2022/12/01-2022/12/10
#採掘場
「ところどころ神風を吹かすけど、総体としてはダメダメで、そういうところがなんかにくめないよね」というのが、世界から見た日本の評なんだろうなー。
コスタリカに勝ってもらって、「確かに2強2弱でしたね」ってすっげーいい笑顔で言いたかったね。
ペイリオコン
ソーバーキュリアス
#タグ「好きな物語の好きなシーンを140文字で懐古する」でしたツイート
ぼっち・ざ・ろっく
で、主人公が内面の葛藤というか、妄想をすることがあって、まあ奇声を上げたりするんだけど、そのシーンが終わったあとに、周りの人が「おーい、戻ってこーい」みたいな声をかけて話の本線に戻るシーンがあるんだよね。
それがまあ、奇声や奇行をまわりが暖かく受け入れているという意味で嬉しいわけなんだけど、それ以外に、「妄想している間に外的時間が流れている」という実感があるのも珍しいと感じがする。「0.1秒」ではないんだよな。
#好きな物語の好きなシーンを140文字で懐古する
『思い出のマーニー』
ミステリアスヒロインであるところの、序盤中盤のマーニーが、「そう思わない? ふふっ」て感じで笑うシーン。ある意味で主人公や視聴者をけむにまいているわけなんだけど、笑いのピークのままカットを切って別のシーンに行ってしまわないのは偉い。ちゃんと一回、真顔というか、平常顔に戻る。それでもなんか、けむにまかれちゃうくらい、眩しいってこと。
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I am a child,
I have a child.
私はまだ子どもです。
でも、もう子どもがいます
#言われることとは違うことを考えてみた。
日本語と英語
日本語で表現するなら、やっぱり「まだ」「でも」「もう」が必要。でも、英語で表現するなら、無いほうが、“らしい”。
不思議だ。
stillやyetも、howeverでもandでもない。並べたときの、余韻で感じたい。
日本語はこれだから醜悪だ、とも思わないし。日本人は精神的に未熟だ、とも思わないし。
というか、日本語はハイコンテクストだと言われがちだけど、こういうニュアンス表現は省略しないんだな。逆に。そこもおもしろい。
私はこの、日本語の「読み手の感じかたを単一に制御してやろうという執念」が、多分好きなのだ。
文章表現、作文技術、美文章滅させない
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https://tadanori.substack.com/p/6a3
ただ生きているだけで精一杯という状況。展望などありません。というか、展望を持つことが、ストレス源になっていると感じていたので、そういうものを極力持たないように気をつけていました。
自分の心身についてもそうです。ままならない自分の体調がストレス源になっていたのです。それをなんとかしようと頑張れば頑張るほどより辛さが増していました。これまでずっと「意志」を持って自分を制御していたその体制が機能不全を起こしていたのです。
https://twitter.com/k_jawm/status/1571713843222708227?s=21
着せ恋のこと着せ恋って略すのってちょっと変だよな
ビスクドールって読み仮名ふってあるし
ビス恋じゃね!?
https://togetter.com/li/1640261
https://twitter.com/yusai00/status/1340492507101073408
「自分の頭で考える」ってもてはやされがちだけど、「丁寧に調べる」とセットにしないと、「水がちょうど100度で沸騰するなんて奇跡!」とか「24時間ちょうどで地球が一回転する不思議!」とか「北極点から赤道までがちょうど1万キロメートルの神秘!」のようなことを言いだす。
水が丁度0℃で凍って100℃で沸騰するなんて、とても偶然とは思えないキリのよさ。しかも10センチの立方体マスに入れたら、1kgで1㍑だなんて、自然界に自然に存在してこんなちょっきりってほんとすごい。奇跡ってこういうことだよなあ。
https://koken-publication.com/archives/1739
飯田 そう言った意味では、私は団塊の世代は説得可能だと思っています。なぜなら今の多くの高齢者は家族形成されているので、「あなたの孫子の世代です」といったストーリーで何とか説得ができます。しかし、団塊ジュニア世代の生涯未婚率が男性で3割ぐらいになる。そうすると、自分が死んだ後の子々孫々がいない人が2─3割出ることになる。そうすると団塊ジュニア世代が本当の高齢者になったとき、絶望的な状況になると思うのです。団塊ジュニア世代がまだ現役のうちに、社会保障や日本のいく末についてしっかり定めておかないといけないと思います。
飯田 日本におけるコロナ関連の行動規制は要請、つまりは行政からのお願いや社会全体の空気感によって行われました。ハードな規制を設けることなく、なんとなく行動変容が生じたわけです。このソフトな行動誘導は行動経済学におけるリバタリアン・パターナリズムやナッジといった近年評価が高かった規制様式に近い。しかし、このソフトな誘導について、ナッジの解除方法がわからないという問題点が今回明らかになったわけです。
飯田 陸軍関係者は「海軍がやめるって言わないから」、海軍関係者に聞くと「陸軍が無理だって言ってくれるはずだと思っていた」という証言が出てくるという話がありますね。コロナ禍の行動規制からの正常化についても同じかもしれません。少なからぬ人が「自分以外の誰か止めてくれ」と思っている。
NIMBY
どこの国でもそうですが大きな組織が増えてどんどんサラリーマン社会になっている。例えば「経済を犠牲にしてでも感染症対策を」と言われたら、小さなお店を自分で経営している家は、ダイレクトに自分の懐が痛んで跳ね返ってくるので、他人ごとになりようがない。
メディアの罪はかなり重いと思っています。一方方向に偏っている空気をさらに一生懸命焚きつけたわけですから。確かにそのほうが注目が集まるし、視聴者はその空気に染まっているときに思い通りのことを言ってくれる心地よさに乗ってしまう。
憲法にまつわる所謂「二重の基準論」に従うなら、経済的自由に関しては公共の福祉に服して緩やかな審査基準で制限してもいいことになっていますが、報道を含む表現の自由・精神的自由に関しては「民主的な回路を支える根源的なもの」だから簡単には規制することはできないとして、報道の自由は非常に厚く保護されています。しかし、その結果として今回のような状況が生まれている。
だから私は、あえて言いますが、いっそ規制されてしまったほうがいいのではないか。テレビ(特にワイドショー)など停波されるなりして一度痛い目にあって、自覚すればいいのではないかとさえ思ってしまうのです。現実にそうなってはならないわけですが、
なぜマスメディアのインタビューは結論ありき、内容ありきでのインタビューになるのか。それは全部の仕事が同時並行的に進んでいるので1個ピースをはめ違うと完成しないからです。きっちり設計図通りの話をしてくれないと成り立たないから、報道なのか演劇なのかよくわからないものができ上がってしまうことがある。
時間と予算に余裕があればインタビューをして出てきた話をもとにVTRをどうつくるか、といった番組づくりができますが。そのようなゆとりのある制作ができる番組はどんどん希少になっているのでしょう。
⇒トップダウン⇔ボトムアップ
地方で飲食店などを支えているのは、地銀や県庁、市役所の職員です。そのような人たちが現状、最も強力な行動制限を受けていて、
(中略)
さらに地方だと一般企業の規範は市役所、県庁、地銀に右に倣えとなってしまう。飲食店経営者も大事な納税者、有権者でもあるわけですから、需要を取り戻すためには、それこそ自治体の首長などが率先して宴会などを復活させるようにしていかないと、飲食業界は文字通り破滅してしまいます。
⇒「そんなことまでしてやんなきゃいけないのかよ感」
いや、偉い人同士の談合や密室政治も、上司を部下が接待しないといけない飲み会も、濃淡ある水商売のお店を男の人が利用することも、それはコロナの前から、そんなに堂々と口にできることじゃなかったでしょう。必要悪みたいなもんだったわけじゃないですか。
それを呼びかけたり、率先したりしなきゃいけないのかよと。
最近かんなみ新地(兵庫県尼崎市)が浄化された結果、地域で急激に犯罪が増えたといった記事もありましたが、夜の街の灯りが消えることで治安にダイレクトに与える影響は無視し得ないと思います。飲み屋などがなくなることで回り回って、治安が悪化したり地価が下がったり、どこかで自分に繋がってくることです。
人を引きつけることができないと働き手を確保できませんから、工場立地も進まないわけです。かつて、地方の工業開発は雇用の確保が中心課題でした。工業団地さえつくれば、働く場所があるから人口流出を防ぐことができると考えていたわけです。ところが今だと遊びに行くところもない、街に魅力がなければ若者がそこに住み着かない。工場労働のみの街よりも遊ぶ場所が豊富な街、要するに東京などの大都市に人口が流出して戻らない。
東京で経済的には苦しい生活が待っているにも関わらず、何もない地方は楽しくないから住み続けるわけです。
これから進む製造業の国内回帰動向の中で、地元にそれなりの楽しさがあって雇用の場があれば、当の若者だけではなく、日本の所得分配にとっても好影響があるでしょう。
飯田 他にも、飲む文化がない街──例えばバブル期にできた郊外型ニュータウンは、団塊ジュニア世代が大人になった途端に音を立てて崩れていったという事例があります。なぜなら、家が建っているだけで何もない地元に住む意味がないのです。
(中略)
夜の街もない、商店街もシャッター街という状態になっていると、街自体を維持しようと思う人自体がいなくなる。そこでも今、都心回帰が起きているのです。
高齢者が亡くなっているのをスナックのママが発見することもありますね。「最近○○さんこないね」と自宅に行ってみると亡くなっていたり、風呂で滑って倒れているのを見つけたり、意外に思うかもしれませんが割とよくある話です。地方ではスナックが案外重要な社会的インフラの機能を果たしています。東京の人はあまりスナックに行く文化がないと思うので理解しにくいかもしれませんが、地方ではスナックは生活の一部なのです。
谷口 街づくりをするとき、行政が主体的にスナックを含む盛り場を計画的につくるなんてことが認められるはずがないですからね。やはり水商売に対する偏見がある。でも水商売がグレーだから生き延びることができる反面もあるから理屈ではなかなか難しいところではあります。
飯田 飲食業は経営者家系や高学歴層以外にとっての一つのサクセスストーリーであったり、ロールモデルを提供している業種でもあるのです。若者にとって地元で自分のお店を持つのは一つの成功モデルでしょう。そのようなお店を増やすきっかけをつくってあげれば良いのですが──。
飯田 先ほどの実感可処分所得で見ると、北関東や三重県は所得が高い。これらの地域は中堅の高校出て、高卒で大きい工場にコア従業員として就職する人が多くいるエリアです。むしろ大学に進学するよりも、高卒段階で大手の工場で働いたほうが生涯賃金が上になることも少なくない。
(中略)
ここまで繰り返してきた水商売を低く見ている感と繋がりますが、インテリゲンチャは日本に大卒ではない人が半分ぐらいいることを忘れているし、大学に行かなかった人のことを行きたくても行けなかった人だと誤謬している。この考え方自体疑わないといけないと思います。
明確な正解は何かという問いの立て方をして、答えが見えている卒論や修論を書きたがるのです。なぜなら、失敗したくないし、コスパがいいからです。しかしそれでは何も面白いことなど起きません。ムダが大事であることを理解していないのです。
https://zenn.dev/ttya16/articles/chatgpt20221205
この論文ではAIがもたらす危険性に繋がりうる5つの研究課題という形で分類されている。
Avoiding Negative Side Effects
最適化の結果、環境に悪影響を及ぼしうるAIになってしまう危険性。
お掃除ロボットが掃除の効率を求めるあまり、部屋にあるあらゆる物を破壊して移動するよう学習してしまうことを防げる保証はあるか?ルールベースで指定する以外にモデルにそのことを教えることは可能か?といったような観点。
Avoiding Reward Hacking
最適化したい目的関数(報酬)をAIがハックしてしまう危険性。
お掃除ロボットの最大限の報酬(達成したい目標)が「ゴミの数が0の環境」だとすると、ゴミをゴミと認識しないようにするorゴミをゴミ以外のもので覆い隠すor人間がいるときだけ隠す といったことでも、システム上目的を達成したことにできてしまう恐れがあるといったような観点。
Scalable Supervision
AIが学習する過程で、評価にコストのかかる状況を効率良く処理できないといった危険性。
お掃除ロボットがゴミと思われるものを認識した時、それが実は人の所有物だったり捨ててはまずいものである可能性もある。しかし、それを捨てるべきかどうかを判断するのに毎回人間に問い合わせをすることは効率悪い。といったような観点。
Safe Exploration
最適化を行うプロセスにおける探索のフェーズで、環境に悪影響を及ぼしてしまう危険性。
お掃除ロボットがモップをかけるための最適なルートを新たに探索するため、普段は通らないであろう場所を通るときに、そこに置いてある電子機器などに濡れたモップをかけてしまうのは避けなければならない。といったような観点。
Distributional Shift
学習環境と実際に稼働させる環境が異なると、目的達成の頑健性を失ってしまう危険性。
オフィス環境で学習したお掃除ロボットを工場の床で稼働させると、危険を伴う入ってはいけないところに侵入したりするかもしれない。といった観点。
1, 2については目的関数の設計の課題、3については目的関数の計算コストの課題、4, 5は学習の過程における想定外の振る舞いに対する課題というように分類される。
ChatGPTにおいては主に目的関数の設計の課題にフォーカスしたモデルの構築を行っている。
https://www.sankei.com/article/20221124-L3JGTVXSFNM2NFY6HVPN43IDPY/
自分も相手も同じ言論の場を構成するプレーヤー同士との認識があれば、意見は違えど最低限の敬意は生まれる。いわゆる「論壇」の内と外、公共的な議論が成立するかどうかを分けるラインも、そのあたりにあるのではないか。追悼演説を
⇒その代わり、「外」の声は聞けなくなる。いや、そ「外の声」は、たいていひどいんだけど。
そしてロシアの場合、冷戦の敗者であるがゆえに、第二次大戦の戦勝の記憶に異様に執着するというプライドの問題が加わる。だが、平松が指摘するように「そのプライドは表面的なもので、いまでは力でも実際は負けており屈辱感に満ちているので、それを晴らすのだ、とこのような戦争を引き起こして、ますます悪い選択をしてしまいます」。よって処方箋としては「彼らの表向きの大国幻想を解除する必要がある」(平松)
https://www.buzzfeed.com/jp/hayatoikeya/twitter-timeline-interview
いろいろな機械学習のモデルを試してみて、それぞれでA/Bテストを行いました。
ただ、少なくとも単にクリック数とか滞在時間を稼げればいいとかそんな単純な話ではなくて、もっと長期的な観点からユーザーの定着率なども見ていました。その結果、重要度順の方が明らかに満足度が高かったんですよ。
――今回の記事への反応を見ても、日本のTwitterでは重要度順を嫌う人が多い印象だったので、ちょっと意外です。
――記事が話題になって、ある意味では不満に思っていた人たちの声が可視化されたとは言えない?
彼らはたぶんヘビーユーザーの頂点で、普通にTwitterを使っている人たちはあまり気にしていない、ということなのかもしれません。
その一方で、サービスは常にアップデートしていかなければならない。TikTokとか、若い世代が使ってるサービスだとレコメンドが今や当たり前になっていて、ユーザー側がレコメンドを期待している節もあるんですよ。
ユーザーの傾向も変化している中で、どこまでヘビーユーザーに合わせるかは難しい。
ただ、最終的にジャック氏のひと声で、いつでも最新順に戻せるボタンを付けることになりましたし、何でもかんでもデータを最優先していたわけではないです。
これも本当は「心底必要としていない人」というのを機械学習モデルが理解して、そういう人には表示しないようにするというのが理想形なんですが……。
うまくいっていないのはまだ機械学習モデルがそこに至れていないのか、あるいはその人が嫌だ嫌だと言いながら実は無意識に望んでいるのか。やめてという意見があるのはわかるし、それでもなくならない理由もあるという感じです。
よくごっちゃにされますけど、人によるキュレーションと機械学習は別です。少なくとも僕らのチームで、左寄りにしてやろうみたいに思って仕事している人はいなかった。
ただ難しいところで、テック業界って全体的にリベラル寄りなので、ニュートラルなつもりでいても絶対どこかで偏りは生まれてしまう。それに人工知能や機械学習にしても「今ある現状を拡大してしまう」という問題はあります。人気のある記事が左寄りだとそれを大きく見せてしまったり。
――なかなか難しいですね。
昔は全世界を一つにつなげるというのを理想にしていたんですが、最近は無理だと思うようになりました。人間、ゆるやかなフィルターバブルの中で生きるのが幸せなんじゃないかって。