課題を共有する
自分が感じる課題を、他者といっしょに解決したい時
会社とか、家族とか
チームで取り組む必要があるとか、時間を割く必要があるとか、一人では出来ないことだとか
「ここをこうしたい」という解決策の部分だけを言っても伝わらない
相手が課題を感じていなければ、一緒に取り組むモチベにならない
君が勝手にやる分にはええんちゃう、という気持ちになる
こう書け、こう書くと良いよ、と言われても、
別に元のままでも困ってないんだよなあ、と思われていたら行動に移らない
まず課題を共有する
課題と感じさせる
課題を感じさせた後に、こうすればええんちゃう?ドンッ!を出す
その事象に対する掘り下げが必要
実は大した課題ではなく、自分の拘りが強いだけかもしれない
課題に感じるタイミングが局所的すぎる
前提がズレすぎている
情報量に差がありすぎるとか
そもそもの目的が共有されていないとか
例えば、社内にCosenseを導入し、良い感じの書き方を流布したいとする
文章を書く取り組みはあるが、議事録的に使われるだけで参照されていないとか、リンクが付けられてなくて見つからない、とかが起きている時
「ドキュメントの目的」は知っているかもしれないが、「Cosenseの目的」が伝わっていないかもしれない
「書き方を改善してね」というのは解決策であって、
そもそもどういう課題があって、Cosenseを効果的に使うとどういう世界が実現できるのか、
という前提を揃える必要がある
例えば、typographyの改善をしたいとする
この課題を共有するのは難しい
mrsekut.iconにも知識がないので、イマイチどう共有すればいいのかも見えていない
フォントや行間などによって読みやすさが向上できるような事象があった時、
「うーん、なんとなーく読みにくいような、まあでもこんなもんなようなー」みたいな感じになりそう
typographyの知見のある人からすれば、それに対する解像度がかなり高いので
ここのスペースが狭すぎんだよねJK、みたいに感じるかもしれないが、それを共有するのがムズい
「顧客が本当に必要だったもの」の方は、顧客自身が課題をなんとなく感じていて、そこを深堀りする感じ
お前ら、これ実は課題でっしゃろ?というのを効果的に伝える