反事実的思考
反事実的思考
物語を作るのには、人間以外の動物がおよそ持ちえない能力が必要とされる。世界の因果関係のメカニズムに対する理解に基づいて、まったく別の世界を構築する能力である。物語は、今と何かが違っていたら、世界はどうなっていただろうと想像するのに役立つ。それが明確なのがサイエンス・フィクション(SF)だ。SF作家は、異星人が存在する世界、幸せを保証するクスリ、あるいは世界を乗っ取るロボットの存在する世界を読者に想像させる。だが他のタイプの物語にも、別の世界は登場する。特に私たちが自分自身に語る物語がそうだ。
存在しうる他の世界を想像するのは、人間の重要な特徴だ。これは反事実的思考と呼ばれ、因果的推論の能力があるからこそ可能になる。
なぜ私たちは反事実的思考をするのか。なぜこれほど自然に反事実的世界について推論し、物語をつむぐのか。おそらくその主な理由は、別の行動シナリオを検討するためだ。これまでと何かを変えると世界はどうなるか想像するのは、たやすいことだ。髪型を変えたらどうなるだろう? 新しい芝刈り機を購入したら、あるいは家を売ってヨットを買ったら? このような仮定の行動について思いを巡らすことができるので、ときにはそれを実践してみる。新しい髪型を思いつけない者は、美容院に行って斬新な髪型にしてもらうことはできない(たまたまそうなってしまう場合はあるが)。新たな権利に関する法案、あるいは新しい掃除機を思い描くことができない者も、それを手に入れることはできないだろう。反事実的思考をする能力は、特別な行動と当たり前の行動のどちらも可能にする。
昼食に何を食べようか決めるとき、さまざまなメニューとその味を思い浮かべ、それが今自分の望んでいるものか考える人もいるだろう。このような脳内シミュレーションは、自分や他者に語る「ミニ物語」と言える。その目的は、今自分が置かれている状況とは異なる因果的シナリオを思い浮かべ、検討することだ。
心理学者は、物語はアイデンティティを形成すると考えている。そこには個人としてのアイデンティティと、所属する集団のアイデンティティの両方が含まれる。私たちは過去についての物語を語る。過去を懐かしみ、美化する。未来についての物語も語る。未来を予測し、夢想する。そして現在についての物語も語る。自己像を構築し、楽しい空想にふける。いずれも原因を特定し、結果を予測する作業だ。私たちはいかにして、今のような状況に至ったのか。どこに向かっているのか。いま自分はどのような行動をとるべきか。