伊勢原さんは特別です
「今日は伊勢原さんを女にしてあげますよ」
僕はもう、抵抗することをやめた。
東雲さんがしたいと思うことをして、満足してくれるんやったらほんでええ。
東雲さんは嬉しそうに、僕を見下ろしとった。東雲さんの唇から涎が糸を引いてこぼれて、僕の顔に落ちた。東雲さんはそれを指ですくって、僕に舐めさせた。
「きれいですよ、伊勢原さん」
濡れた僕の唇を指でなぞりながら、東雲さんが甘ったるい声で言うた。
何百人もの女にかけた、使い古された言葉に、僕は思わず笑うてしもうた。
「僕もほの辺の女と同じなんですか」
「いいえ、伊勢原さんは特別です。特別やけん、今日は2回失神させてあげますよ」 東雲さんは瞳孔の開いた目で僕を見て、白い歯を見せて笑うた。ゾッとするような笑顔やった。
東雲さんは控えめに言うて激しすぎた。容赦ってもんを知らんかった。
僕は何度も謝った。東雲さんは許すどころか、ほんな僕を見て興奮しとうみたいやった。
「大丈夫ですよ、この部屋防音なんで、好きなだけ声出してくださいね」
東雲さんは頬を紅潮させて、上品に笑ってみせた。
高級そうなベッドが軋む音と東雲さんの息遣いを聞きながら、僕は東雲さんの宣言通り2回失神した。 僕が目を覚ますと、東雲さんは布団の中で僕に背を向けて、泣きじゃくっとった。
僕が背中に手を触れると、東雲さんはゆっくりと寝返りを打って僕と目を合わせた。ひどい顔をしとった。
「傷付けたこと、許されへんと思うけど、謝らせてください。ごめんなさい」
僕は東雲さんの目を見つめながら、もう一度謝った。
東雲さんは声を上げて泣いた。
僕は東雲さんを抱きしめて、髪をなでた。東雲さんが落ち着くまで、ずっと髪をなでとった。
「エビちゃんにも、こうしてあげよんですか?」
しばらくして、泣き止んだ東雲さんが遠慮がちに言うた。
「……はい」
僕は嘘が付けんかった。黙っとうか、正直に話すしか選択肢がなかった。
「エビちゃんはええですよね、甘え上手やけん。僕はどうやって甘えたらええんかわかりませんもん」
東雲さんは顔を赤くしてほう言うた。
東雲さん、僕に甘えたかったんや。頭がようて、仕事ができて、みんなに頼られとう東雲さんが。
「キツかったり、しんどかったりしたら、僕に言うてくださいよ。僕に甘えてください。なんもなくても、甘えたくなったら甘えてくださいよ。友達やないですか」
僕が言うと、東雲さんは顔をひきつらせた。
東雲さんは僕の目をじっと見つめたまま、うひゃははと奇声を上げて爆笑した。
散々笑うと、今度は起き上がって僕を見下ろした。氷みたいな目をしとった。
「どうやって甘えたらええんかわからんのやろ!」
東雲さんはすごい剣幕で僕を怒鳴りつけた。僕の体は小刻みに震えとった。
「ほうですよね、すんません、すんません……東雲さん。ずっと友達面して、僕は東雲さんのことなんもわかってなかった……」
涙があふれて止まらんかった。
豪快で、仕事ができて、優しくて、いつも静と和の面倒を見てくれよった、みんなの兄貴分。
何でも一人で抱え込んで、いつの間にか壊れとった、僕の友達。
「こっち来て、東雲さん……」
僕は東雲さんをベッドに座らせて、優しく抱きしめた。ほれからゆっくり寝かせて、今度は僕が上になって、じっと東雲さんを見つめた。
「なんて言うて甘えたらええのかわからんのでしょ?」
僕の言葉に東雲さんが何か言いたそうに口を開けた瞬間、僕は東雲さんにキスをした。 「甘えたいと思ったときは、ほう言うてください。ほれができんときは、僕の手を握ってください」
僕は東雲さんの手を握って言うた。
「ほしたらこうして甘やかしてあげますよ。泣きわめいて怒鳴り散らして、スッキリしたら僕の膝枕でテレビを観ましょう。抱き合うて、ええ酒を飲んで、手をつないで眠りましょう」
僕は東雲さんの隣に寝て、ほう言うた。笑顔で言うたつもりやけど、顔は涙でぐしゃぐしゃやった。
東雲さんは僕の手を両手で強く握りしめて、号哭した。
東雲さんに初めて会うたんは、僕がまだ30代のはじめのころやった。東雲さんはまだ大型に乗っとった。
週末はよう街に飲みに行って、カラオケ行って、ラーメン食べた。東雲さんはしょっちゅう逆ナンされて、ほのたびに「彼氏とデート中」と言うて僕の手を握った。 僕に女がおる間は東雲さんも女をとっかえひっかえしとって、僕がフラれてひとりになると途端に女遊びをやめて、僕を遊びに連れ出した。
誰よりも僕になついた、かわいい後輩。
僕がめちゃくちゃに壊した、大切な友達。