赦し:Pardon(4)
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スリザリンに属する黒い髪の陰気な同級生に対する友人たちの態度は、目にあまる域をこえていった。「ちょっとあれは効きすぎたんじゃないかな」顔を上げないよう注意してかばんの中身をかきまわしながらルーピンは呟いた。「おいおい、やつが先週どんな呪いを俺たちに吹きかけてきたか忘れたとでも言うのか?」憤然としたシリウスの声が降ってきた。「やつがおれたちのすることなすことこそこそ嗅ぎまわってるのは知っているだろう。トイレまでついて来たら、水で流してやるのが礼儀ってものさ」ルーピンは口をつぐんだ。僕は満月のたびにあの通路を行くんだ。廊下を跳びはねてゆく仲間たちの背を見ながら、ルーピンは思うのだった――僕は動物園に行かなくていいのか?
夢では、いつもトンネルの向こうに誰かが立っている。ルーピンは重い体をひきずってそちらに近づく。相手はさほど背が高くなく、痩せている。肩までの黒髪。血色の悪い尖った顔のなかで、暗い色の瞳だけが憑かれたように光っている。学生時代のスネイプ。この夢は御免だ。夢のなかでルーピンは激しく拒絶し、ほとんど覚醒しかける。これは幻覚だ。彼はおのれに言い聞かせる。思い出せ、自分はシリウスの悪戯の顛末を何も覚えていなかったじゃないか。全ては後から聞かされたことなのだ。
そう、あの悪戯。シリウスはベッドの上で腹をかかえて引っくりかえっていた。ときおり苦しげな息が漏れるのは、呼吸もできないほど笑い転げているからだ。「おまえたちには出すような尻尾があるのか、だとさ」彼は宙を蹴り、かん高くつくった声で続けた。「拝謁たまわりましたあなた様のよりはちゃんとしたのが」ピーターがたまらず粘つく笑いをもらした。一同は、狙いすました暴れ柳の一撃がスネイプを空高く運び去るさまを空想した。
ジェームズも、神妙に見えたのは最初だけだった。「あの野郎、ひいこら泣き喚いたろ」シリウスの問いに、ジェームズは一瞬考える表情をしてから、受けあった。「恐怖のあまり錯乱してたぜ。連れ戻すのが大変だった。離セ。僕ハ行カナクチャナラナインダ」
「行かせてやれよ」シリウスが茶々を入れた。ピーターがしたり顔で指摘した。「でも、そうするとリーマスがあいつを殺すことになっちゃうねえ」
シリウスはルーピンを一瞥した。「構わないだろ。やつは人間じゃないんだから」
僕も人間じゃない。
「だとしても、死なせる訳にはいかないだろう。大変な騒ぎになるだろうから」
それが、自分の口から出た言葉。
「だとしても?」
シリウスが言葉尻をとらえた。ベッドの上に起き直り、ルームメイトの曖昧な表情を容赦なく見すえた。「辛気くさいことを言うな。一つ、禁じられた場所に入り込んだやつが悪かった。一つ、先公は絶対真相をバラさない。この件について君が責められるいわれは一つもない。どうだ? それでも君は『だとしても』か?」
スネイプが人間でないとしても。――彼は人狼ではない。ルーピンはひとりごちる。この三人も。しかし、僕は人狼だ。友人たちは笑っていた。ルーピンは心のなかの疑いをおし殺した。――シリウス、彼はほんとうに自分からあの通路に入り込んだのか?
その場を救ったのはジェームズだった。「監督生をあんまり悩ませるなよ、シリウス。だけど、リーマス、これだけは言えるぜ。もしやつが不慮の事故で死ぬとしたら、ほかのどんな理由のせいでもなく、悪魔の召喚に失敗して死ぬんだ」
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短い夏の夜ははやくも白みはじめていた。朝の散歩と称して出ていった三人を見送って、ルーピンは毛布をかぶった。その時は、元気づけのための冗談だと思ったものだ。だが、新学期、なにごともなかったかのように一層暗く、鬱陶しさを増して廊下を歩み去るスネイプの姿を目にした瞬間、ジェームズの言葉は、ほとんど確信さえともなってルーピンの脳裏によみがえったのだった。
彼は悪魔を召喚しようとしている。
彼は闇の魔術に通じている。
たとえ僕が人狼だとしても――
ヴォルデモートが没落した直後の一時期こそ、最も暗くやりきれぬ時代だった。多くの裁判があった。よい評判を得ていた人々の隠れた秘密があらわにされ、闇の疑いをかけられていた連中の悪行が明らかになった。長いリストのなかにスネイプの名もあった。ダンブルドアの証言により嫌疑は晴れ。無罪。紙面の隅の小さな文字を眺めながら、ルーピンは思った。ダンブルドアの保証があてになるものか。彼は我々の悪行の数々さえ知らずに終わったのだから――
夢のなかにスネイプが立っている。ルーピンは彼をどうしていいか判らない。殺せ。彼の良心は、欲望はそうそそのかす。噛み殺してしまえ。それこそがおまえの牙の意味、おまえが人狼であることの意味だ。相手は闇の帝王に仕えていた男。
スネイプがデス・イーターであったという噂が正しかったかは知らない。ルーピンに言えるのは、スネイプは学生時代から闇の魔術に通じていたということだけだ。そのために彼はその噂に固執する。そしてそれゆえに、彼にはスネイプを殺すことができないのだ。彼が存在しないなら、誰が自分のかわりに闇の帝王の足元にひざまずくのか?
ああ、それを保身というのだ。
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◆"Pardon"(written by Yu Isahaya & Yayoi Makino) is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
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