ネタバレ
きっかんはネタバレをほとんど一切気にしない
必要なのは情報であり、正式な段取りで作品の要約を手に入れるのとその情報だけを手に入れることはほとんど変わらない
本編読むのとあらすじ読むのとネタバレを聞くのがほぼ等価
そのため、いずれかを選ぶとして本編を選ぶインセンティブがない。
自分にとっては冗長に感じてしまうが、それが良いとされるのはなんとなく理解できる。
物語にも興味がない
物語でいうと、情報はその要約やプロットにあたる
物語と当事者意識
「本編とあらすじが等価」であるならば、真にktzkn_.iconが興味を持たないのは、物語的演出や脚色、もてなしである
ネタバレを気にする人のエミュレートをしてみる
ストーリーを経て任意の情報が判明することが面白い
ストーリー、演出、想定される情報の出し方などによって情報の受け取り方に係数がかかる
情報の出し方をお膳立てする行為やその内容は「もてなし」であると思う
おかみさんが良くしてくれたから良い旅館だと思った、と同じ
これ比喩下手
同じ料理を旅館で食べたけど、いい雰囲気で食べたから美味しく感じた、とかがいいね
このもてなしを、情報に対するノイズだと思っているふしがある
「散々してきた苦労が報われたから感動できる」
きっかんは成長や変化によって認識にバイアスがかかることの明確なアンチ
絶対値で認識したい(動物である限り難しい)
ネタバレであるほうが望ましい場合すらありそう
/covelto/ネタバレ
「情報が順を追って開示されていく過程が面白い」という価値観がさっぱりわからない
ぼくも、わかりませんktzkn_.icon
これ自体を能動的に知ることが競技になっていれば面白そう。謎解きとかパズルゲームとか
これらの快楽の種類は「知る」とかよりも「挑戦」とか「打破」じゃね
謎解きとか関係なく、レベルデザインとして情報やテクニックを小出しにするのはわりと大事な要素だが、それは人間に最初から全てを与えても混乱するからそうしているのにすぎないよな……と思う