ニュースは極力見ない
ニュースは極力見ない
ワイドショーは見ない。ニュースは見ない。
私は意識高かった時期もあるし、対人コミュニケーションや他人への関心がなかったりの傾向もあり、有名人のゴシップを中心としたワイドショーが見たかった時期はほとんどない。
それに加えて、ニュースをテレビの時間枠をきっちり押さえて(押さえられて)見ることも、ほとんどなくなってしまった。
ニュースは暗い。
不幸なエピソードは報告価値が高いし、行動を速やかに変更する必要がある情報も悪い兆しについてだし、そもそも世界は私やあなたのためにあるわけではなく、結果として残酷なのだから、ニュースはくらいものばかりになる。
これは、別にマスコミが視聴率を稼ごうとすることばかりが原因というよりも、その手前のヒューリスティック的な人間の弱さのほうが遠因だ。
で、ニュースを直接見なくなると、どこから情報を得るのか、というと、ツイッターのタイムラインだったり、電車の中吊り広告だったり、そんなものになってくる。
それで、ツイートに記事へのURLがあれば!そこへ飛んで、詳しい話は読んでくる。
私は「新聞社の公式アカウント」をフォローしているわけではないので、在野の、一ツイッタラーがニュースを見たり、新聞を読んだり、噂を聞いたりして、モヤモヤの残るような話題のみが口にされた、その上澄みのみを読んでいるような形だ。
(その意味では、色々なものにただ乗りしている、と言われれば、それはそうかもしれない)
そういうことをやってきて、フォロワーが20人ちょいで、しかも “おすすめトレンドワード” タブがツイッターアプリにまだなかったころさえ、不自由がほとんどなかった。
むしろ、後から妻さんと世間話なんかをしていて、「そういえば、有名人の誰それが××したって話題、聞いた?」みたいなことを言われたときに、そんなことを聞いたこともなくて、
「ありかとう、俺のフォロイーの皆さん、その話題をスルーしていただいていて!」
と思うことのほうが多かった。
知りたいニュースがちゃんと入ってきて、知っていたくないニュースはちゃんと入ってこない環境というのは、すごく大きい。
そして、その話題が十分に複雑な社会構造に由来するものである場合には、左右取り混ぜて意見や感想が流れてくるようなタイムラインだと、さらに望ましい。
情報化社会になると、あらゆる情報が流れ込んでくる。
昔だったら家父長が(横暴に)、
「子供はこんな本を読まなくていい」
と言って取り上げていたような情報がたぶんあって、それには「理論武装されて逆らってこられたら面倒だ」という気持ちだけでなく「衣食住を満たす生活をしていく上で必要はないのに刺激的な話題」だからということで、親切に取り除いていた側面もあったのだと思う。
それがなくなってダイレクトにあらゆる情報が個人に流れ込んでくるようになると、自分なりに、その「カットする情報」というのを持たないといけなくなる。
適度に刺激的で、適度に暇や退屈のある精神状態。
そんな状態を目指す必要がある。
タグ 意識高い、他人に関心がない、世間話、茶番、暗いニュース、情報摂取、フリーライダー、アテンション、家父長制
from 2021/02/11-2021/02/20