現代ファイナンス理論
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2005
1955年生まれ。東京大学経済学部卒業、ブラウン大学経済学部博士課程留学。1977年大蔵省入省、理財局、主計局、大臣官房、関税局国際調査課長等の勤務を経て、2001年より東京大学先端経済工学研究センター教授、2004年4月より同先端科学技術研究センター教授
ポートフォリオ分析に基づく伝統的なファイナンス理論から出発し、状態価格、確率的割引ファクターの概念に基づき資産市場を分析する現代ファイナンス理論へと都合的に学ぶテキスト。
まえがき
本書は, 現代的ファイナンス理論のうち,とくに資産の価格付け理論にかかわる部分に焦点をあてて論じている。 この理論は,ファイナンス理論の核心であり,その中心的課題は, リスクの定量的な評価である.「価格付け」という問題は, 一見するとごく特殊で限定的な用途のものと考えられるかもしれない。 しかし,実は, 広い適用範囲をもつものだ。 資産価格付け問題は,古くから研究の対象とされてきたが, 1970年代にBlack, Scholes, Merton らの研究によって, それまで正確には分からなかったオプションの価格付け問題に解が得られたことによって,大きなブレイクスルーがあった. それ以降, ファイナンス理論はめざましく進展した。 とくに,近年における発展の重要な点として, 従来は、「オプション価格の理論」 「株価の理論」 などと資産の種類に応じて別々に考えられてきた資産価格理論が,「確率的割引ファクター」 という概念を用いて, 統一的に把握できるようになったことがあげられる.
より具体的にいえば, 従来は対象となる資産を, 価格が知られている他の資産(原資産)から成るポートフォリオによって複製し, このポートフォリオの価格をもって目的資産の価格とする方法が用いられた。
このため, 対象となる資産を具体的に規定する必要があり、 本質的には同一の価格式であっても、形式上は理論が資産によって異なるものとなったのである。
具体的なイメージがわかない基素.icon
これに対して, 現代的な価格付け理論においては, 「確率的割引ファクター」という概念が用いられる。これは,ある状態における1単位のペイオフの割引現在価値を示すものである. もし確率的割引ファクターの値が知られているなら,それを用いてあらゆる資産の価格付けが統一的にできる.
確率的割引ファクターは, 「限界効用」 (正確にいうと, 将来消費と現在消費との限界代替率の割引現在値) を表わすものと解釈できる。この意味において,経済学的に明確なイメージをもつものだ。 したがって, 現代的ファイナンス理論は,確率的割引ファクターが存在するための条件, それが正の価格を与えるための条件, それがユニークに定まるための条件, などの検討から始まる。 本書においては,これらの問題は,第3,4章で論じられている。 価格汎関数の線形性, 一物一価の法則, 無裁定などの概念がこれに関連して議論される. 確率的割引ファクターの具体的な値を求めるには、二つの方法がある。
第1は, 価格が知られている資産から求めることだ。 これを 「相対的価格付け」 の方法という. Black-Scholes equationをはじめとして, これまでの資産価格付け理論では, 主としてこの方法によって価格付けが行われた.この方法で確率的割引ファクターの値を知るには, 価格が知られている資産が十分な数だけ存在することが必要だ。 この議論は, 本書の第4章で行われている。ここで,完備市場, 不完備市場などの概念が議論される. 第2の方法は,確率的割引ファクターが限界効用であることを用いて直接にその値を求めるものである. この方法を 「絶対的価格付け」 という。 ただし, この方法で確率的割引ファクターの値を知るには,効用関数の具体的な形(および, 均衡における消費量)を知ることが必要だ。 本書は,第5章でこれについて論じている. 本書は,確率的割引ファクターを用いる価格付け理論の比較的最新の展開を踏まえている。 それは, 数学的な手法でいえば, 「直交分解」の概念を用いて分析を進めることだ。これによって, 収益率を構成するさまざまな要素を概念的に明確に区別して把握できる.
とくに, 収益率を,
(1) 価格を規定する部分(ただし, 収益率の価格はつねに1になる)
(2) 期待収益率を規定する部分,
(3) 個別リスク
という三つの部分に分解できることが重要だ。 この議論は, 本書の第6章で展開される。こうした手法を用いることによって, 例えば平均・分散フロンティアの議論は, 著しく単純化される。また, 個別リスクと市場リスクの区別に関しても、 厳密な意味付けが与えられる.
本書の第7章では, 従来は密接に関連付けて議論されなかった
(1) 平均・分散フロンティア,
(2) ベータ価格式,
(3) 確率的割引ファクター
の相互の関連を論じている。これら三つの概念は,資産の価格付けに関して同一の情報をもたらすことが示される。 この事実は, 完備市場の場合にはこれまでもある程度論じられてきた。 不完備市場の場合についての議論をフォーマルに展開しているのが本書の最大の特徴といえる. このように, 本書の中心は,第6章と第7章にある。
なお,本書では, 以上で述べた現代的ファイナンス理論の前提として, 第1章で不確実性下の経済均衡の問題を説明している。 また, 第2章では, 平均・分散フロンティア, ベータ価格式 (CAPM はその一つの形) などを, 伝統的な方法 (確率的割引ファクターを用いない方法) で説明している. 本書は,数学, とりわけ線形代数学を多用している。こうした手法をなじみにくいと感じる読者がいるかもしれない。 しかし, これは, 記法を簡略化するための道具にすぎない。 本書では基本的には一次式の関係しか扱っていないので,その実態は, 高校レベルの簡単な数学である。 数学解説編を読んでいただければ, 本書で使用している数学は理解できるようにしてある.
本書はまた, 数値例をできるだけ示すように心がけた。 これによって抽象的な概念が具体的に理解できるだろう。 本書に示した例をなぞるだけでなく,自ら数値例を考え, 計算することが望ましい。 表計算ソフトを用いると簡単に行列計算ができるので, 実際に数値例を計算することによって価格式の意味するところを直観的にも理解できるようになるだろう.
本書が想定する読者は, ファイナンスを専攻する大学学部レベルまたは大学院レベルの学生, この分野の研究者, そして実務家である.
読者は,本書を読むことによって,どのような具体的利益を期待できるだろうか.
第1の利益は, 実務上の問題についての基本的な指針をうることだ。例えば,企業経営の本質的な目的は企業価値の最大化であると考えられるが, 企業価値がいかなる要因で決まるかを知ることは,この目的の実行に不可欠だ. この意味で, ファイナンス理論は,決して専門家だけのものではなく, 広く企業経営者に知られるべきものである。
第2の利益は, ファイナンスの専門家が, 実際の問題を扱う際の手引きになることだ。 ただし, 本書の内容は, 実務上の問題を扱うには,やや距離があると感じられるかもしれない。 本書の目的は, 実際の問題に即座に使えるマニュアルを提供するというよりは,基本的な考え方を示すことにある.
とくに重要な点として, 特定の手法が使えるかどうかの吟味があげられる.しばしば, 理論的には正当化しがたい数式を用いて計算が行われることがある。 複雑な算式が現れると、 多くの人はそれに幻惑され, その正当性を判断できなくなる.
例えば,上で述べたように, 相対的価格付けの方法で価格付けができるためには,価格が知られている資産が十分な数だけ存在することが必要だ。 しかし, 現実にはこの条件は満たされないことが多い。 例えば, リアルオプションの価格付けは, 一般には困難である。
また, 金融革新によって登場した新しい資産であるキャットボンドや天候デリバティブなどについても,同様の事情がある.すなわち,これらは, 従来の相対的価格付けの方法によっては, 価格付けすることができない場合が多い。 ファイナンス理論は決して打ち出の小槌ではなく,自ずから限界がある。 こうした限界を知るためには,本書で展開される価格付け理論の基礎を理解することが不可欠である. レビュー
無裁定状態で、状態価格からプライシングカーネルを導き出せば、どんな資産でも価格付けをすることができる、と一言で言ってしまえば、これだけですが、その理屈を1期間モデルで詳しく解説しています。
もくじ
1 不確実性下の経済モデル
1.1 不確実性がある経済体系の記述
状態 3
条件付きの財 4
1.2 不確実性下の経済行動
リスク回避度とその尺度 7
リスクのある資産の保有とリスク回避度 8
Arrow-Debreu 均衡 12
1.4 不確実性がある交換経済での均衡
エッジワース・ボックスによる分析の枠組み 13
消費者の選択 15
均衡が最適条件を満たす 16
不確実性下で取引が生じる条件 17
ケース1: 不確実性が完全に消去されるケース 18
ケース2:より確からしい状態の消費が多いケース 18
ケース3:経済全体が貧しくなる状態の価格が高いケース 19
一つの条件付きの財だけで最適を実現する条件 21
Radner 均衡 22
定理 23
Radner 均衡の例 23
補論 「期待効用最大化原理」のフォーマルな記述
パラドックスの存在 27
2 ファイナンス理論の伝統的アプローチ:平均・分散フロンティアとベータ価格式
2.1 概念の定義と資産市場の定式化
資産のペイオフ 30
資産の例 31
完備と不完備 32
価格と収益率の定義 33
特殊ケース 38
安全資産が存在する場合 38
2.3 平均分散フロンティアの性質
フロンティア上の2点の共分散 40
ゼロベータ収益率 41
フロンティア上の収益率とそのゼロベータ収益率の期待値 41
2.4 2資産のケースにおける平均・分散分析
ポートフォリオの期待収益率と分散の関係 43
包絡線としてのフロンティア 48
2.5 数値例
数値例1:似た2資産に異質な資産が加わる場合 50
数値例2: 異質の2資産をとる場合 51
数値例3: それまでペイオフがなかった状態でペイオフをもたらす
資産を加える場合 54
2.6 個別リスクと市場リスク
古典的な分散投資 54
2.7 ベータ価格式の導出
ベータの計測 59
3 資産市場の理論
本章の概要 63
価格汎関数 65
価格汎関数の線形性 65
価格の幾何学的な解釈 66
数値例1: 完備市場の場合のポートフォリオ空間とペイオフ空間 67
数値例2 :不完備市場の場合のポートフォリオ空間とペイオフ空間 69
3.2 無裁定と価格汎関数の正値性
裁定価格ベクトルの数値例 74
価格汎関数の正値性 75
無裁定と正値性の幾何学的解釈 77
線形性と裁定の直観的意味 78
広い応用範囲をもつ価格付け問題 80
裁定と均衡 81
3.3 一般均衡モデルとの関係
4 ファイナンス理論の基本定理と相対的価格付け
4.1 ファイナンス理論の基本定理
数値例 87
ファイナンス理論の基本定理 89
数値例 91
状態価格による価格付け 92
数値例 94
状態価格密度を用いる共分散価格式の導出 100
状態価格密度によるベータ価格式 101
4.4 資産の価格付けの代替的表現と基本概念のまとめ
まとめ 103
4.5 二項モデルによる相対的価格付けとBlack-Scholes 式
単位時間幅の縮小化 108
株価の分布 109
Black-Scholes 式 112
5 消費ベース・モデルによる絶対的価格付け
5.1 絶対的価格付け
第4章の分析との関係 115
消費者の期待効用最大化条件 116
5.2 確率的割引ファクター
確率的割引ファクターの定義と解釈 118
確率的割引ファクターと状態価格密度 119
完備市場における確率的割引ファクターと不完備市場における確率的割引ファクター 119
共分散価格式 120
5.3 消費行動と市場の諸変数
利子率と消費 122
不確実性がない場合 122
不確実性がある場合 123
5.4 絶対的価格付けの数値例
5.5 平均・分散フロンティアと分散制約
Sharpe 比と分散制約 126
株式プレミアムに関するパズル 128
5.6 ファイナンス理論で用いる諸変数の関係
状態を記述する要素 130
状態価格, マルチンゲール確率, 状態価格密度 131
資産価格式 132
理論価格か市場価格か 132
ファイナンス理論の機能 134
6.1 収益率の直交分解: 完備市場の場合
収益率の分解:準備 135
収益率の分解:第1段階 136
収益率の分解: 第2段階 138
6.2 直交分解による平均 ・ 分散フロンティアの導出:完備市場の場合
直交分解による最小分散収益率の導出 144
平均分散フロンティアの具体形 144
6.3 収益率の直交分解と平均分散フロンティアの導出:不完備市場の場合
安全資産1がH に属さない場合の収益率の直交分解 146
安全資産1がHに属さない場合の平均・分散フロンティアの具体形 148
安全資産1がH に属する場合の平均・分散フロンティアの具体形 149
6.4 確率的割引ファクターと平均・分散フロンティアの性質
フロンティア上での移動 150
2次モメント最小点 152
最小分散収益率の表現 155
安全資産の収益率の表現 156
確率的割引ファクターに関する制約 158
6.5 収益率の直交分解に関する数値例
確率的割引ファクターを用いた分解 159
平均分散フロンティアの具体形 160
...
7 価格と収益率に関するする一層の考察