2020/06/01-2020/06/04
#採掘場
コロナの宣言解除後の、緩和しすぎ状況を見ていると、《「悪い」と「良くなっている」は両立する》(『FACTFULNESS』)という認識は人間の認知に負荷を強いることがわかる。
やっぱり、「悪くて、悪くなっている」から、用心もできるし自粛協力もできる。
「解除された!ヒャッホー」となったら、勤務の解除だけでなく、週末の家族連れ気晴らしもついしてしまう。
行動の手前には感情があって、認識だけで行動をコントロールしているわけではないから、難しいよね。
また、社会は他人からフィードバックを受けるから、他の人が自粛していたり、メディアや要職にある人がそういう対応をしていたら、こっちの心理も影響を受けるしね。、
笑顔成分が足りなくなってくる
お話とか物語とか、そういうコンテンツを見ていると、普段のおもしろいよりももう少し、心に「グッ」と来るのを感じることがある。来たのを感じる。
で、そういうときに、その面白さについて、どれくらい掘り下げて考えるものだろうか。
「やっぱり人気1位の作品はハズレ無いなあ」かもしれないし、
「アクション映画っていいなあ、もっと観てみよう」かもしれないし、
「やはり、○○監督は天才だ!」かもしれない。
「このBメロのコード進行、どうなってるんだろう?」かもしれないし、
「こんなに静かな演技なのに、怒りが伝わってきて、こちらが引き込まれるのってすごいな」かもしれない。
私も、そういう要素分解的な視線はかなり持っているし、だからこそ「物語の書き方」みたいな知識を求めたりもする。
ただ、同時にもう一つ考えるのは、「この感情はなんだろう?」「なんで自分はこの作品が好きなんだろう」ということだったりする。
特にそれを思うのは、自分が似たような作品ばかりを何度も好きになることに気づいたときだ。「フェチ」みたいな要素だ。
それがジャンルだったり外見に現れる部分だとまだ気づきやすいけど、
そういう「トキメキのツボ」(萌え)のことを、自分の「属性」と言ったり、
自分ハックして上杉鷹山
意味なし、平均気温
Streamをズタズタにクラックしたい。
身近な道具立てては、派手な物語にできないし、
派手な物語に無理がない舞台を用意したら、現実との地続き感が失われてしまう。
経路依存という言葉
スローなライフハックにしてくれ
←2020/05/30-2020/05/31/2020/06/05-2020/06/12→
https://note.com/seshiapple/n/n9ea1f375e484
たとえば、原稿のバージョン管理がままならない、意思決定者がオッケーならオッケーという力学で進む、ライターでも編集者でも意思決定者でもない謎のステークホルダーがいて陰に陽に原稿に影響を与える、ある文章に関する議論は文言・原稿・クリエイティブ・コンテンツなどなどバラバラの言葉で呼ばれてそれらは微妙にニュアンスを共有しながらしかしズレている。こういったことが当たり前にある。
そもそも、文章を書いて編集するという営み全体があまり自律的な単位を構成しておらず、プロジェクトマネジメントみたいな別の営みに従属するものとして組み込まれていることが多い。それにとどまらず、それでも人は謎のこだわりでもって文章に取り組もうとする(こともある)。
KJ法
阻害するものとして「大分けから小分けに進むこと」があるという話をしている。机に並べられた紙切れをグルーピングする際には、必ず一対一で比較しなければならず(小分け)、いくつかの紙切れをまとめて処理(大分け)しようとしてはならないらしい。
この背景にある考え方はシンプルで、要するに、先に大分けしようとすると、頭の中に前からあったカテゴリをそのまま当てはめることになって
しかし、両方に使える反面、同じ画面上だということもあって、途中で自分がどっちの工程に取り組んでいるのかわからなくなってしまう(少なくともぼくはそう)。
https://twitter.com/kakerahanabi/status/1267244739243331584?s=21
緊急事態宣言下でも変わらず出勤していた者としては、元通りとなった満員電車に対し、「在宅できるやつらは引っ込んでろ」という気持ちでいっぱいです。おはようございます。
⇒例えばこういう発言があるとして。
⇒そういう、「誰かが顔に出さなかった本音」みたいなのをリサーチできるということは、(観測者が)世界を歪んだレンズのままで見続けないようにしてくれる意味で素晴らしいが
⇒「じゃあ、むしろ今度はあなたが引っ込んでよ」とか
⇒「2ヶ月も在宅したら、さすがに禁断症状が出る人もたくさん出ます」という反論としての強い言葉に対する、反発としての強い言葉、ってのもたぶん出てくる。
⇒下の方へとツリーを辿ったりしていないけど、クソリプもたぶん来たのではないかな。
⇒テクニカルに言うと、1番最後の「おはようございます。」という締めが、ツッコミかつ枠物語になっていて、観測者に冷静さを取り戻させてくれるので、火力はそれほど大きくはないが。