2021/02/11-2021/02/20
現在、総ページ数は1159。
最近は、プロジェクトの他読者によるシャッフルが起きると(last visited)、本気で「なんだこれ? ああ、そうか、確かに昔つくったわ……」となるページが出てくるようになった。
これはもちろん、単にページ数だけのことではなく、開始して2年半以上経過したという、時間そのものによる部分もあるだろうから、「みんな1000ページ超えを目指してページを作りためよう!」ということではないだろう。
毎日3つずつページを作って、一年たたずに到達したのなら、どのページもまだ記憶に新しいということもあるかも知れない。
(なお、「1159」というページ数には、当然、“ネームド”だけでなく、日付ページも含むから、数だけで考えればもっと少なくていいだろう) これくらい(記憶に遠い)ページの数がたまってくると、いっき日記を1・2冊の本にまとめる動きをしたほうがいいかなあ? というのに少しは真剣味が出てくるね。
対策の取れない情報は知っても無駄である
結論の到る方向性はかなり楽しそうなのに、エピソードパートがだるい。
P352メモ:空間的推論とリマインドによるオートパイロットは、一方を多く使うほど、他方を使わなくなる、関係にある
依存症、ADHD、アルツハイマー
海馬は想像力の中核も担っている。
森喜朗さんの機能というのもあったと思うが、そこをはっきり示してもらいたいな
役には立っていたと思うよ
日本的な組織においては
林真理子が以前、森(喜朗)さんって会うとほんとにいい人と言っていた。ほかに誰だったか、あんな気配りのできる腰の低い男性見たことない、というのもあった。ネットではまさかと思われるが、周りの女性からは好かれてる。ということで、あのポジションに到達しちゃった。この全体構造が、大問題。 ・スポーツ界(闇も含め)や経済界にも精通し
・スポーツ組織運営経験あり
・できればオリンピアンで(1964東京五輪出場)
・小池百合子とガチでバトルできて
・泥をかぶる(謝罪・延期・中止決定)仕事もいとわず
・今、空いてる人材
そんな人おらんやろ~とおもったら、いたか
⇒有事の抜擢、ではなく、緊急事態だからこそ、体の空いている人からしか呼んでこれないということか……
⇒野球やサッカーのワールドカップ監督とかJAL再生とかで、何度か見たことがある風景な気がする
こういう超簡単な問題を複数自分で作って、数日間Ankiで覚える。 これをやってからもう1回読むと、同じ本なのに1回前と比べ物にならないくらいよくわかる!!!!
もう1回読んでると、今度は新たにわからないことが出てくるので、それらをもう1回「Anki」する。
これをやってからもう1回読むと、
—以下繰り返し—
アウトプットが多すぎるというのは、「影響の輪が大きい状態」ではなく、実は「刺激と反応の間にスペースがなくなっている状態」なのではないか
だから、新書は以下の二点を含んでいて欲しい。
「ほら、この分野めっちゃ面白いでしょ」という熱意
「興味を持ったらさ、こういう本を読んでみてよ」というガイド
ともあれ新書は面白い。実に越境的だ。同じ新書レーベルというだけで絶対に普通の書店では横に並ばないような本たちが横に並ぶようになる。 ⇒ある種例えば、「いっき日記」の総体が持つ「広がり」みたいなものも、そういったレーベル化、カタログ化のような要素を持つかもしれない
奥さんの話を聞くのがインプットで私が話すのをアウトプットだなどとは思わないように、ポッドキャストに向かってしゃべることもこの記事も、ぜんぜんアウトプットではありません。
「きみは何のために田んぼの生きものの研究してるの?」とストレートに訊かれた。
*
こういうときのために、用意したことばはある。
ベストかどうかは別として、分野の近い研究者や分野のちがう研究者、しごとがら出会うことの多い農家の人たち、田んぼも生きものも実物をあまりみたことのない都会ぐらしの人たち、相手によっていくつかのことばを考えてある。
多くの人に興味をもってもらいやすいよう、相手によってことばづかいや説明する情報の組み合わせを変えるのにも、(まだまだだけど)それなりに慣れてきた。
⇒相手に合わせて、変えられる答えが用意できるというのが、普通はまずすごい。
でもこの彼の質問に対しては、ことばにつまってしまった。
今まで使っていたことばが役立たずに見えた。もう一階層をのぼらないと、彼の質問に答えられない気がした。
あと、障害者のための活動を日常としてきた彼の前で、カッコつけようとしているちっさい自分に、ちょっとがっかり失笑したのもある。
⇒でも、そこまで答えようとすると、「ここの命に魂が呼ばれているから」とかそういう回答になっていってしまうよな。
それはこの世界がままならず、人間に幸福を与えるために整備されているわけでもなく、私たちはプラスと同量のマイナスを過大評価してしまうからだ。
この世は地獄というわけだ。
そのような認識からスタートしてなお、ニヒリズムに陥ることなく、勇気を持ってこの世界に「楽しさ」を見出していくこと。そのような行為は、まさしく生きること=人生そのものに関与している。
頑張れないなら死んだほうがいい的な。
格好よくしてられるのはドラマだけで、たいていは無理をすると健康をくずして
パフォーマンスがむしろ落ちたり
⇒迷惑をかけたくなかった人に迷惑をお願いするしかなくなったりね。
プログラミングとは自分で作ってみること
・教育はコマンドを教えることでしょうね
・作ったことないな
「捨てる決断をしない」
「千葉さん風にいうと」
⇒すでに「風」が生まれている
「コアを捨てることで前に進める」……、武道かよ
「これを書くと誰かに褒められそう」
「このフレーズが好きな俺格好いい」
⇒(単語に)「矢印を生み出す技術」とか、読みたい
第3稿できれいに落ちる
第3稿にコピペはある
2000文字だったら彼我に違いが出る
「書くことが考えること」
⇒本には身銭を切ったほうが身につく、みたいな話だ
考えた結果をアウトラインに残す
⇔考えることは脳の中でやって、でもアウトラインは残す
書くためのカードはないが
リゾームをアウトラインにする、あるいは羅列をそのまま出す的な話
⇒点をつなぐことを読者に任せればできる?