赦し:Pardon(6)
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彼は十になるかならぬかの子供だった。その晩のうちに人狼に噛まれることになるのだが、そんなことは露ほども想像することなく森へ入ってゆくところだった。森へ行くことは禁止されていた。危険だから。禁忌の理由を大人に尋ねても、それ以外の答えは返って来ない。それはブルターニュの森で、ルーピンは両親とともに旅行に来ていたのだった。
下生えになかば覆われた小径をたどって樹々のあいだに分け入る直前、梢の向こうに満月を見た。森へ入ると、すぐに鬱蒼とした葉が月光をさえぎった。けれども茸か見知らぬ花かの燐光が足元をぼんやり照らしていた。
顔の高さの幹に、青白いくらげのようなものが貼りついていた。ルーピンはそっと手をのばして剥がそうとした。その瞬間、何十匹もの小さな蛾が舞い上がって渦まく柱をつくりながら、森の奥へ飛んでいった。指先にはただひびわれた樹皮が残った。
木立をぬって月光が時おり地表にまで届く場所があった。あるいはそれも、幻想的な蛾の群れなのかもしれなかった。少年はしだいに森の奥へと入りこんだ。青白い不思議ないきもののどれかを持ち帰れば、自分の勇気の確かな証拠となるだろうという考えに夢中になって。だが、茸や花は摘みとるやたちまち光を失った。蛾の群れは彼のてのひらから逃れつづけた。
どこかでふくろうが鳴いた。森の外ですうっと月光がかげった。少年は足を止めた。小径は草地に続いていた。半ば以上崩れかけた石積みの小屋が見えた。少年は近づいた。石の間には草が生えていたが、小屋の周囲には誰かが最近踏みならしたような跡がある。彼は注意深くまわりこんだ。屋根は落ち、反対側の壁はなかった。室内に、斜めにかしいで腐りかかったテーブルが残されていた。その上に水筒が置いてあるのをルーピンは見た。彼は一歩踏みこんだ。屋根のかわりに板でつっかいがしてあり、下には丸めた衣類が隅に寄せてあった。
不意に戸口が暗くなった。振り返るより先にルーピンは突き飛ばされた。転げ出ながら、少年は相手が全裸の男であるのを見た。男はテーブルの下に身をまるめ、何か叫んだ。ルーピンは後じさりしたが、相手から目を離さなかった。
男は切迫した調子でなおも叫んだ。ルーピンは小屋から出た。その時、雲が晴れた。少年は、小屋の内部を、うずくまる男の姿を一瞬に見て取った。‥‥
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少年は翌朝、廃墟となっていた炭焼き小屋の内部から発見された。発見された時、気を失っていた少年の体には彼のものではない上着がかけられていた。何が起こったかは明白だった。リーマス・ルーピン少年の服は半ば引きむしられて、腕には動物にかまれた跡がはっきりと残っていた。
当局がそれまで把握していなかった人狼を逮捕したのは数日後のことだ。新聞にのったのは、落ち窪んだ目の、たるんだ頬をして疲れたような中年男の写真だった。長年マグルの間にひそみ、中古車の販売の仕事をしていたと記事は明らかにした。マグルの女と結婚し、子供もいたこと、家族は男の性癖に気づいていなかったこと、小屋には満月の夜の滞在を快適なものとするための工夫がなされていたことが報告されていた。
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◆"Pardon"(written by Yu Isahaya & Yayoi Makino) is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
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