『ダブリナーズ』(新潮文庫)
ISBN:410209203X
『フィネガンズ・ウェイク』の訳者による画期的新訳。
アイルランドの首都ダブリン、この地に生れた世界的作家ジョイスが、「半身不随もしくは中風」と呼んだ20世紀初頭の都市。その「魂」を、恋心と性欲の芽生える少年、酒びたりの父親、下宿屋のやり手女将など、そこに住まうダブリナーたちを通して描いた15編。 【目次】
姉妹 The Sisters
出会い An Encounter
アラビー Araby
エヴリン Eveline
カーレースが終って After the Race
二人の伊達男 Two Gallants
下宿屋 The Boarding House
小さな雲 A Little Cloud
写しCounterparts
土くれ Clay
痛ましい事故 A Painful Case
委員会室の蔦の日 Ivy Day in the Committee Room
母親 A Mother
恩寵 Grace
死せるものたち The Dead
解説 柳瀬尚紀
本文より
車が次々とダブリン目指して突っ走ってきた。ネイス街道の腔綫(こうせん)に列なる弾丸さながらにすいすい走る。インチコアの丘の頂には見物人が鈴なりになり、帰り道を飛ばすそうした車を見守っていた。貧困と無為のこの道筋を欧州(コンチネント)がその富裕と精励を駆って行く。時折、群衆は唯々(いい)として虐げられる者の歓声をあげた。しかしながら彼らの共感は青い車に向けられていた――つまり、フランス人という同志の車。
しかもフランス人が制覇したのも同然だった。……(「カーレースが終って」)