2020/08/08-2020/08/11
中身のない会議があることで、内側からやる気が出てくる。
ある意味scrapboxはEvernoteが便利になったもの、という風に感じられるし、Roam Researchはworkflowyが便利になったもの、とという風に感じられるだろう。開発者に言ったら怒るだろうけど。
そして、EとWの距離に比べると、近い位置に収束してきてくれている。
じゃあ、最後には一つになってしまうのかというと……
「周りが気になる」環境と、周りが応援してくれてる状態
すぐに思考の組み立てや実用の用に役立つわけではないけど
なんかおもしろい。
薄くて短いし。
不完全な返答で、「相手が何を言おうとしたのか」心の理論 ためになる本を読んで、少しヨガをしてから、英語の勉強がしたかったのに、気がつくとネットサーフィンしてばかりいた
というのはきわめてまっとうです。まともな神経の持ち主だという気がします。
このような脱線がまったく起こらず、お母さんがいつも目を細くして頭をなでてくれるようなログだけが並んでいるとしたら、体は大人になっているのに、誰かに支配されている印象以外、何も見つけられそうな気がしません。
なにが自分にとって本当に大切なことで、どのくらい勤勉に仕事をし、どのくらい休憩するのがいいことなのかまで、すべて自分で決めるというのは、もしかすると、とても難しいことなのかもしれません。
部屋をきちんとし
教養を深められそうな本を読んで
時間が足りないときにはオーディオブックを聞き
適度な運動をする
⇒すごい偏見かもしれないけど、他人と一緒にいるときのウェーイ系の人みたいだ。 大量のインプットを経た後の、「読者ではいられないようなこと」は、たぶん先端なんだと思う。あるいは、まだ誰のものでもない場所。 "ブログにひきつけて言えば、「自分が読者ではいられないこと」。それが〈自分のブログ〉の軸となりえます。" ブログを10年続けて、僕が考えたこと 飲むのはともかく、きちんと記録をとって記事にまとめるという作業はもはや「仕事」といってもいいでしょう。実際にグルメ記事を専門にするプロのライターもいるわけですから。
浜田さんは、しかし、記事を書いても誰からも直接の報酬は受け取っていないでしょう(広告収入や印税収入は別として)。それでも、好きだし、楽しいから飲み続け、書き続ける。
このように、お金がもらえなくても仕事レベルのことを続けられるときに初めて「好きなことを仕事にしている」と言えるのではないでしょうか。
つまり、報酬が得られなくても仕事レベルのアウトプットを出し続けることができる状態です。
とはいえ、「楽しみ」だけでは生きていけませんから、「楽しみ」と一体化しない、生活費と交換可能な「仕事」も必要です。実際、浜田さんの本業は会社員です。
この件について僕の考えは、
最初、組織で働きつつ、自分が個人プレイヤーか協調プレーヤーか見つつ、前者なら専門性を高め(いずれ自立)、後者なら偉くなるよう気配りする(偉くなれないなら諦める)。
まあ、自立タイミングは難しいが、40歳くらいまでがいいかも。
人生、
・自分で商売を始めるか
・組織で偉くなるか
・専門家になるか
の3択だから、早く何か見つけられるといいねと20代の子たちに言っています。
⇒まあ要するに、私は協調型として生きて、出世は諦めたという人なのですわな。
⇒時代の変わり目・変わり目で、いかに旧体制を温存させるか、ということと、新しい世の中で一回り収入が落ちちゃうタイミングが人生な何度かやってきてしまうとして、それを折り込み済みでいかに慎ましく生きるかですよね。
だから叩くだけ無駄なんですよ。
他人に厳しくなるほど自分が辛くなります。
「仕事だり〜」なんて言いながら、何だかんだ通い続けて、何だかんだ結婚して、何だかんだ子どもができて、家族に囲まれて息を引き取る。
めちゃくちゃ幸せですよ、なにが「思考停止」ですか。
幸せの基準なんてどこに置いたっていいんです。
だからこそ"なんとなく"愚痴ったりガス抜きしたりして、ストレスを吐ききってはまた会社に向かう。
「大切にしたいもの」さえ見失わなければ、"なんとなく"は戦略になるんですよ。
新橋とか有楽町とか行く度に、大人ってみんなヘラヘラしてんな〜とか思ってたんですよ。
でも、みんなそうやって酔って騒いで発散して、それぞれ大事なことのために力蓄えてるんですよ。
大事なのは日々に呑まれないことです。
自分を見失わないことです。
そのためにはどうでもいいところに頭を使わない。
USBフラッシュメモリのことをUSBと呼ぶのは、USB~から始まる言葉で出現確率が最大である「USBフラッシュメモリ」を略称「USB」に割り当てることで平均符号長を最小化していると考えられる。つまりみんな無意識にハフマン符号化してるってこと
携帯もそうだよな