2021/12/11-2021/12/20
#採掘場
ホームビデオ形式と、荒いドットのフォント
・どうやって満たすかの戦術
・世間から隠す
・流されないように抑える
・どんなつながりからそれを得るかのポートフォリオ
・自分の欲望が社会的に存在を許されるようにするための政治的なアクション
死の予行演習
擬態
物語に二重性を抱えて生きる
解釈可能な物語を切り出す
歴史小説、推理小説、SF
伝統があるからなのか?
物語とは、名誉と忠誠のことなのでは。
やっている仕事については、「それでいいよ」、ぼんやりしていることについては「もっとがんばりなよ」、不安なことについては「大丈夫」、やることがわからないことについては、「確認してみようか」、元気が出ないことについては「あるよね、そういうこと」
やる気がなくても行動はできるが、やる気はメインメモリの強度や不安の中で行動するときの原資だから、どうしても期待する。
そして、やる気に憧れれば憧れるほど、口頭から遠ざかるという、第一原則も顔を出す。
理由は分からんが、待たされるとやる気が上がる。
仕事場で仕事をしているときに、スマホの写真なんかで「ふっと気を緩められる」のっていい効果を生むんだけど、家で仕事をしているときに気分を変えられる選択肢があることは、多すぎてむしろ害になる。
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https://toyokeizai.net/articles/-/475152?page=5
勘違いしてはいけないのは、生涯未婚率はあくまで45~54歳の未婚率です。そして、2020年の値が天井ではありません。2040年に男女とも最高値を出す推計がされています。つまり、今から20年後の生涯未婚率が一番高くなるのです。2040年の時に45~54歳ということは、現在2021年時点で26~35歳の若者男女が、生涯未婚の最高記録を出す世代となるということにほかなりません。
(中略)それは20年後の未来が今ここで決定されているといっても過言ではないのです。
少子化や人口減少の危機がことさら騒がれていますが、今後しばらくは、具体的にいえば2100年頃までは、出生や人口が増える見込みはありません。
ハラリ×ブレグマン「人間の本性とコロナ後の課題」 | クーリエ・ジャポン
「自分のやりかた」に合わせてプログラムを書くという反逆 – R-style
⇒「ピンハネ」w
しかし「かーそる」のレベルでも扱う情報は存在している。たとえば、すべての号で共通に使う画像データはその階層に置かれている。つまり、その階層にも実質的に意味がある。
⇒「先駆的」アプリオリとか言われなくてよかったぜw
「よし、何かプロジェクトをしよう→書籍の企画だ」という認識にはなっていないのである。
⇒「注意オブジェクトモデル」を、分かるように伝えようとすると、5段落以上もかかるという。
たとえばこれは、Evernoteではノートブックの順番が並び替えられないから、接頭辞をつけて制御する、というのにずいぶんと似ている。「あちら側」は変えられないから、「こちら側」で融通を利かそう、というわけだ。こういう話は、ほかのツールでもたくさんあるだろうし、それがいわゆる「ライフハック」の一部を形成していたりもする。
⇒同化と調節
⇒「無駄多く動」w なんて素晴らしい造語。
私よりも所有ファイルが多い人ならばもっとたくさん時間がかかるだろうが、しかしその人は「私」ではない。だからぜんぜん関係ないのである。
私が自分のツールをこういう仕様にしていても、カスタマセンターに不満の声が届くわけではないし、SNSで「改悪だ」と糾弾されるわけでもない。
もちろん、その矛先はツール開発会社に向けられるものではない。そんなものを”打倒”したところで何の益もない。そうでなく、自分で自分の国をつくるのである。システムを整備し、ルールを制定し、そのコストを自分で引き受けるのである。言い換えれば、「自分のやりたいこと」という欲望を肯定し、それを実現するために自分の手を動かしていくのである
⇒このあたりは、政治の話にすら枝がつながっている。
まるで「お上と町民」のような関係だ。愚痴はいくらでも言うけれども、自分で何かをなすつもりはない。反抗的な態度をとり続けるという従順さがそこにはある。
⇒このへんの話題は、「享楽」とかその辺の哲学の文脈を感じるし、「従順」という語のセレクトには、“自己家畜化”なんかの人類学的な文脈も感じる。
「主体性を発揮する」とは、つまりはそうことなのだろうと思う。あるいは、それはコンピュータ/ツールに限らない話なのかもしれない。
https://note.com/rashita/n/nf38490420190
さらに影響が強いのが「普段から2,000字で何かを言おうといつも探している」かどうかです。
毎日ブログを更新しているときは、何か話題を見かけたら「これとあれを組み合わせて一記事書けるな」と無意識の情報処理を行っていました。脳内のポケットサイズが「2,000文字」だったわけです。何かを見聞きして考えたことは、いつもそのポケットに収まっていたので、記事を書くときはそこからとり出すだけで済みました。
しかし、ひとたびそうした習慣がなくなると、2,000文字ちょうどのネタはポケットを漁っても出てきません。