アメリカの医療問題
2026-05-24 Curing US Healthcare, Part III: The Future
アメリカってのは先進国の中で唯一、国民全員に医療を保証してない変な国なんだよね。で、当然のごとく医療アウトカムもよろしくなくて、平均寿命も他の先進国よりかなり短い。
しかもこんなしょぼい結果を出すために、一人当たりの医療費は世界一ぶっちぎりで使ってる。ダメな上に高い、最悪のコスパ。
2010年にオバマケア(ACA)が成立して2014年から本格稼働して以来、カバレッジもコストもそこそこマシになってきた。これは普通に成果と言っていい。
ところがトランプ第二期政権が、オバマ&バイデン時代に積み上げてきたものを今まさにガラガラ崩しにかかってる、というのが現状認識。
今回は3部作の完結編。Part Iが「医療政策の基礎と、なぜ皆保険が望ましくて、なぜ政府介入が不可欠か」、Part IIが「アメリカがどうやってオバマケアを採用したか、と共和党による執拗な攻撃」、で今回のPart IIIが「じゃあこれからどうすんの?」という話。
想定シナリオは要するに「2028年の選挙で民主党が政権を統一支配できたら何をすべきか・何ができるか」というプラン作り。負ける前提じゃないだけマシ。
有料部分で扱うとされているトピック
アメリカの医療を国際比較でどう位置づけるか
アメリカで実際に機能しうる制度はどんなタイプか(=シングルペイヤー原理主義じゃなく現実解を探るっぽい雰囲気)
アメリカ医療改革をめぐる政治経済学が今どう変わってきているか
そして具体的な「道筋(path forward)」
2026-05-08 Unlocked Repost: Curing U.S. Health Care, Part I
アメリカの医療制度はクソだ、というのはみんな知ってるが、ACAでとりあえず数千万人が保険に加入でき、コストの伸びも鈍化した。悪くなかった。
ただし先進国で唯一、普遍的医療保障を達成できていない。人口の8%(2024年時点)がまだ無保険で、トランプ政権の政策でこれからさらに悪化する見通し。
しかも医療費は世界ダントツの高さ。カバレッジは最悪なのにコストは最高、という意味不明な状況が続いている。
なぜ市場に任せられないのか
1963年にケネス・アローが示したとおり、医療は「市場がうまく機能するための条件」をほぼ全部満たしていない。リスクの不確実性と情報の非対称性がでかすぎる。
医療費の大半はごく一部の重病人に集中する。誰が重病になるかは事前にわからない。だから保険が必要になる。
民間保険は構造的に欠陥品だ。健康な人が保険を買わず病気がちな人だけ残る「デスパイラル」が起きるか、あるいは病気の人を最初から弾くかのどちらかになる。
さらに民間保険会社は支払いを拒否するインセンティブを常に持っている。ユナイテッドヘルスケアCEO射殺事件(2024)のCEO殺害犯が「民衆の英雄」扱いされたのは、まさにこの怒りの反映だ。
世論調査でも共和党支持者の41%ですら「全員が医療を受けられるのは政府の責任」と回答している。医療を市場に丸投げすることへの政治的・感情的な反発は強い。
普遍的医療保障への3つのルート
医療制度の設計には「誰が払うか(公的vs民間)」と「誰が提供するか(公的vs民間)」という2軸がある。現実に機能しているのは以下の3パターン。
①公的資金+公的提供(いわゆる「社会主義的医療」):英国NHSや米国退役軍人省(VA)がこれ。「社会主義だ」と叫ぶ人がいるが、公教育と構造は同じで、なぜ医療だけ特別扱いするのかという話。
②公的資金+民間提供(シングルペイヤー):政府が税金で払い、病院やクリニックは民間が運営。アメリカにはすでにMedicareとMedicaidという2つのシングルペイヤー制度があり、合計1億2800万人をカバーしている。カナダ・オーストラリア・台湾などがこれ。
③民間資金+民間提供(規制付き民間保険):民間保険でも、「①既往症による加入拒否禁止、②加入義務化、③低所得者への保険料補助」という三本柱を組み合わせれば機能する。オランダ・ドイツ・スイスがこれ。オバマケアも本来これを目指したが、トランプ1期目に加入義務化の脚を一本折られた。
で、どれが「使える」のか
全部使える。どれも先進国で実際に機能している実績がある。イギリスNHSは近年の管理不備・投資不足で苦しんでいるが、本来のポテンシャルはある。オーストラリアのシングルペイヤーはコモンウェルス基金の10カ国評価でトップ。オランダの民間保険システムも同様に高評価。
共通点はひとつ:どの方式もアメリカより一人当たりコストがはるかに安く、全員をカバーしている。
「普遍的医療保障は不可能だ」という共和党の主張は、他の全先進国が実現してるという事実によって完全に論破されている。
次回は「なぜ普遍的医療保障が機能するのか」と「アメリカに現実的な改革の道はあるか」を論じる、とのこと。
Feb 14, 2026 Talking Again with Jon Gruber - Paul Krugman
Jon Gruber
移民を追い出して補助金も削れば老人が余計に死ぬ。その財源はトランプ減税のほんの一部で足りる。あとは政治の意思の問題だ
ACAの補助金が切れた、それだけで5000人死ぬ計算だ。
バイデン時代の拡充補助金が2025年に失効。低所得者は保険料ゼロから有料に逆戻り、中間層はいきなり「年収の25%」を保険料に払えと言われる羽目に。グルーバーの試算では約400万人が無保険化し、毎年5000人追加で死ぬ。今のところ無保険者増加は150万人止まりだが、それでも軽く1900人規模の超過死亡だ。しかもそのコストは、トランプ減税の10分の1、ICE予算の半分以下という話なのに、やらないんだから狂ってる。
保険があるとうつ病が3割減る——それ、薬じゃなくて「不安がなくなる」からだ。
オレゴン州の無作為割当実験で判明。健康保険があるだけで精神的苦痛が激減する。「救急車を呼ぶと破産するから乗りたくない」という人が実際にいる国が先進国を名乗ってる、という現実をちゃんと直視しろ
移民を追い出すと、アメリカの老人が余計に死ぬ——これは実証済みだ。
グルーバーの新論文の核心。老人ホームのCNA(介護助手)もホームヘルパーも移民だらけで、介護労働者の3人に1人は外国生まれ。ハイチ人のTPS(一時保護)を剥奪して33万人を強制送還すると、毎年9000人の高齢者が余計に死ぬという試算が出た。ミラー流の「1日3000人強制送還」を続けたら毎年15000人以上の老人が死ぬ計算になる。
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学術研究(Grabowski・Gruber・McGarry)によると、移民1000人が増えると看護師49人・医師補助28人・医師19人が追加雇用される。逆に言えば、ミラーが目標とする年100万人の強制送還ペースでいくと、アメリカのシニアの超過死亡が年間約1万5000人増えるという試算になる。移民排除政策は単なる道徳・人権上の問題ではなく、文字どおりアメリカ人を早死にさせる政策だ。
移民は「ネイティブの仕事を奪う」なんてことはしていない、むしろ医師の数が増える。
回帰分析(David Card流の「自然実験」手法)で確認済み。移民が増えた地域では介護職の移民も増えるが、ネイティブの介護職は減らない。それどころか医師数がわずかに増える。移民が来た後にはじめて老人死亡率が下がる——事前にトレンドの差はない。因果関係はかなり堅牢だ。
ベビーブーマーが85歳になるとき、介護人手不足は「危機」から「崩壊」になる。
あと10〜15年で長期介護需要はピークを迎える。すでに圧倒的な人手不足なのに、今やってることは「来たがっている人を追い返す」方向だ。AIがホワイトカラーを食う時代に、「おむつを換えてベッドの患者を体位変換する」仕事だけはAIに代替できない。低スキル労働者の受け皿として最適なのに。
在宅ケア全員保障を年間400億ドルでできる——「安すぎてびっくり」とクルーグマンも言った。
グルーバーとリチャード・フランクが設計した全高齢者向け在宅ケアプログラム。所得に応じた自己負担で全員に在宅ケアを保障。コストは年4兆円程度(トランプ減税の1.2%)。おまけに「介護のために仕事を辞めていた女性」が労働市場に戻れる効果もある。
介護職のキャリアラダーが機能しないのは「怠慢」じゃなくて「余裕がないから」だ。
CNA(時給22ドル)からLPN(時給40ドル)に上がるのに必要な学校が1年。なのに誰もやらない——理由は「学費が払えない」「休めない」「3つ掛け持ちしてる」から。マサチューセッツ州では600万ドルの補助金で半年間半日勤務+無償受講を提供したところ、雇用主が返済を申し出るほどLPN需要が高い。貧困が人の「将来への投資」能力を奪う、という話の典型例。
医療費が高すぎる根本原因は、他の先進国がやっている「価格規制」をしていないから。
Kenneth Arrow(1963年)が指摘したとおり、医療は市場の失敗が最もひどい分野。世界中の国が価格規制で対処しているが、アメリカだけやっていない。次の政策論争はそこになる——供給不足の解消と、価格規制の導入。