赦し:Pardon(5)
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目を開けると午後遅い時刻だった。薬を飲む必要はもう無いだろうが、望の時期を完全にやり過ごすにはもうひと寝入りしなければなるまい。ルーピンの手は寝台の下にマグカップをさぐり当てる。女の月のものみたいな汚い色。
だから、スネイプが脱狼薬の研究に打ち込んでいると知った時の驚きは、あの男の熱意が人助けのためなどではなく、知識の整合性への渇望にすぎぬことを思い出すことで冷まされるのだった。その人格の欠点があらわになればなるほど、不可解な深淵をさしわたすイコールの橋を強固なものにすることができた。
彼はえこひいきをする、陰険な、嫌な教師である。
彼は私のために脱狼薬をつくって持ってきてくれる。だが、それは校長の命令によるのであり、彼自身は私を憎んでいる。
部屋に入って来る時のスネイプのうつろな、トンネルのような暗いまなざし。ルーピンは思う。だが、私は良き教師であり、生徒たちから好かれている。
たとえスネイプの脱狼薬に効き目があるとしても――
あるとしても? ルーピンの手はマグカップを床に転がす。ゴトリ。把手が床にぶつかる音が響く。効果はあるのだ。あの薬には。確かに特効薬ではなく、完成品ですらない。副作用は強く、健康を損なう。服用することによって生じる精神的苦痛は大きく、しかし、にもかかわらず、――あの薬によって自分は変身の最中でさえも人間でいることができるのだから。スネイプはたとえ陰険であろうと、闇の魔術に魅せられていようと、ダンブルドアの命令であろうと、毎月、満月の時期に薬をもたらすことをやめはしなかった。
それで自分は?
二十年後の小屋の中では、少年の頃には判らなかったことも判るようになる。例えばあの頃我が身に感じたいわれない恥辱と劣等感。それを少年の日の彼は、自分が人狼である事実と結びつけたのだったが、それこそいわれのない短絡的な思考だったと、今となっては思い至るように。おそらくは誰もが、同じ感情に自分の特徴を結びつけてはもてあそんでいたのだ。ピーターは伸びなやむ身長に、シリウスは家族に対する反発に、‥‥
だから、あの時、自分はこう言っていなければならなかったのだと、今は判るのだ。たとえ自分が人狼であっても。スネイプが陰気でいけすかない糞野郎だとしても。シリウスがいかに闇に惹かれる者を憎んでいたとしても――それらは何の関係もない。単にそれはやってはいけないことなのだ。と。
夕暮れが迫っていた。ゆるやかに螺旋をえがいて鈍いろの粒子が床に降りつもる。疲労と、まだ抜けきっていない薬の成分がルーピンの四肢を弛緩させ、まぶたを閉ざす。自分はまだ起きている。もはやみずからの意思ではぴくりとも体を動かすことができないのに、彼はその認識に固執する。自分はまだ起きている。だから、――わたしがしなければならないのは、‥‥
暗くなりまさる小屋の寝台のうえに彼は横たわっている。その闇にほんのわずかほの白さが混じっているとすれば、それは彼が夢を見ているからなのだ。
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◆"Pardon"(written by Yu Isahaya & Yayoi Makino) is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
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