくなるこの行動の理解に苦しみ、その行動は他のガゼルにチータの存在を知らせているかもしれないと考えていた。
しかし、ザハヴィは各々のガゼルが示すこの行動は、他の仲間より自分が健康で調子が良い個体であるということを捕食者に示し、捕食者がそれを追うことを避けなければならないようにするために行なっていると主張した。
この主張は捕食者が健康な個体を追いかけることは、最終的には実を結ぶことのない追跡となり、無駄なエネルギーを避けようとする捕食者への回避になるというものである。
捕食者であるチータは、ガゼルの行動から健康か健康でないかという情報を得て、捕獲する際の難易度を図らなければならないということである。良い調子のガゼルだけがチータにそのような利点を正確に伝えることができて、生き残るための優位性を得ることができると考えた。
この説の最も重要な点は、ハンディキャップ信号がその個体の質を正直に表すシグナルになっている、かつ発信者と受信者がその信号のやりとりで利益を受けられるという点である。 ガゼルのストッティングであれば、本当にガゼルの逃走能力を証明していなければならない。でなければ、ストッティングを無視して襲いかかるチータが適応的(進化的に有利)であり、そのようなチータが増え、ストッティングをせずにすぐ逃走するガゼルが適応的になる。
ガゼルがストッティングを行うとき、チータから逃げ切れなくなる距離や激しさの限界点があるだろう。その限界点はガゼルの質によって変わるだろう。もし質の良いガゼルと質の悪いガゼルがいて、質の悪いガゼルが無理をして質の良いガゼルと同じだけの激しさでストッティングをした場合、その行為は自分の適応度を直接下げることになる(実際に逃げる段になってから不利になる)。
つまり限界以上にハンディキャップを行うガゼルは淘汰されると考えられる。一方質の良いガゼルも、自らの限界以上にストッティングをせずとも他のガゼルより生き残りやすいのであれば、限界を超えてストッティングをする個体は淘汰され、自分の限界に見合ったストッティングを行う個体だけが残ると考えられる。質の良い個体がもしチータと競争して逃げ切れるとしても、わざわざそれを行うよりストッティングで済ませることができればコストは掛からない。質の良くないガゼルは虚偽的なストッティングを行うよりはすぐに逃げ出したほうが助かる可能性は上がるかもしれない。実際に、チータはストッティングを行わずすぐに逃げ出すガゼルを狙うことが観察されている。
クジャクの羽のような雌による選り好みの例とされる物は、メスが根拠もなく選んだ無用の長物ではなく、たとえばエサの確保の能力であったり、肉体能力のような、何らかの適応的な形質を表していると考えられる。この考え方は、ハンディキャップを負い、それを積極的に示すことが直接自己の生存や繁殖の利益になると考えるもので、自然選択説の一般化と考えられる。 指標説(優良遺伝子説)との大きな違いは、どのようにして信号の信頼性が確保されているかにある。 たとえばクジャクの羽であれば、指標説が肉体的な限界によってクジャクの羽のきらびやかさの上限を決していると考えるのに対して、ハンディキャップ説は無理をすればそれ以上にきらびやかな羽を持てるのだが、そのような行為は適応度を下げて淘汰されるため残らないだろうと考える点にある。
本説は1975年に発表されたが厳密な理論モデルの形でないうえ擬人化された表現だったため、全く受け入れられなかった。
ザハヴィはこれに対して、操作的であるならその操作を回避したり逆手にとって利用するような形質が発達するはず(進化的軍拡が起きるはず)だと指摘した。
1980年代後半にはハンディキャップ理論を支持する論文が出はじめたが、決定打となったのは1990年にドーキンスの教え子でもあるアラン・グラフェンがコンピューターシミュレーションでハンディキャップを理論モデルとして提示し、成立する可能性を立証したことである。