2021/09/16-2021/09/21
怒りの声くらい上げさせろ」と思うかもしれないけど、周りの人がその人の真のニーズをはかり損ねることにつながるから、やっぱりだめなんだよ。
火星武者
プログラミング
Pythonなのか、Javascriptなのか。
あるいは RubyなのかJavaなのか。
C# なのかTypescriptなのか。
しかし、これだけ色々言語があっても、「開発環境も実行環境も何もなくても、あらゆるデバイス上で動作可能」という言語はないということなんだよな。
まあ、コンピュータが実際に処理できるのはアセンブラ言語までということなのか。
だから、逆に言えば、相当の「天才プログラマー」みたいな人でも、アニメの演出のように、コンピューターの電子の流れと直接交信している、なんてことはありえないわけだ。みんな、なにかしら補助を使いながら操作している。
で、私はそうだな。Windowsで使いたい。iphoneで使いたい。それぞれで作りたい。何もインストールをしたくない。サーバーにプログラムを置くのは敷居が高そうだ。スクレイピングは後回しかな。iphoneもMacを買わなきゃいけないとするとちょっと投資が大きくなる。
ってことだと実は、プロンプトが一番手近な足場なのだろうけど、あれを指して「プログラミングを学ぼう」という人はあまり見ない気がする。何だろう? 次点JS?
あとはまあ、やっぱり日本語プログラミングにはどこか憧れがあるし、エクセルになじみがあると、Power FXにも興味は出てくるけど、コミュニティーが発達する前だと不安感は強いよね。
「何で何ができる」「何は何が得意」ということもだけど、「何をやろうとすると、これくらい難しい」みたいな情報もあるほうがいいのかもね。
Smalltalk。
宣言型と手続き型。
クラスとインスタンスとか変数とか言われるだけで頭がくらくらする感はある。
ただ、難しいものを見て、「できない、ムリ」と感じる心理効果って、「できなければならない」という呪いというか規範性のようなものの強さが掛け算のようになっている。大人になると学べなくなるのは、無駄な投資や無駄な存在を許せなくなることにもあるのかもしれないね。
子供達の小中学校の夏休みが終わり、二学期が始まった。夏休みの終わりの遅い学区だったからということもあるけど、休校の延長もなかったし、オンライン授業で様子を見る、ということもなかった。
運動会は大幅に縮小しつつ実施、宿泊をともなう移動教室も、中止の可能性はありつつも、計画は進められている。これを見ると、どうしても「結局、“新しい生活様式”なんて定着に向かわずに、“元に戻すこと、戻せることこそ至高!”と考えてるかのように見えてしまう。「デルタ株の強さを考えろよ!」と言いたくなる。
しかし、文化は2年も中止すると継承できなくなる。あるいは、中学生や高校生が、3年間のうちのまるまる2年間やそれ以上も、まったく青春や思い出を奪われてしまうとしたら、やはりそこは親や共同体としては文句を言わざるをえなくなる。
し、理解不可能な速さで新規陽性者の減少も進んでしまった。
親の与えてやれる体験の底上げとしての義務教育と、親が「貧乏くじ」を引くことをおそれる心理の蔓延する環境下では、基本的には「戻すこと」を常に最上位概念にして「耐え忍ぶ」形にならざるを得ないという気はする。
フランクリンとGTDでwrの意味は違う。
デイリーかウィークリーどっちかになりがち。
おいしいの?
遠いところからドラッグは難しいのでコピペのほうが使う
待ってるわけじゃなく、書いてはいても、昔の人と似てる部分もある。
作り手に回ったときにプロセスを軽視してきたツケが回ってきた
伏線や連携を、最初のアウトラインの段階で設計できないのか?
ルガーとワルサー
柳井さん:はい。そう考えると書き手が意識すべきなのは、「デコードにかかる処理の負荷を下げる」ことになります。例えば、長すぎる文章は読み手の”脳内メモリ”を消費してしまうので、一文を短くする、といった具合ですね。
――完全にプログラムの考え方ですね。
柳井さん:難しい言葉は、思い出したり辞書を引いたりといった参照コストがかかるので、なるべく減らします。「これ」「それ」などの多用も、この言葉はどこを指しているのか……と参照先を探すことになるため、負荷を上げる原因になります。
また、内容がAともBとも取れてしまう文章は解釈に時間がかかるため、誤り訂正(※)が必要になります。読点を適切に打つなどして、適切に対処しないといけません。ひらがなだらけ・漢字だらけの文章も、誤り訂正を減らすために避けたいですね。
柳井さん:そうですね。物書きとして、ついつい「どう書くか」を考えてしまうんですが、実は「どう読まれるか」のほうが重要だと思っています。
文章単位での「先」という意味です。人は文章を読むとき、この内容なら次にどんな単語や言い回しが来そうなのか、なんとなく予測しながら読むと思うんです。
例えば、PCの前にプログラマーが座ったらキーボードに手を伸ばして、イラストレーターが座ったらペンタブレットに手を伸ばすと思うんです。単語レベルでも「車が走る」のように、この名詞のあとには、ふつうはこの動詞が来るといった繋がりがあります。接続詞についても、「しかし」のあとには相反する内容が来て、「そして」の場合は前の内容を受けます。そういった予測に沿った内容が書かれていると、読む側もとても楽ですよね。
逆に、「例えば」の後に例示がされなかったり、ビジネス書だと思って読んでいたのに急にアクロバティックな比喩が来たりしたらびっくりするじゃないですか。プロの文章はそうした引っかかりがなく、先読みのエラーが起きにくい。スルスルと空気のように読めるわけです。
男性オタクで有配偶率が低いのは、1位「同人誌」29%、2位「アイドル」34%、3位「アニメ」「マンガ」の40%でした。とはいえ、ほとんどのオタク分野で有配偶率は50%以上です。案外、男性オタクは結婚しています。
一方、女性オタクを見ると、なんと「鉄道」「パソコン」オタクが女性全体を上回る有配偶率となっています。いかにも男性オタクが多いイメージの強い趣味ですが、そうした女性オタクの絶対数が少ないがゆえに、逆にモテるのかもしれません。結婚するためにオタクになるわけではないですが、これは興味深い結果です。
反対に、有配偶率が低い女性オタクとは、1位「アイドル」39%、2位「野球・サッカーチームの応援」45%、3位「アニメ」47%となっています。男女とも、「アイドル」や「アニメ」にハマるオタクは有配偶率が低いようです。
ちなみに、個々のオタク属性によっても幸福度は異なります。男女共通して全体の幸福度より約1.2倍幸福度が高いものは「アイドル」「プロレス」「野球・サッカーチームの応援」の3つです。これらに共通するのは「誰かを支える」という気持ちです。
⇒「アイドル」推しの業の深さよ……
しかし、であれば、年収格差の少ない地方エリアではもっと未婚率が下がってもいいように思いますが、実際はそうではありません。男の年収だけが未婚化の要因ではないのです。実は、未婚男性の年収格差と結婚との間に大きな影響与えていた意外な「第三の要因」がありました。
それは「姉さん女房」の存在です。
それはおくとして、自身の内面において、「誤操作をしていない・自動車が誤動作をした」という明証があったらどうするか(デカルト的な明証である)。たぶん私であれば、自分の内面にとっては冤罪と確証していても、裁判では罪を認めるだろう。が、自分が冤罪であるという内面を失うことはできないだろう。
「どうぞごゆっくり」「おしゃれさん」「まじめで好印象」
"ブブ漬けを出す"の日常版というか、表向きは歓待や肯定のようにみえるが、しばらく考えてみるとそうではない表現、わかっている人にはそうではないとわかる表現、メタメッセージとして異なる含みを持たせている表現を、私は時々みかける
最もエレガントに機能する時、それは語り手と聞き手の両方の気持ちを救うことになるが、最も陰険に機能する時、それは語り手が不道徳を回避することを許しつつ、聞き手が一方的に落胆し、しかも言い返すのが非常に困難な状況を作り出す。
法治が広く行き渡り、腕力によるコミュニケーションが否定され、言葉によるコミュニケーションこそが本道とみなされる世の中になったことで、適切な言葉遣いは、武器としても防具としても重要性を増していると思う。
ダンキチ やっぱり「ジョーズ」は特別で、アメリカ人にとっての「ジョーズ」は日本人にとっての「ゴジラ」のような存在。特に映画が好きな人からしたら、神聖で、象徴で、大切なもの。それを一生懸命みんなで崩すことでサメ映画文化が築かれているわけですけどね(笑)。
ルーキーさんは過去にTwitterで、サメ映画は基本的に駄作ばかりだがワンシーン、ワンカットはいいところがあって、それを見出すのが自分の楽しみ方とおっしゃっていました。
世界や社会、自分自身も含めて、どんどん変化していきます。そんなとき、なんでもかんでもは無理だとしても、ともかくこれだけは身に付けておけば、未知のものと遭遇しても、自分で探究できて、わからないことにも対処できる。そんな知の基本セットがリベラルアーツだと考えています。
そんなリベラルアーツのキットに時代や状況を問わず必ず入るものに、言語と数学があります。
「権威主義が右派的な概念だと考えるのは間違い
右派の権威主義者は積極的に支持し、左派の権威主義者は積極的に否定するという逆の選好が存在するものの、
⇒反権威は結局権威に囚われてしまっている、というパターン?
⇒不信と無関心が一番権威から遠い状態?
いずれの権威主義者も権威者と思われる人々には服従し、権威主義に反対する人々に対しては支配的かつ攻撃的な姿勢を見せ、グループ内における規範には注意深く従うという特徴が共通していたとのこと。
ただし、左派の権威主義者は世界を危険な場所だと認識し、ストレスに対して激しい感情や制御不能だという認識を抱く傾向が強いのに対して、右派の権威主義者は新しい経験を受け入れないという傾向や科学を信じない傾向が強いという点では異なりました。
心理学的にはイデオロギーの選択より前に権威主義になるかどうかが決まると主張。
「権威主義が右派的な概念だと考えるのは間違いです」とコメントしています。
その一つに、整備されたディジタルヘルス・インフラが挙げられる。全国民の医療情報がデータベース化されて、どこでも引き出せるような仕組みができあがっている。このことが大きな要素かもしれない」と回答した。
すると、「個人情報の保護に問題はないのか? イスラエル政府は国民から信頼されているのか?」という質問が返ってきて当惑してしまった。
誤解を恐れずにいえば、政府を信頼しているイスラエル国民は極めて少ないだろう。
電子政府が最も進んでいると評判のエストニアでは、e-Residency という国民IDが発行され、病院、警察、弁護士、不動産、裁判所などのシステムやデータベースが連携して、各種行政サービスがオンラインで提供されている。しかし、国民がハイテクの恩恵を受けた便利な生活をしているわけでは必ずしもない。Wi-Fiがしばしば途切れるなど、通信環境は決して良くはなく、現金支払いで買い物をする人も相変わらず多いという。
旧ソ連の配下にあったエストニアは、今も欧州とロシアの境界に位置する人口わずか130万人の小国であり、国家としての存続は誰も保証できない。だからこそ、物理的に国が奪われたとしても、オンライン上に電子国家を構築しておくことで何時でも再出発できる、という
鼻歌と黒人霊歌の身体性とか、平坦なMIDI打ち込みに感じる身体性とか、前者と後者をどうやってつなぐのとか。そういうはなしをした気がする。テキストエディタでも手書きに比べて文字をコードとして打ち込んでくわけで抽象度が高くて身体性や具体性は底になにもない気もするけどそんなことはなくて。そんなものであれば使えないはずなんだよね。エディタとして。というか文房具的な道具として。でもそれでも身体性ってのはあってキーボードを打つのは指出しディスプレイをみるのは目だし、文字をモノっぽいオブジェクトとして感じるのは、操作や視覚をとおしてそう近くするからそう感じるわけでそのオブジェクトは実体だ、っていえたらいいな。っていう。
⇒アナログのほうが疲れてるときには落ち着く、とかはあるけど、デジタル入出力に身体性がないのかと言ったら、そんなこともない。
⇒ところで、誤字発現率高いな。下線したところは、多分誤記。
ただし、一ページの作成ごとに「+」ボタンを押すのは面倒だったので、最初に新しいページを1つ作り、そこにずらっとカードの内容を書き込んでいき、後からそれを一枚一枚切り出していくことにしました。
カードをScrapboxへ転記する作業は情報カードが必要ですが、切り出し作業はScrapboxだけがあればできるので、まずは「カードが必要な作業」を終わらせた格好だとも言えます。
とは言え、結局やってみたら情報カードの方が良かったという結論が出ることは十分にあるわけですが、むしろそれを確かめたいから今回はScrapboxでやってみるというような意図があります。試行錯誤の「試行」に当たる行為ですね。
⇒すると、紙のカードに書いたほうも、まど捨ててはいないということか。
いわゆる「家政」にあたるよう本や雑誌をパラパラと見るのが好きです。料理とか整理整頓とか掃除とか家計簿とかそういうジャンル。
でも、そういうジャンルの本って、たいていピカピカに光り輝いています。すごく綺麗に整った部屋やら料理やらノートやらが「どう! です! か!」という感じでページを飾っているのです。
⇒「すごい人の(≒実績のある人の)意見じゃなきゃ、わざわざ聞きたくない」というのが潜在意識的にある気がするな。ビジネス体験談みたいに。そしてそのインフレ?
⇒正解信仰? 鉄板主義? おまゆう忌避? あとは、結局は「ご正論」になるのなら権威のある人の口から聞きたい、とか。
⇒手帳特集がキラキラしてくるのも同じ? まあ、あれは雑誌の紙面的に、見ていて心地よい絵面を作りたい要素のほうが大きいかもしれないけど。
⇒「才能があるから成功したのか、手法がいいから成功したのか、努力したから成功したのか、環境や運がいいから成功したのかは簡単には見分けられないが、一番にまでなる人はその全部で優れている可能性が高い」(ゆえに手法についても信用できる)という見立てはあるのではないかな。
なるほど。「エゴサ」力も含めて、ブランディング。
支持者向けの活動記録になってる政治家ツイッターとは一線を画している。
高校生の息子にツイッターでフォローしている政治家を聞いたら河野さんと安倍さん。「特に共感とかじゃなくおもしろいから」。周りの友だちもみんなフォローしていると。
なぜオタクはオタサーの姫に騙されてしまうのか?その謎を探るべく我々はオタクサークルに潜入し姫との接触を試みたがこの子はそういう子じゃないと思う。すごく優しいし、誰にでも笑顔で会話できるすごくいい子だけどたまに弱いところがあるからボクが支えてあげないと駄目なんだ。多分みんな姫って誤
それに加えて財政法4条と特別会計法42条もね。
詳しくは固定ツイート参照のこと。
職場の仕切りを無くしたら、集中できる静かな環境を求める人が増え、却って対面接触が減ったというヴィトゲ、もといバーンスタイン教授の研究を引用し、協同と単独作業のバランスを最適化すべく、試行錯誤するのが「コロナ後のオフィスの姿」
と説く日経新聞の論稿
現代版「ヤマアラシのジレンマ」か
なめ猫が『Runner』を歌うCMのような「懐かし物件が題材だが考証やディテールが甘い」って当時を知らない世代にとっては興味が喚起されないだろうし、知ってる世代としては違和感しか感じない。
結局誰にも響かないんじゃないか?
外国製のファンタジーだとすぐにスケルトンだ死霊だで世界観暗くなりがちだからそこら辺和製ファンタジーでは薄まってるから良い
別にきっちりとした説明がほしい訳じゃなくて、ガバでもいいからそれに至った理由が読者としては欲しいんですわ
「昔めっちゃ偉い神様が美人の女神囲っていたから男はどんどん女を囲え」みたいなクッソ適当な理由でもいいから
とバズってから言い訳染みた意見を書いてみる(汗)
確かに金持ちの大地主が魔法使い雇ってゴーレムに土地開拓させてるせいで農民に仕事がなくて困っているみたいな話見たことないですね。
魔法があるなら魔法に応じた文化だったり移動手段だったり農法が発展するはずだしハーレム制と奴隷イメージが完全に大航海時代
ナーロッパは町並みがネルトリンゲンやローテンブルクに似てる場合が多いですね。
陰謀論なんてのは、対象に抱く念が「祈り」から「憎悪」に変わっただけの「偶像崇拝」に過ぎない
大抵はこれ。みんな一生懸命良くしようとしてるんだけど、どこかで間違ってるから、ダメになってることがとてもたくさんある。そして、大抵の場合、間違ってるのは指導者ではなくて、名もなき市民の誰かたち。
悪の組織はどこにもない、というよりも、競争原理が過熱すると、能力のない人ほど動物に近くなっていく(手段を択ばなくなる)ので、無能な働き者のせいでそう見える状態になっている、というのはよくわかる。
この研究面白い。賢い人が専門領域外について語る時にたしかに良く起こっている現象かも。
「認知能力が優れている人ほど、情報を合理化して都合の良いように解釈する能力も高くなり、ひいては自分の意見に合わせて巧みにデータを歪めてしまう」