2021/12/21-2021/12/31
#採掘場
他人と会話すると元気が出るのに、脳内で会話すると追い込まれてくる感じがある。、
脳内で他人を走らせるのは、嫌われないためのシミュレーションでしかないはずだから、元来は。
自信という自分のタレは、継ぎ足し継ぎ足し行動を重ねていく
という程度の高めかたしかない……、悲しいが。
スマホを忘れる
人間観察
目が合う
いつの間にか、ほぼ全員が電車の中ではスマートフォンを見ている時代になりました。ぼんやり視線を泳がせていることが、むしろ
なんとなく「嫌な感じだな」と思いながら受け入れた世代でもあります。
『マイテーマの探し方』ちくまQブックス
『女の子の謎を解く』
『書けるひとになる!』
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https://news.yahoo.co.jp/byline/arakawakazuhisa/20211217-00273021
そんな当時、世界トップレベルの離婚を減少させたのが、1899年の明治民法である。これこそ、当時の武士の考え方を庶民に普及させるためのものであり、これにより結婚が「家制度」「家父長制度」に取り込まれることになった。もっとも大きな変更は、妻の財産権の剥奪である。
明治民法以前の庶民の夫婦は、ほとんどの夫婦が共稼ぎ(銘々稼ぎと言う)で、夫婦別財でもあり、夫といえども妻の財産である着物などを勝手に売ることはできなかった。
時代劇にあるような、博打にハマった夫が妻の着物を勝手に売るなど許されなかった。
つまり、離婚が少なったのは、明治民法以降せいぜい100年の歴史にすぎない。
https://news.yahoo.co.jp/byline/arakawakazuhisa/20211002-00258823
アメリカ・イギリスフランスなど欧米諸国だけではなく、中国・韓国も1位は「セックス」であるのに対して、日本だけがなぜか「美味しいものを食べる」が1位である。日本人にとって最大の快楽とはセックスよりも「食」、つまり「モテ」より「メシ」なのだ。
ひとつ示唆に富んでいることは、これらの選択肢の行動を「他者と共にやること」と「単独でもできること」に分けてみると、日本以外の人たちが「他者と共にやること」が上位を占めるのに対して、日本人だけが「単独でも楽しめること」が上位に入っている点である。
日本人は集団主義であると思っている人も多いが、実はそれは大きな誤解である。むしろ、一人であることを前向きに楽しめるところが日本人にはある。ひとり旅、ひとり居酒屋、ひとり焼肉、ひとりカラオケ、ひとり遊園地などなど、
https://note.com/sasakitoshinao/n/n754e1ff5eb00
もちろん政治参加そのものには選挙があるのですが、選挙は議論の最終的な結果を選ぶ場でしかありません。選挙の前段階として、議論する場が必要です。しかし労働者は数が多いので、全員が参加できません。そこで労働者の意見を新聞が代弁し、新聞紙面で世論を形成し、それを政治につなげていくという役割を果たすようになっていったということです。
いってみれば「新聞による間接民主主義」とでも呼べるようなシステムが、20世紀にかけて確立していったのです。間接民主主義は、ラジオやテレビの登場によってさらに加速していきました。
⇒「間接間接民主主義」やな。
https://togetter.com/li/586099
⇒まあ、東京の人間は、東京にいてすら退屈をしていて、わざわざ旅行にいった先ですら買えるものがいつもと同じ、というのが我慢ならないだけだと思う。
ただしもちろん、きたない布団屋さんとかしょぼい金物屋さんとかで買い物したいわけではない。、
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20211230/1640863399
たとえば小説愛好家とひとことで言っても、どんな小説を読んでいるか、どう小説を読んでいるのかによって上掲図のような体裁の違いがあり、それは小説愛好家同士の間では意識されるものだろう。こうしたことは自動車の選択にも、衣服や音楽の選択にも、食事の選択にもしばしば当てはまる。それならアニメやゲームにだって、きっと当てはまるだろう。
アニメやゲームが一般化・カジュアル化したこと、その見立て自体は間違っていない。
けれどもそれらがカジュアル化していくなかで、
⇒そりゃあそうでしょう。くるっと価値観がひっくり返って、オタクコンテンツの全てがハイカルチャーになるわけでもないし、「何をどんな風に好きであるかから、その人の生き方をはかる」仕草を、社会的に動物である、人間がやめるわけもない。
⇒B級映画はダメで、アカデミー脚本賞映画はスゴイ、みたいなのは昔からあった。
⇒まあ、アニメだと、結局はジブリ最強とかになるんだろうな。
⇒とはいえ、“特定の快感のツボを突くことに全振りしたような” “粗削りな部分を残したまま、の尖った個性”の “濃い受け手だけに強くぶっ刺さるけど、それの見せ方の技術と自覚だけは確か” みたいな作品に、私が強く惹かれることは確か。
ハイスタンダードな受け入れられかたが広まるのなら、それとセットで、そういう“濃い”ものを探すことが同時に伝播していってほしい。なんてことを思う。
非モテが苦しいのはなぜ? 男性の生きづらさ、根底に「未達の感覚」:朝日新聞デジタル
誰しも、自分の痛みや後ろ暗い部分は、さらけだすのをためらうと思います。ですから、他者の評価が発言者に向けられないよう「口を挟まない」というルールにしています。
リピーターの参加者は豊かに語れる。その姿を見て、まだ慣れない方も「語ってもいいんだ」と思ったり、自分の記憶が喚起されたりします。
語られるのは「未達の感覚」
――どんなことが打ち明けられますか。
恋人や性経験の有無だけでなく、社交性や身体能力に関するエピソードが目立ちます。恋人どころか友人もおらず、クラスで話す相手がいない、サッカーができなくて遊びの輪に入れないなど、多く語られるのは「未達の感覚」だと思います。
若い男性ほど「フェミニストが嫌い」、なぜ? 識者の見方は:朝日新聞デジタル
「フェミニストが嫌いだ」について「とてもそう思う」「そう思う」を選んだ18~30歳は約43%。31~50歳が約39%、51~70歳が約32%と、若い世代ほど高かった。
「女性活躍を推進するような施策を支持する」は18~30歳が約63%、31~50歳約62%に対し、51~70歳が約79%と中高年が若い世代を大きく上回る。「最近は男性のほうが女性より生きづらくなっていると思う」は各年代とも半数が賛同した。
⇒「政策推進に肯定的だが、フェミニストは嫌いだ」と言う人は、ある種のアンチみたいになっているのだろうと、読み取りやすい。
しかし、高齢者にいるという、「政策には否定的だが、フェミニストには肯定的」って人は、どういう価値体系なんだろう?