赦し:Pardon(3)
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ベッドにあおのけに横たわると、窓の外の緑が目のなかに流れこんだ。小屋の傍らの柳の葉がひらひらとひるがえる。外は明るんでいるが、重たげな霧は風景を横ぎるのをやめない。
子供の頃、自分はどんな悪夢にとらわれていただろう。ルーピンは自問した。覚えていない。夜には何も訪れなかったような気がする。さびしい昼間に、そらおそろしい夕暮れに、子供部屋から一人雲を眺めながら。そうだ。怒りがあった。ベッドの上で片膝を立て、顎をのせ、制御できない怒りに静かに身をゆだねていた。――怒りは次第に月の欠けた時期まで染み出してきていた。両親がひそかにおそれているのが判った。まだ新月の時期なのに、彼が子供部屋のなかで手当たり次第にものを投げ、転げまわっているところを一瞥した後、隔離病棟に収容しなければならないかもしれないと医者がほのめかしたからだ。両親の動揺が彼を苦しめた。両親を責めるのは理不尽だと感じるいとまもなく、激しく、くるおしいものが潮のように彼の内側から吹き出した。
ダンブルドアがどうして彼に手をさしのべたのかは判らない。ひょっとすると両親が藁をもすがる思いで相談に行ったのかもしれない。あるいはまったくそのこととはかかわりなく、入学許可証は送り出されたのかもしれない。入学式の日、生徒と父兄でごったがえすキングス・クロス駅のホームで両親に別れを告げた時から、彼は不安におしつぶされんばかりになっておしだまっていた。列車のなかで声をかけてきた何人かが誰であったかさえ、覚えていない。組分け帽子に属するべき寮を告げられ、同室に決まった少年たちと期待と不安の落ち着かない気持ちで、たあいのないことをささやきあいながら(たえず何かに驚いていたのは、あるいは驚くふりをしていたのは、ピーター・ペティグリューだった。急な螺旋階段なんだね。見てよ、この石。今、おもいきりしかめっ面しなかった? はるか前方で、ジェームズとシリウスはすっかりうちとけあって大声でしゃべっていた)暗い部屋におりかさなるように飛び込んだ、その時でさえ、――いやその時ほど彼が孤独にさいなまれ飢えていたことはなかった。先に入って奥のベッドを選んで検分していたジェームズとシリウスが不意にふりかえり、ルーピンとピーターをまじまじと見つめ、あらためて自己紹介をうながした時も、彼はぼそぼそと自分の名前を呟いただけだった(ピーターも同じように新しい友人を前に緊張し興奮していたが、もっとしゃべりたがっていた)。彼はうちとけない、ひどく内気な少年に見えたことだろう。自身もとまどっていた。いつの間にか生じて肋骨の下から去ろうとしない臆病さに。数日後、マダム・ポンフリーが彼を暴れ柳の下の秘密の通路に案内し、満月の間の彼の病室をあらかじめ見せてくれても、臆する心は消えなかった。暗く湿った通路、後に叫びの屋敷と呼ばれるようになる閉ざされた一軒家の、埃っぽい木材のにおい。あたりに充満する無人のけはいを嗅ぎながら、少年は握りしめてくる校医の手をそっとふりほどいた。
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ダンブルドアはそのことについて何も言ってくれなかった。最初の時、マダム・ポンフリーは少年をさりげなくテーブルから呼び出して、午後の授業が終わったら医務室に来るようにと告げた。ルーピンはルームメイトには何も言わずにそうした。翌朝、ルーピンが医務室から大広間に直行すると(夜のうちに雨が降って、清められた空から金色の秋の光があらゆる開口部をつたってこぼれ落ちていた)、彼の姿を認めたピーターが甲高い声を出した。「リーマス、今までどこにいたの?」
ちょっと用事があって、とルーピンは呟きかけた。食事をかきこむ手を止めなかったシリウスが覆いかぶせた。「おれたちは探し回ったんだぜ。マクゴナガルのところまで行ったんだ。心配いらないって追い返されたけどな。君には君の事情があるから、首をつっこむなって」
ルーピンは黙っていた。反対側からジェームズが言った。「一言、出かけるって断ってほしかったな。ルームメイトなんだから」
「ごめん」
その時はそれで済んだ。だが次の満月までには言い訳を考えておかねばならない。親しくなればなるほど、月に一度いなくなる理由を伏せておくことは難しくなった。「ホームシックか?」「おもらししゅるんです」ジェームズたちがからかった。クリスマス休暇が終わると、事情があって帰宅するという説明を繰り返すのはもはや不可能だった。体調が悪いんだ。とルーピンは言った。医務室に行くんだよ。「そうは言っても、こないだ冷やかしにいったらいなかったな」ジェームズが指摘した。「リーマスはいつも満月の頃に病気になるよね」ピーターが思い出させた。「月に憑かれたピエロって訳?」
「それを言うなら人狼だろ」とシリウス。
「ガオー」ジェームズがおどけた。
三人は笑った。ルーピンは曖昧に口を開けた。それから冗談の続きのように一気に言った。「実は、そうなんだ」‥‥
友人たちは彼を拒絶しなかった。だがそれは彼らの寛大さゆえではなく、無知のあらわれにすぎなかったのではなかったかと、後になってルーピンは思わざるをえなかった。彼らは新しい秘密の玩具を手に入れた子供だった。いいじゃないか、思う存分夜遊びできるぜ。――ジェームズやシリウスにとって、ルーピンもスネイプも似たような存在だったのだ。一方はルームメイトで気のあう奴であり、他方は最低な寮の糞野郎というだけ。
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◆"Pardon"(written by Yu Isahaya & Yayoi Makino) is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
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