ホルムズ海峡封鎖
ウォール街では「TACO(トランプはいつも腰砕け)」というミームが「NACHO(ホルムズ開放なんてあり得ない)」に置き換わった。NACHOの方が正しい。
ホルムズ海峡を再開通させる現実的な方法はただひとつ:米イラン双方が「今やっていることをやめる」こと。正式な合意も相互信頼も不要で、いわば「取り決めなし」の取り決めだ。
実際、イランは4月17日に通航再開を発表しており、そのタイミングでブレント原油は約90ドルまで下落した。しかしトランプが米側の封鎖解除を拒否したためイランは制限を再適用、以来原油は30ドルほど跳ね上がっている。
再開通を阻む要因は三つ。
トランプの自我:史上最大の戦略的敗北を自分が引き起こしたと認められない。イランから「勝利宣言の口実になる譲歩」を引き出そうと妄想している。
トランプの無知:周囲はご機嫌取りのためにいい話しか伝えず、情報が最悪に歪んでいる。「3日でイランのパイプラインが爆発する」と豪語したが何も起きていない。
イランの合理的な不信:トランプは事実上あらゆる外交合意を反故にしてきた(イラン核合意破棄、NATOの骨抜き、ウクライナ支援削減、関税による貿易協定の一方的破壊)。何かを譲歩してもすぐ梯子を外されると分かっているので、戦略的に不利になる譲歩は絶対にしない。
つまりイランは「トランプが勝利宣言に使えるもの」を何も差し出さないし、出せない。
この話の落としどころは結局、数週間前にテーブルの上にあったのと同じ「取り決めなし」の取り決め:米国が封鎖をやめてイランが海峡を開ける、という元の地点に戻るだけ。イランは経済的ダメージを負いつつも戦略的には強化され、米国は余計な冒険で史上最悪の戦略的敗北を喫する。
問いは一つ:トランプが現実を受け入れるまでに、世界と米国はどれだけの痛みを引き受けさせられるのか。
バカンス中だが緊急事態なので筆を執る。トランプのイラン戦争の後始末が、大統領のお気に入りの「ボールルーム改装」とかいう話題より遥かに重要だから。
ホルムズ海峡は依然として封鎖中。イランは再開に向けた提案をしているが、トランプは「受け入れると勝利に見えない」という理由で不満とのこと。負けた人間が勝利宣言するのは難しい、というだけの話だ。
原油価格(ブレント)は停戦発表直後の下落分をほぼ全戻し。現実否認が長引けば長引くほど悪化する一方。
エネルギー危機の本質は物理的なもの:ペルシャ湾からの石油供給が激減したままなら、いずれ需要破壊が起きて消費を供給水準まで引き下げるしかない。
ゴールドマン・サックスの試算によると、現在の状況はこうだ:
ペルシャ湾での産油量損失は日量1450万バレル
これにより世界の石油在庫が過去最速ペース(日量1100〜1200万バレル)で減少中
つまり今は価格が上がっても需要は少ししか減っておらず、貯蔵分を取り崩して凌いでいる状態
在庫は無限ではない。海峡が再開されなければ、価格はさらに暴騰し、さらに日量1100万バレル以上の需要を消し飛ばすレベルの経済的打撃が必要になる。それは尋常じゃない数字だ。
なのにトランプはボールルームの話をしている。これは心理学的に説明がつく:自分を「常に勝者」と信じることで保たれている脆弱な自我が、「イランに惨敗した」という現実に耐えられず、解離状態に入っている。
他の戦線でも負け続け中。オルバン失脚、ウクライナ持ちこたえ(プーチンに有利な裏切り工作も失敗)。そこでトランプは現実逃避として、共和党議員や財界人を跪かせるボールルーム事業に自我を投入している。
しかし戦争はトランプが目を逸らしても終わらない。解離状態が続けば続くほど、世界経済への損害は拡大するだけだ。
石油資源開発<1662.T>がマイナスに転じる場面があった。午後3時ごろに、中東情勢の緊迫化に伴う業績への影響を発表。ホルムズ海峡の事実上封鎖の状態が継続していることに伴い、ペルシャ湾内から26年度第1四半期に調達する計画であったLNGカーゴ2隻分について他の産地から代替カーゴをスポット調達済みであり、調達コストが中東情勢緊迫化前に比べ大幅に上昇する見込みとした。また、連結子会社を通じて参画するイラク南部のガラフ油田事業に関しては、ガラフ油田がイラク政府による不可抗力宣言を受けて生産操業及び出荷を停止し、同事業からの売り上げを見込めない状況になっているとし、これらの具体的な影響額は現在精査中で、27年3月期業績予想に織り込む予定とした。 結論:ホルムズ海峡の閉鎖が長引けば、石油価格は「深刻なダメージを与えるくらいの高さ」に上がらざるを得ない。ほとんどのアナリストはまだのんびりしすぎ。
ホルムズ海峡はいまだ閉鎖中。世界の石油供給の約2割が止まったまま、近いうちに回復する見込みはない。
IMFは「戦争の影」として世界経済の減速を予測しているが、甘い。本稿では、それより全然ヤバいと主張する。
多くの予測が間違えているのは、「油価がどうなるか」から考え始めるからだ。正しいアプローチは物理的な供給制約から出発すること。
石油需要を減らす方法は3つしかない:
①他エネルギーへの切り替え(短期ではほぼ無理)、
②石油を多く使う活動をやめる(バスに乗り換えるなど。でも郊外にバスはない)、
③経済全体を縮小させる=不況。短期ではほぼ③しか機能しない。
つまり、供給不足を補うだけの「需要破壊」の大部分は、世界的な景気後退によって「達成」されることになる。
前例は1973年ヨム・キプール戦争後のオイルショック。世界の石油消費はトレンドより約17.5%落ち込み、世界経済成長もトレンドより約7.5%下振れた。
今同じことが起きれば、IMFの「3%成長」予測に対して、ゼロ成長かマイナス成長になりうる。真の世界的惨事だ。
緩和要因もある:
①そもそも海峡が再開通する可能性(トランプが「俺の勝ちだ」と叫びながら実質降伏すれば済む話)、
②1973年より世界経済の石油依存度がずっと低くなっている、
③今は代替エネルギーへのシフト余地が当時より大きい。
ただし残っている石油需要のほうが「圧縮しにくい」可能性が高く、短期の適応はむしろ1970年代より難しいかもしれない。
要するに何が言いたいか: イランとの戦争でホルムズ海峡が封鎖されたせいで石油製品価格が爆上がりしてるが、ガソリン代が話題になるだけで本当のダメージの半分も語られていない、という話。
トランプは開戦からわずか1ヶ月ちょっとで事実上の敗北宣言に追い込まれつつある。株式市場が「撤退交渉」のニュースで急騰したことがそれを雄弁に物語っている。
トランプは「ホルムズ封鎖は他国の問題、アメリカにはガソリンが余ってる」とほざいているが、米国の主要空港のジェット燃料価格を見れば一目瞭然、まったく嘘八百。
ガソリン価格が全国平均4ドル/ガロンに達したのはニュースになっている。が、それだけじゃない:
ディーゼル価格はガソリン以上に上昇(約1.70ドル/ガロン高)。乗用車はまだしも、トラック輸送はほぼ全部ディーゼル。
肥料(尿素)の価格も急騰。天然ガス由来の原料がペルシャ湾経由で輸出されていたのだから当然。
プラスチック(ポリエチレン)の価格も同様に爆上がり。
EIAのデータによれば、米国の石油製品消費のうちガソリンは半分以下。ディーゼル消費は年間約600億ガロン、価格上昇分だけで消費者負担増は約1000億ドル規模。さらにジェット燃料・肥料・石化製品の打撃が加わる。
これらコスト増は最終的にすべて「輸送費上昇→ほぼ全商品の値上がり」という形で一般消費者にブン投げられる。
米国は石油純輸出国なので国内石油業界は棚ぼた利益を享受。しかしその利益を還元する仕組みは何もないので、庶民は丸ごと痛みを食らうだけ。
FRBの問題がやっかい:
FRBは通常「コアインフレ」(食品・エネルギーを除く)を基準に金利判断をする。ガソリン代の跳ね上がりは「一時的」として無視できる。
しかしディーゼルやジェット燃料の高騰は「企業コスト」として波及するため、コアインフレに算入される。つまりFRBはこれを無視できない。
1970年代型スタグフレーションへの懸念が強い中、FRBは利上げ(あるいは利下げ停止)に傾く可能性が高く、景気後退リスクが高まる。
結論: トランプがどう言い訳しようと、米国にとってホルムズ海峡の再開通は死活的利益だ。「他国の問題」などと言える立場ではまったくない。
ホルムズ海峡が封鎖されて、世界の石油生産の約20%が止まった。イランと一部の例外を除いて通航できない状態。
原油先物価格は急騰しているが、これはまだ「投機的」な上昇であり、実際の供給不足を反映したものではない。ペルシャ湾から各市場まで4〜6週間かかるので、封鎖前に出発したタンカーが今まさに世界中に届き続けているためだ。
この猶予期間が今週・来週で終わる。 JPモルガンの試算によると、アジア向けの到着は今週末、ヨーロッパ向けは来週に途絶える。
これまでトランプが「イランと交渉中」などとブラフをかまして市場を落ち着かせてきたが、実際に石油が届かなくなれば口先介入は効かなくなる。需要が潰れる水準まで価格が上がるしかない。
アメリカはペルシャ湾からの輸入は少ないが、世界的な供給不足の影響で国内価格も上がる。
価格がどこまで上がるか:不確実性が大きい
不確実要因その1:どれだけの石油が「漏れ出る」か。サウジのパイプライン(紅海へ)、オマーンのパイプライン(海峡迂回)、イランの自国輸出分などで、完全ゼロにはなっていない。ただし戦況次第でこれも消える。
不確実要因その2:需要の価格弾力性。石油需要は価格に鈍感(弾力性が低い)ことは知られているが、「どれだけ低いか」が今回の肝で、正確な推定は不可能。
試算マトリクス(ブレント原油、平時$65想定)
供給減少を3段階(8%・12%・16%)、需要弾力性を3段階(0.2・0.15・0.1)で組み合わせたシナリオ表を提示。
筆者の数字は他の分析(Robin Brooks)より悲観的。「中程度/中程度」のシナリオを想定するのは危険だと強調。
「高度混乱」シナリオ(供給16%減)が絵空事ではない。米軍がハルク島を攻撃してイランの石油輸出を遮断し、イランがフーシ派経由で報復するなど、まさにトランプ政権の現在の戦争計画通りに進めばそうなる。
原油が$200超になれば、インフレ急騰+リセッションの全面的な世界経済危機も十分ありうる。
専門家の温度差
金融・マクロ経済の専門家:「なんとかなる」と比較的楽観的。
エネルギー専門家(物理的な供給側を見ている人々):完全にパニック状態。
筆者(クルーグマン)はマクロ経済学者だが、「自分の頭も焦げ始めている」と締める。
トランプは週末にイランに対して「48時間以内にホルムズ海峡を開放しないと爆撃するぞ」と脅したが、月曜の朝7時5分にいきなり手のひら返して「交渉中だから5日間待つ」と言い出した。ちなみにイラン側は「そんな交渉してない」と即否定。
問題はその発表の15分前に起きていた。午前6時50分ごろ、株価指数先物(S&P500 e-Mini)が突然大量に買われ、原油先物(WTI)が突然大量に売られた。市場的には完全に異常な動き。
このタイミングで動く理由になるような公開情報は何もなかった。つまり答えは一つ:トランプの腹の内を事前に知っていた誰かが、その情報で荒稼ぎした。原油先物の売りだけでFTの試算では約5億8000万ドル規模。
これ、今回が初めてじゃない。イランやベネズエラへの攻撃前にも予測市場Polymarketで怪しい動きがあった。どうやら常習化している模様。 企業の内部情報を使って儲けたら「インサイダー取引」として違法だが、国家安全保障上の機密情報を使って儲けたら何と呼ぶか? クルーグマンはズバリ「反逆罪(treason)」と言っている。理由は三つ: 公職者が職務上の地位を私的利益に使うのは、原理的に絶対アウト。
先物市場の取引パターンを見れば、機密情報が敵対国にも漏れているも同然。わざわざスパイを仕込む必要すらない。
機密情報で取引するのと機密情報を売るのは、一線を越えた時点でほぼ同じこと。ブレーキが利かなくなる。
「誰が取引したのか?」は割と簡単に特定できるはずだが、それを調査するのがKash Patel率いるFBIだと思うと……(笑えない冗談)。民主党が政権を取り戻したら徹底的にやれ、とクルーグマンは言っている。 さらに深刻な問いもある:政策判断そのものが、市場操作のために歪められているのでは? 戦争か和平かという決断が、誰かの相場の都合に合わせて動いているとしたら? 「まさかそんな」と思いたいが、現状を見ていると否定しきれない。
まとめると:腐敗した政府は国家安全保障を守れない。今のアメリカ政府はトップから末端まで腐りきっており、公職を「責務」ではなく「稼ぎ口」と思っている人間だらけ。腐敗した政府は戦争も下手くそになる。イラン問題の後日談を書くとき、「傲慢な無知」が主因になるかもしれないが、「醜悪な強欲」も相当なところまで食い込んでくるだろう。
トランプが「イランと生産的な交渉が進行中だから爆撃は一時中断する」と言った。イラン側は「そんな交渉はない」と即否定。どっちを信じるかって話。
クルーグマンは「イランが正しい、トランプは嘘をついているか妄想しているかその両方」と断言。根拠は以下の3点。
1. 逃げ道が必要だった:トランプはホルムズ海峡を封鎖されたらイランの民間インフラを爆撃するという大規模戦争犯罪予告をかましており、進退窮まっていた。「イランが自ら交渉に来た」という話にすれば、方針転換を認めずに体裁よく撤退できる。これはいかにもトランプらしいやり口。
2. イランが交渉する理由がない:軍事的には負けていても、「長期消耗戦に持ち込む」という戦略は成功しつつある。イラン政権はガソリン高騰に怒るアメリカ国民より遥かにタフ。時間はイランの側にある。もっと米国を恥をかかせてから交渉するのが合理的で、今ここで手打ちにする動機がまったくない。
3. インサイダー取引の疑い:トランプ周辺の人間なら、週末に原油先物を高値で売り建て、「交渉進展」発表直後・イランの否定前に買い戻すだけで巨額の利益を得られる。こんな疑いを持つこと自体、以前なら荒唐無稽だったが、今は「ありえなくない」と誰もが思ってしまう状況になっている。
本当の問題:アメリカの世界的な影響力が損なわれているのは核ミサイルの問題ではなく、「何を言っても信用されなくなった」こと。約束も脅しも、もはや誰も真に受けない。国力とは誠実さと信頼性の積み重ねでもあるのに、いまの政権にはその欠片もない。
トランプがニューヨーク・タイムズに激怒し、「48時間以内にホルムズ海峡を開けなければイランの民間インフラを爆撃する」とか言い出した。完全に追い詰められてる。
なぜ追い詰められているかというと、ホルムズ海峡の封鎖がエネルギー以外にも想像以上に広範囲でダメージを与えているから。
湾岸地域は世界の肥料の主要産地。
世界のヘリウム供給の約3分の1を占める——ヘリウムは半導体製造や医療に必須。
製薬原料の多くもホルムズ経由で輸送されており、完成品もドバイ経由で飛んでいる。
ただ、ペルシャ湾が「唯一無二のチョークポイント」かというと、そんなことはない。世界中に同様の急所がある。
台湾:世界の半導体の60%超、最先端品に至っては90%超を供給。
韓国:メモリチップの主要輸出国。
オランダに本拠を置く中国系チップ企業Nexperiaをめぐるゴタゴタが世界の自動車生産を揺るがしている。
インド:ワクチンを含む医薬品の主要輸出国。
中国:レアアースの圧倒的供給源——だから「解放の日」関税でトランプは結局折れた。
こういった現象の根っこは「ハイパーグローバリゼーション」——Arvind SubramanianとMartin Kesslerが2013年に提唱した概念。1980年代から2008年の金融危機前にかけて、世界貿易はGDP成長を大きく上回るペースで拡大した。
問題は量ではなく構造。iPhoneが「どこで作られているか」に単純な答えがないように、生産が複数国にまたがる部品の連鎖になっている。国民経済は相互依存のかたまりになってしまった。
このシステムが一応機能していたのは、アメリカという「要のピン」がモノ・サービス・カネの流れを保証していたから。
完璧ではなかった。ワクチンやレアアースを輸入に頼りすぎるのは問題だった。
しかし今は最悪の組み合わせ:超複雑なサプライチェーンへの依存はそのままで、保証人たるアメリカが機能不全に陥っている。
アメリカの弱さが露呈した:イランの原油輸出を止める力もないくせに、インフラ爆撃を脅しにかける。同盟国ですら米国を信頼も尊重もしなくなっている。
今起きているのは「輸入品が買えなくなる」という話ではなく、「生産に必要な投入物が手に入らなくなる」という話。
農業用肥料の不足(植え付けシーズンに直撃)。
アジアの半導体メーカーへのヘリウム供給途絶。
製薬原料の供給断絶。
ホルムズ危機は恐ろしいが、これは始まりに過ぎないかもしれない。チョークポイントだらけの世界経済は、もはや「信頼できる強いアメリカ」という前提の上には成り立たない。今が悪くても、これからもっと悪くなる可能性は十分ある。
トランプが「48時間以内にホルムズ海峡を開かなければイランの発電所など民間インフラを爆撃する」と脅迫した。これは堂々と予告する類の戦争犯罪だ、とクルーグマンは指摘する
にもかかわらず米国は、イランが「安全通航を許可した船」に限りホルムズ海峡を通過させるという現状を黙認している。つまり敵国イランに海峡の"入場審査"をさせたまま戦争をしているわけだ
なぜ米国はイランの石油輸出を止めないのか?答え:イランは日量約200万バレルを輸出している。海峡封鎖で世界供給が1000万バレル超も失われているさなか、その200万バレルをさらに削ると国内ガソリン価格がさらに跳ね上がる。それを政治的に恐れているから
これは「信じがたい弱さの自白」だとクルーグマンは断じる。敵の資金源を断つ最も簡単な手段(石油禁輸)を、支持率への影響を恐れて自ら封印しているのだから
この戦争の本質は「どちらが痛みに耐えられるか」の消耗戦だ。米国はイランに爆弾を落とし続けられるが、経済的痛みを自国民に負わせることはできない。イラン政府はその逆で、爆撃には耐えつつ石油封鎖で世界経済に痛みを与え続けられると踏んでいる
「こういう構図でどちらに賭けますか?」とクルーグマンは問い、アメリカが負けつつあると示唆する。それを言いたくはない(国内政治的にも)が、米国が負けた世界は全員にとって非常に危険だ、と暗い展望で締める
クルーグマンは米国主導の国際秩序が念頭にあるんだな基素.icon
イランとの戦争でホルムズ海峡が詰まり、世界の石油供給の2割が吹っ飛んだ。停戦の見込みなし、ドローン時代に制海権確保も夢のまた夢。というわけで石油は当面ずっと足りない。「脱石油」はお題目じゃなくて現実の問題になった。
で、石油消費を減らすのは難しいのか?答えは「時間軸による」という身も蓋もないもの。
短期(数年スパン)はきつい。 バレル100ドルだろうが150ドルだろうが、消費はそんなに減らない。なぜって、短期で石油を節約する手段なんて「車に乗らない」くらいしかない。カープール、在宅勤務、バス利用……でも多くのアメリカ人にとってバスなんて選択肢にすらない。最悪シナリオは価格高騰で家計が死んで景気後退、それで需要が「解決」するというやつ。こんな解決、要らない。
長期(車両の世代交代が進むスパン)はかなりマシ。 EVがもうガソリン車と普通に競争できるレベルになった。低燃費車でもSUVの利便性はほぼ享受できるし、消費者は燃料代の節約額を実は過小評価している。技術的には、経済へのダメージを最小限に抑えながらガソリン消費を激減させることは十分可能。
さらに長期で「どう住むか・働くか」を変えれば、 今の何分の一かの石油消費で経済は普通に回る。
ペイウォール以降では①なぜ今これだけ石油を使っているのか・その構造変化、②短期の価格弾力性、③車両更新後の需要調整、④長期的な生活・都市設計の可能性、を論じる
ブルッキングス研究所のロビン・ブルックスと対談。ブルックスは元IIFチーフエコノミスト、元ゴールドマンのFXトレーダーで、ロシア制裁の頃からサンクション問題を追ってきた人物。
石油価格はどこまで上がるか
ブルックスいわく、ホルムズ海峡の通過量は日量2000万バレルで、ロシアの輸出量(700万バレル)の約3倍。ウクライナ侵攻後にBrent原油が20%上昇したのに対し、今回は70%上昇しており、スケール感としては整合的。
ブルックスが示した試算:海峡通過量が半減(2000万→1000万バレル/日)し、価格弾力性を文献中央値の0.15と仮定すると、価格上昇幅は60〜70%。現在の市場価格(約115ドル)はだいたいその範囲内で、「$150〜200」という極端な予測は現時点では根拠が薄い。
クルーグマンも弾力性が小さいことには同意——短期的に石油消費を減らすのは現実問題として難しく(子供の送り迎えや通勤をやめられない)、推計値の不確実性も高い。
価格弾力性のあいまいさ
ブルックスいわく、重要なのはオーダーオブマグニチュード。「$200」という予測を信じるなら、ペルシャ湾からの石油輸送がほぼゼロになるという暗黙の前提が必要になる。
過去にはロシア制裁時に「$380」という黙示録的予測も出たが外れた。「戦争は結局、米国大統領の裁量次第。いつでも出口がある」とブルックスは見る。
第三の選択肢:イラン石油の完全禁輸
ブルックスは、米軍のプレゼンスを活かしてカーグ島などから出港するタンカーを実力阻止する完全禁輸が、「爆撃」でも「任務完了宣言」でもない第三の道だと主張。
ロシア式の複雑な「G7価格上限」とは違い、禁輸は「タンカーが動くか動かないか」のバイナリーで執行が単純。米海軍が「イラン産油タンカーを撃つ」と宣言すれば、試そうとする者はいないだろうと。
イランの対GDP経常収支黒字は約3.5〜4%、石油・ガス輸出は同15%。これをゼロにすればイラン通貨は暴落し、インフレと金融不安が生じ、戦争継続が困難になるというのがブルックスの読み。
ロシア制裁の失敗から何を学ぶか
クルーグマンも同意しつつ、ロシア制裁が機能しなかった最大の原因として、西側企業のロビイングとザルな抜け穴(シャドーフリートへのタンカー売却、中央アジア経由のトランジット輸出など)を指摘。「資本家は自分を吊るすロープを売ってくれる」というレーニンの言葉通りだったと。
ブルックスいわく、価格上限の設定水準が「ロシア産油の実勢価格」と変わらない60ドルに設定された時点で意味がなかった。単純な全面禁輸の方がはるかに執行しやすい。
通貨への影響
ロシアのウクライナ侵攻後と同様のパターンが現れている。①初期はリスク回避でドル高、②落ち着いてくると資源輸出国通貨が上昇、資源輸入国(トルコ・日本・韓国等)通貨が下落。
ブルックスの見立て:今年年末にはドルは年初比10%安になる。戦争が終われば「弱いドル」基調に戻るとみている。
ただしドルの基軸通貨地位は驚くほど頑丈。IMFのCOFERデータでは、あらゆる政策混乱を経ても外貨準備に占めるドルのウェイトは安定したまま。「ドルは国際語としての英語と同じ」というキンドルバーガーの例えをクルーグマンが引用——人民元が取って代わるには何十年もかかる。
ドルの覇権の根源は決済ネットワーク支配。米国の制裁が他国の制裁より圧倒的に効くのはドル決済から排除される恐怖があるから(インド精製業者がロスネフチ制裁で大慌てした事例を紹介)。
ブラジルと資源輸出国の「棚ぼた」
ブルックスいわく、石油・天然ガス・大豆を輸出するブラジルは今回の危機の大きな受益者。中国の食料輸入の4分の1がブラジル産というのは盲点だった(クルーグマンも驚いた)。
交易条件の改善→購買力向上→成長、という経路が機能する。米国も産油国ではあるが、石油消費者も多いためネットの恩恵はブラジルより小さく、むしろマイナスの可能性も。
金価格と中央銀行の独立性
金価格は昨年8月以降50%上昇、貴金属全般で「バブル」の様相とブルックスは見る。ただしバブルには必ず合理的な恐怖の核がある。
トリガーはジャクソンホールでのパウエル「利下げサイクル開始」宣言と12月の追加利下げ。「引き締めすべき局面でも緩和し、しかも政治的影響下に置かれている」という懸念が金市場に反映されているとブルックスは分析。
ブレークイーブンインフレ率(5年5年先)は表面上2.5%付近で平静に見えるが、原油価格が下落してもBEが下がらないという「乖離」がリスクプレミアムの蓄積を示唆している、とブルックスは主張。
先進国の財政問題と日本リスク
コロナ後、先進国全般で財政赤字がパンデミック前より高止まり。米国は年間GDP比6〜7%の国債発行を続けており、「平時・好況期にこの数字」はさすがに異常とクルーグマン。
ブルックスが警戒するのは日本——GDP比240%の債務を抱えながら日銀が金利を強引に抑制し続けている。「金利を抑えれば財政は保てるが円安が止まらない」というジレンマが限界に近づきつつある。「MMTの実験場が日本で、通貨がトイレに流れているのがその答え」。
英・仏・伊・スペインも似た構造的リスクを抱える一方、スイス・スウェーデン・北欧諸国はその裏返しで市場から評価されている。
ホルムズ海峡が封鎖されて世界の石油供給の約10%が吹っ飛んだ。先物市場は高値が長期間続くと見ている。IEAも省エネを呼びかけ始めた。「時速55マイル制限を復活させようぜ」という話は実現しないが、理屈としては全然バカじゃない。
オイルショック(1973)時代、アメリカは実際に時速55マイル制限を導入した。テキサスじゃ「100マイルで走ってヤンキーを凍らせろ」なんてバンパーステッカーが出回るほど嫌われたし、カーターが厚手のセーターでホワイトハウスからエネルギー節約を訴えたのはMEOW(「戦争の道義的等価」)と揶揄された。政治的には不評だったが、経済的にはバカじゃなかった。 石油需要は短期的にはほとんど弾力性がない。長期的には燃費の良い車への移行とかいろいろ手があるが、今すぐできることといえば「運転を減らす」くらいしかない。調理はヨーロッパでは天然ガス問題として別途あるが。
エコノミクス101的には「価格を上げれば消費は減る」でそれはまさに今起きていること。だが公共的な節約キャンペーンや規制に2つの意義がある:
①分配の問題——ガソリン価格高騰は消費者から石油会社や産油国(ロシアを含む)への大規模な富の移転であり、それを少しでも和らげられる。
②集団行動問題——みんなが75マイルで飛ばす高速道路で1人だけ55マイルで走ると逆に危険。リモートワーク復活も同様に協調が必要。
理屈としては省エネ戦略は短期的な対応として筋が通っている。が、現政権は「掘れ掘れ、燃やせ燃やせ、ガスを安くしろ」路線であり、省エネを呼びかけるなど屈辱的な方針転換になるため、まず起こらない。
ペルシャ湾がどう収束するかは見通せない。よりマシな政権でも泥沼であることは変わらない。だが「ガソリンを燃やすのを減らす」という解決策の一部として省エネを真剣に考えるべきだ——実現しないとしても。
で、専門家の反応が二分されてる。石油アナリスト連中は髪の毛燃やすくらい大騒ぎ。マクロ経済屋は「まあ落ち着けよ」とわりと冷静。どっちが正しいのか。
歴史を振り返ると、1973年の石油ショック(アラブ諸国が対米禁輸)と1979年のイラン革命後のショック、今回はその両方よりデカい規模の供給途絶になりそうだという話。
ただし今の経済は1970年代とは別物。先進国は石油依存度が大幅に下がったし、あの時代みたいに石油価格上昇がスパイラル的なインフレを引き起こしにくくなっている——という構造変化がある。
記事の後半では以下を論じるとのこと:
過去の石油危機の歴史(ヨム・キプール戦争〜今回のイラン戦争まで)
1970年代に石油ショックがあれほど経済に打撃を与えた理由
1973年以降の石油経済の構造変化
イラン戦争の経済的影響のシナリオ